第二章 朧長崎

第十三段 朧

長崎を描いてゆく上で、一つの悩みがある。

それは、長崎というものが「生き物」であるということであり、生き物である以上は避けて通ることのできない変遷を考慮しなければならない。

序段で自らの核心を描くために長崎を書くと述べたが、「私」を描く上ではどうしてもこの変遷が邪魔なのである。

しかし、同時にこの変遷がなければ「自己」の成立など望むべくもないのは自明の理である。

そのため、私は前章を書く間中、今昔とその狭間の移ろいとのいずれを描いてゆくかで非常に苦心させられた。

特に、長崎駅周辺は変遷が激しく、今昔のいずれを描くにしても自己の成立を描く上で決定的なものが不足していた。

ゆえに、本作を書く上でこれ以上、両方を共に述べてゆくことは難しいと判断した。


そこで、これ以降の章を二つに分けることとした。

私という存在の成立には、中学生までの幼少期とそれ以降の青年期という二つの時代が存在しており、これを土地を以って二つに分けることとした。


本章では、幼少期の中心地を中心に語ってゆく。

特に、幼少期にこの長崎という土地をイメージする上で中心となった地域を語るつもりである。

現代と過去の話の両方をまたぐ形式を大きく変えることはないが、人間的成長の上での時間的移動は避けられるはずである。


幼少期の活動範囲は狭い。

それでも、小さい身体で長崎を東奔西走していた。

南部は茂木を端として風頭山や早坂、唐八景を活動の範囲とし、滑石なめしを北端として道ノ尾や浜口、坂本までが子供の頃の『長崎』であった。

西には稲佐、東には矢上宿を抱えた世界こそが『長崎』であり、私の『現実』世界であった。


狭い世界である。

それでも、偉大なものであった。


天地あめつちは 狭き物とは 知りながら それでも点の ごと流離さすら


以下、二章を綴る。

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