第5話 友達


 ともかくあの皇女様の正体が知りたい。

 一体何者なのか、なぜ僕の部屋の備品なのか。あわよくば出て行っていただきたいのだが、それもこれも正体が分からないことにはどうすればいいか分からない。

 そんなわけで僕は情報を収集することにした。のだが。大変残念なことに、この基地付属兵学校内で面識のある人物は未だたった二人。一人は寮監。もう一人は皇女殿下。すでに全滅。

 早急に教官あるいはクラスメートに知り合いを作って話を聞いたり助けてもらったりできるようにならなければならない。

 兵学校のカリキュラムは当然兵士としての訓練も多いのだけれど、メインは一般的な初等および中等教育課程である。というか、僕の目的は教育それだ。

 普通の学校は身分やらお金やらが必要なのに対し、兵学校は兵役義務を負う代わりに授業料は無料タダ。就学中と卒業後数年間の兵役が済めば、その後は学歴(と兵職歴)ある人間として優位に生きていくことができる。

 僕らレベルの底辺民はまず子供を学校へなどやれない。そうした子供らは生産工場での労働者となり配給物資で細々命を繋ぐしかない。さらにその子供たちが教育を受けられるはずもなく、労働力になって以下負のスパイラルがエンドレス。

 兵学校へ受かることは、唯一このスパイラルから抜け出す道のひとつなのだ。

 そんなことは自明だが、それでもこの道を選ぶ人間は多くない。なんというか、非常に分の悪い賭けだからだ。そう、数年間を生きて除隊する、という賭けが。

 ルヴィダ基地付属兵学校の入学人数はおおよそ一般兵クラスが80人。将校兵クラスが20人。計100人。卒業まで生き残るのはだいたい半分だ。将校は大学校へ進学するからともかくとして、卒業後すぐに従軍した一般兵、特に白兵科で兵役を全うできる割合は、多く見積もって三分の一。つまり100人のうちどれだけが生き残れるのか、僕の算数力ではもはや分からない。とりあえずとても難しい。らしい。

 だから僕の入学後の目標は、まず自分のためにちゃんと勉強し、せっかくの学ぶ機会を堪能する。次いで生き残るのに必要な兵士としての訓練をがんばる。そしてなんとか生き残る。以上。という感じだったのだが。

 予定変更。まずはお友達を作ることから始めなければならないらしい。なんてことだ。

 なんてことを考えながら、ぽつねんと座るホームルーム。なんでこんなことになっているかと言えば、これにはちゃんと理由がある。

 一般兵は40人ずつにクラス分けされていて、僕が配属されたのはcクラスだった。もちろん、クラスメートは主にでかい男子。知り合いになるべく、まずは声をかけてみようと思った。……いや、でも、なんだかでかくて威圧感がすごい。別に怖くはないけれど、ちょっと威圧感が、突然話しかけるのは無理。

 うん、でかい男子と知り合うのはまだ無理だ。

 まあ、なかには、僕のような比較的チビな男子や女子がいないではないのだ。ふむ、そういう人を狙って声をかけてみたらいいんじゃないだろうか。きっと僕みたいに、でかい男子のなかで浮いているだろう。

 そっと周囲を窺ってみる。誰か、ぼっちになってる人。

 右。左。前。仕方ないな、そっと後ろ。全方位を探してみて、あれと思う。なんだかんだ皆それとなく誰かと座っていて、いっそ楽しそうに話している。

 一人ぽつねんとしているのは僕だけだった。なぜだろうか。到着がギリギリだったのがいけなかったのか。

 いや、数人で話しているところへ声をかければ。ええと、どうやって話しかけよう。

 これでも地元では毎日つるんで遊ぶ友人たちが結構いたのだ。彼らとはどうやって友達になったんだったろうか。記憶の底をさらってみる。ええと。確かみんな、兄ちゃんと友達で。自然と、仲良く……?

 ……あれ……自力で友達作ったこと……まさか……ない……?

 しばらく人生の走馬灯を眺めていたけど、僕は自分で誰かと友達になったことがなかった。

 絶望しつつも表面上はできうる限り平静を装う。ここで取り乱したらきっと舐められる。舐められたら、それこそお終いだ。誰にも話しかけてもらえないだろう。自分から話しかけられない以上、話しかけてもらうしかないのだ。平静、平静。がんばれ、僕。


 なお、これがさらにいけなかったらしい。

 後に友人になったやつの言によれば、「いやあ、なんかすっげぇふてぶてしい感じで、恐くてちょっと声とか掛けらんなかった」とのこと。

 道理で。なんだか僕の周りに無人の空間があるなあとは思ってたけれど。ふてぶてしいとか、心外すぎる。

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