第7話 決闘の理由

「クレアを負かせ? 君たちは同じパーティの仲間じゃないのか?」


 藍色の髪の少女――リンの言葉を受け、アッシュは顔をしかめる。


「そう。だから、あの娘には負けてもらいたいの」


 リンの返答は要領を得ない。ただ、思い当たる節はあった。


「彼女が魔法士の家系だからか?」


 アッシュが問う。すると彼女は少し目を見開いた。


「……知ってたんだ」


「思い出したんだ。ユリウス・リーベルトは同時期に二人の弟子をとっていた。ひとりは、農民生まれの才ある娘。もうひとりは、とある貴族の少女」


 道中で聞いたユフィの話と照らし合わせるとリンとクレアのことで間違いない。


「ガーネスト家は魔法使いギルドの幹部に名を連ねている。そんな彼女が魔法士ではなく、剣士として冒険者を目指しているのは驚いた」


「詳しいのね」


「……リーベルト先生から聞いたんだ」


 嘘である。

 以前、冒険者ギルド内で耳にしたことを思い出したのだ。

 今回はユリウスに責任を押しつける。


「あの娘は魔法士としての才能を捨てたの」


 曰く、親の期待に応えられなかった。

 曰く、姉に才能を吸われた出がらし。


「でもね。私は、私たちはあの娘の才能をかってるの」


 リンの隣でユフィもこくりと頷く。

 彼女たちのクレアに対する信頼が見て取れた。


「もっと一途に魔法と向き合えば、絶対にあの娘は魔法士として上を目指せる」


 だけど、とリンは嘆くように空を見上げた。


「あの娘は笑うの。魔法では姉に敵わないから剣で高みを目指すんだって」


 それではあの娘は救われない。本来の舞台に立ててすらいない。そんなのは許せない。

 言葉を紡ぐごとに、リンの表情は険しく俯いていく。


「そんな時、リーベルト先生の養子だという貴方が来た。先生の一番でありたいあの娘は間違いなく貴方を敵視する」


 案の定、クレアはアッシュに決闘を申し込んだ。


「クレアが選んだ道を否定するつもりはないわ。私も似たようなものだから」


 アッシュが言葉の真意を確かめるより早く、リンは顔を上げた。


「今のままじゃダメだって理解したら、きっと別の道を選んでくれると思うの」


「だから、クレアに勝てと」


「そうよ」


 もっと上を目指して欲しい。リンの魔法士としてのプライドが、クレアが成長することを願っているのだろう。


「クレアの剣士としての実力は?」


「この学園での成績は平均より上よ」


「それは」


 何とも言えない。

 諦めるのは早すぎるし、上を目指せるのかと言われればわからない。


「あの娘の出自のせいで周りも色眼鏡で見るのよ」


 魔法の才能を捨てて剣を選んだのだから、かなりの腕前なのだろうと。


「それに、クレアは決闘を申し込まれれば必ず受ける」


 惨敗に惨敗をして、それでも剣士としての道を進もうとするのは。


「わかったよ」


 彼女たちの熱意は伝わった。

 あとはアッシュが覚悟を決めるだけだ。


「やれるだけやってみるさ。クレアの心が動くかどうかはわからないけどな」


 部外者がどこまでできるのか。それでも、クレアの殻を壊すために。


「……貴方、見た目より良い人みたいね」


 リンはじっとアッシュを見つめていた。


「どういう意味だ」


「言葉通り。私の話もくだらないって一蹴されると思ってた」


「本人で解決できたらそれが一番だと思うけどな。だけど、二人の気持ちは伝わったよ」


 思いやれる仲間がいるのは良いことだ。それは互いの成長にもつながっていく。

 アッシュにはユリウスという友人がいたように。彼女たちには彼女たちの関係性がある。


「アッシュくん。わたしが言うのも変ですけど、クレアちゃんをお願いします」


 今まで黙っていたユフィが深々と頭を下げた。


「ああ。任された」


 アッシュは二人に背を向ける。向かうは決闘の会場となる闘技場。

 少女たちの思いを背負うことになった。

 穏便に済ませるためには、敗北も仕方がない。最初はそう考えていた。

 だが、彼女たちの想いを知った以上、ただ勝つことも許されない。


「難儀なものだ」


 誰に言うでもなく呟く。

 クレアに何を伝え、どうやって導くのか。


 ――師匠ならどうする。


 あの偏屈な師は自分の理想を継がせようとするだろう。

 退路を断ち、先しか見えない状態にする。そして、最終的に自分で選ばせる。

 この方法はユリウスにはできない。彼は自分を押しつけることはしない。

 だからこそ、彼はアッシュに彼女たちを教え導いてくれと頼んだのだろう。

 笑みを浮かべる友人の顔を打ち消し、クレアとの決闘に備える。

 彼女に必要なのは――。


「魔法」


 剣士が魔法を使ってはいけないという決まりはない。

 剣と魔法。どちらも使うことができるのなら、これ以上の強みはない。

 勝手に期待しているのはわかっている。

 それでも可能性があるのなら。


 ――師匠と俺たちが目指した場所へ。


 中途半端と罵る者もいるだろう。

 器用貧乏で終わる可能性もある。

 でも、師ならばこう言う。


『剣の腕を高めるのも良い。魔法を極めるのも良いだろう。だが、魔法剣士こそ真に格好がいい役割だ』


 馬鹿馬鹿しいと笑われるかもしれない。

 だけど。


 ――あの人のおかげで俺たちは自分たちの形を見つけた。


 だから、きっとクレアも。

 もしかしたらの先を見るために、アッシュはクレアの前に立つ。

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