第二八段 文教

文教町は長崎市北部に位置し、住吉という商店街のお膝元にある。

もし、この地に長崎大学というものがなければ、一介の閑静な住宅街か小規模な事務所の立ち並ぶ一角となっていたであろう。

しかし、この界隈には女学校、小中学校、そして何よりも長崎の教育の中心である長崎大学が存在しており、一つの要として一応名が立っている。

とはいえ、近隣に学生街が広がるかといえばそのようなことは全くなく、学生としては全く生き苦しい場所となっている。

むしろ、長崎特有の田舎にも関わらぬ土地代の高さを考えれば、単身の学生には地獄であろう。


長崎大学の周辺には、複数のコンビニと住宅が立ち並んでいる。

一方、遊技場としては十五分圏内にパチンコ屋があり、ボウリング場があり、カラオケがあり、ダーツ場があり、雀荘があり、そして、空ろがあった。

逆に言えば、長崎大学の学生がその教養を深めうる場所などそこには一切、存在しなかったということである。

その代わり、遊戯はある。

遊戯があるが故に、何もない学生が次々と生まれてゆくのである。


また、この街中で詩情を育むことが、どうしても私にはできなかった。

むしろ、詩情を排斥することこそが現代であり、自由主義的人間の在り方であり、日本人の在り方であるとでも言うかのような冷ややかさが充満していた。

何かへの指向性がないわけではないが、それはもっぱら、狭い共同体の内部における快楽、社会的とされる活動、情欲の三つに捧げられる。

それらの重要性は否定しない。

しかし、文教、という言葉からすればどこか空虚な大学と言えよう。


 大学と いう名の星は 地に堕ちて 荒野に迷う 子羊の群れ


いずれ、それを形にする日が来ることになるかもしれないが、それは当時の私に対する鎮魂の詩となるであろう。

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