第3話 文章はちゃんと読みましょう(中)

(以下、文芸部からの問題) 


 一人の男が、ある施設で死んでいた。

 時刻は午前七時。儀式に参加しようあるいは始めようとした人たちが、施設の中心の部屋へと訪れた。だが、二枚扉は開かなかった。しかたなく窓から見てみると、男が一人死んでいた。なので、慌てて警察を呼んだ次第だった。

 色ガラスの窓から差し込む光が、スポットライトのようになって男を照らしている。

 調べてみたところ、男はある企業の社長だった。しかし裏ではかなりいろいろとあくどいことをやっているらしく、多くの人に恨まれていた。

 椅子の上に掃除用具一式と作業着が置かれていた。専門の清掃員を装ったのかもしれない。事実、男の死亡推定時刻の十五分ほど前に事務所に詰めていた人間が、清掃員が「忘れ物がある」と言ってきた。

 男の所持品はオイルライター、身分証明書の入った財布のみだった。なお、現金は持ち出されている模様。とくにこの施設の関係者との面識はなく、通っている様子はない。

 床に倒れ伏す男の手の中には拳銃が握られており、柱には銃弾が一発見つかった。

 外の人間を招く唯一の扉は閉ざされている。窓も開けることは不可能。現場のだれもがこれは密室であると判断した。そして、祭壇のそばには折りたたまれたメモが一つと焦げた紙片のようなものが発見された。


『私は物を売って、金を得た。しかし、人間には恵まれなかった。多くの人に金を貸し、多くの人に恨みを買い、多くの人に裏切られ続けてきた。ゆえに――(破り取られている)』


 この件は二通りに分かれた。自殺と他殺である。この施設は密室だ。まだ七時前だったからだ。事務所のほうに人はいたが、清掃員を装った男以外、誰も不審な人物は見ていない。そういった理由から自殺。他殺に賛同するものは、このメモの後半に犯人の名前が書かれているのでは、と踏んだ。自殺と他殺、双方の可能性を考えて警察は捜査を始めた。

 動機がありそうなのは以下の四人。仮に死んでいた男をAと呼ぶ。


 B:強盗が前科の無職の男。ギャンブル依存症。この教会には良く通っているため、地理的には優位。A氏との面積はなし。アリバイはなし。

 C:A氏とは古い付き合いであるが、最近『ビジネス』を巡り対立、かなり険悪な間柄である。アリバイはなし。

 D:A氏の妻。しかし、最近愛人ができたので離婚を申し立てようとしていた。アリバイとして、愛人と逢瀬をしていた。夫であるA氏が出ていくことには気づかなかった模様。

 E:A氏と対立関係にあった。仕事上の恨みがあったものの、A氏から多額の借金をしていた模様。アリバイはなし。


「……誰がやったんでしょう」


 深い縦長の空間に、刑事の声が響く。問いかけに答える者はいない。

 誰が、罪を犯したのか。

 期限は今日の23:59分まで


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