第四段 銅座・思案橋界隈

丸山にその昔、日本でも有数の遊郭があったことは有名である。

今では、その名残は歌月の趣と長崎検番という佳人の中にしか残っておらず、往時の述懐など夢のまた夢である。

それに、今ではその周辺を思案橋銅座界隈と味気なく呼ぶ。


とはいえ、今でも思案橋は異世界への入り口に繋がっている。

思案橋から「丸山」に続く通りは、浮世の憂さを晴らすべく集う男達の吹き溜まりになっている。

夜な夜な個々に着飾った女性たちがその艶やかさを競い、ネオンという名の七宝に人は集うのである。

怪奇といえば怪奇であろうし、回帰といえば回帰である。

そのため、早暁にこの街を歩むのは憚られる。


小道に外れれば、そこに広がる景色はまた変わってくる。

丸山交番近くの小道を進むと、そこはもう異空間である。

一歩間違えば地獄の淵に足をかけることとなるやも知れぬ。

だが、その先にあるものは無限の快楽かも知れぬ。

そうした絶望と羨望とを同時に抱ええる男たちはこの小路を行き、小童はその隣のやや広い道を行く。

私も未だこの道をしかと歩んだことはない。

しかし、いずれはこの小路が揺り篭となるのやもしれない。


もう一つ、『大きな』小路がある。

思案橋界隈に入ってすぐのところにある小路であり、私にとってはむしろこちらの方が中心となっている。

この小路は表通りの裏面に位置し、浮世と夢との合間を薄氷のように隔てている。

そのため、小童には非常に心地が良く、艶やかさこそないものの穏やかな時の流れが出迎えをする故郷のように存在している。

何も男は槍を構えるだけの存在ではないのだと、優しく諭している。


 夢現 彷徨う時も 人の道 止めるなかれと 笑う道草


思案橋はこの夜も、薄闇の中灯りを点している。

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