第22話 「慣れ」


「……慣れって怖いよね」


 ある日の夜、心愛さんは気だるそうにソファに寝転がりながら、ふとそんなことを細々と呟いた。


「慣れですか」

「そう。慣れだよ」


 俺が返答すると、心愛さんは勢いよく立ち上がり、何故か自慢げに胸を張った。相変わらず大きいな……違うそうじゃない。


「例えばさ、和弥は私が毎日同じ料理を作ったらどう思う?」

「俺は全然大丈夫ですよ。心愛さんの料理なら何日でも美味しく食べれると思います」


 俺がそう言うと、心愛さんは望んでいた返事でなかったためか、「あれれ」と言いながら腕を組み、しばらく何かを考えるような仕草をしていた。飽きると言った方がよかったかもしれない。


 しかし、心愛さんは食卓に並ぶ度に新鮮で、自分の知らない味を感じることができるため、飽きが来るなんてことは微塵も考えたことがなかった。


 俺が作れるのは親の手伝いで覚えた、一部の家庭料理だけだ。少し調べれば別の料理も作ることができるが、分量通りに作っても味はいまいちなことが多々あった。


 それに比べて心愛さんは、幼い頃から小間使いさんに教えてもらっていたため、とても手際がよく、バリエーションが非常に多い。唐揚げ1つにしても、毎回衣や味付けを変えてくれるので、「これが同じ唐揚げなのか」と驚かされることは、もはや日常茶飯事となっている。


 それからしばらく経っても、心愛さんは黙ったままだったので、会話が進むように少しだけ返答を変えることにした。


「えっと……やっぱり飽きますね」

「そう! やっぱり飽きるよね」


 俺がそう言うと、心愛さんは大きく目を見開き、俺を指さした。どうやら欲しかった返答が出来たらしい。


「ちょっと喉乾いちゃった。あ、何か飲み物いる?」

「いつものでお願いします」

「相変わらずあれにハマってるね」

「心愛さんが作ったからだと思いますよ」

「……よ、余計なこと言うな」


 事実を伝えただけだったのだが、頬を紅色に染めた心愛さんはキッチンへと小走りで向かった。何やらブツブツと呟いている。


 やることがなくなってしまったので、食器棚の整理をすることにした。心愛さんが来てから、食卓の彩りを意識するようになったので皿の種類が激的に増えた。一応前々から、整理しておこうと考えていたのだ。


 食器棚を整理していると、ソファの上に広がっている雑誌が目に付いた。表紙を見る限りファッションの類だろう。


「心愛さん、こういうの読むんですか」

「あ、うん。一応女だし、たしなみとして必要かなって」


 た、嗜み……。今どきの女子高校生が使う単語ではない気がするな。


「別に十分だと思うんですけどね」

「何が?」

「いや、心愛さんの可愛さって言うか、魅力ですよ。大抵の男子なら一撃だと思いますし」

「……別にモテたくて読んでるんじゃない」


 今、明らかに心愛さんの声色が暗くなった。何かまずいことを言ってしまったのかもしれない。……俺も少しはデリカシーを意識した方がいいかもな。


 それからしばらくして、心愛さんはキッチンから戻ってきた。両手には、オレンジジュースが注がれたグラスと、ミルクティーが注がれたグラスを持っている。


「……さっきの言葉の意味だけど」


 心愛さんはグラスを用意していたコースターの上にゆっくりと置くと、そっぽを恥じらうように眺めながら、小さな声で呟いた。


「私は、別に他の男子に可愛いとか言われても嬉しくない」


 心愛さんの頬が少しずつ赤く染まっていく。それからしばらくの間、何かを誤魔化すように、手首を何度も擦ったり、耳にかかってる髪を指先でいじったりしていた。


「私は和弥に、和弥にだけ可愛いって思ってもらえればそれでいいの」

「……」

「だから、和弥にもう飽きたとか思われないように自分磨きの一環として……って、あれ?」

「……可愛すぎですって」

「……ううう、うるしゃい!」


 心愛さんは耳先まで真っ赤に染めて、まるで沸騰したヤカンのようになっていた。


 口をパクパクさせながら、まるで逃げ場を探すように辺りを見渡すその仕草は、可愛さを通り越して、愛おしさすら感じた。


 俺はテーブルに置かれたミルクティーを取り、飲みながら心を落ち着かせた。ほんのりとした甘さが理性を取り戻してくれた。ふぅ、危ない危ない。


 視界の隅では、心愛さんがオレンジジュースを一気に飲み干していた。それでも恥じらいはおらまらなかったらしく、再びキッチンへと向かっていった。




 俺はその間、無意識に冷静になった脳内で1つの考え事をしていた。


 好意を抱かれることに対して、決して悪い気はしない。むしろ、もっと好いてほしいし、そのために自分をさらに受け入れてもらうために努力を惜しまないようにしようとも思う。


 そのために料理だって、勉強だって、今までよりも頑張ってきた。もっと心愛さんに好かれたくて。


 しかし、どれも心愛さんには遠く及ばない。勉強はいつも教わるばかりだし、料理の腕だって文字通り、天と地ほどの差がある。人徳や礼儀、何をとっても勝てる気がしない。


 今だって、心愛さんに甘えられて、すごく嬉しい。その笑顔が、恥じらいが、俺だけに向けられていると考えるだけで、言葉では言い表せない幸福感が、身体を満たしていく。


 でも、ふと思ってしまう。


 ……俺は彼女の横に立って並んでいられるほど、できた人間なのだろうか、と。


「……ずや、和弥」

「あ、すいません」

「どうしたの? 急に返事しなくなっちゃうから、てっきり寝落ちしたのかと思ったよ」

「……少し考え事してました」

「そっか。悩み事とかあったら言ってね」

「ありがとうございます」


 心愛さんは俺の頭をそっと撫でると、静かに部屋から出ていった。どうやら俺が気を失っていた間に、部屋まで運んで、付き添ってくれていたらしい。


 何から何まで、任せっきりになってしまった。


「俺って、何なんだろうな」


 そう言えばこの前、偉そうに俺を頼ってくれなんて言ってたっけな。


 ……何様のつもりだよ、俺。


 この心にこべりつくような黒いモヤモヤにも、慣れる時が来るのだろうか。







〘あとがき〙

 ども、室園ともえです。

 久々のシリアス展開、どうだったでしょうか。やはりシリアスラブコメを自称する以上、定期的にこういった展開になってしまうのです。

 甘々展開のみを希望してくださっている方々には、ふるいにかけるようなことをしてしまっているかもしれませんね。申し訳ございません。

 でも、ちゃんと甘々回も作りますぞ。その時はタイトルから分かると思うので、そこだけ読んでみてもいいと思います。(こればっかりは次回作以降に期待してくれると助かります)

 一応次回は甘々回書く予定です。お楽しみに。

 さて、ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。是非次回も読んでくださると幸いです。

 よかったら、感想や★、レビューなどお願いします。

 長々と失礼しました。それでは、また。

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