第13話 ひとつの約束

 待ち合わせ場所に行くと、珍しく田淵さんが1番乗りだった。


「おはよう奏」


「おはよう田淵さん、お待たせ」


「お待たせって、まだ、時間じゃ無いよ?」


「ああ、うん」


 たとえ時間になっていなくても、相手が先に待っていると何故か申し訳ない気持ちになってしまう。


「じゃ、行こっか」


 あれ、五十嵐さんまだだよね?


「五十嵐さん……まだだけど」


「大丈夫、私がお願いしたの……今日は奏と2人にさせてって」


 え……なに、それどう言うこと……2人っきり……もしかして田淵さんから大事な話がある系?


 ……もしかして告白。



 

 ——買い物に行くと聞いていたのだが、僕たちは更に電車に揺られて移動した。


「その服、かわいいね」


「ど……ども」


 母さんに選んでもらって正解だった。っていうかどこに行くのだろう。


「田淵さん、今日はどこに?」


「まだ内緒よ」


 そう言われれば、引き下がってしまうのが僕だ。


 その後も、僕たちの会話は弾まなかった。


 田淵さんは、いつもより緊張した面持ちだった。


 告白……緊張しているのか?





 ——僕たちが降り立ったのは、郊外の駅だった。買い物なんてとても出来そうもない。


 そしてそこから更にバスで移動した。


 人気のない所で告白……って流石に人気がなさすぎる。


 バスを降りて少し進むと。


 ……墓地?


 そこは墓地だった。



「田淵さんここって……」


「ごめんね奏……」


 ごめんって、どういう事だ。





「私……ノブチじゃないの」





 ……え。





「ノブチはここで眠ってるよ」



 田淵家之墓と書いてある……まさか。






「ノブチは……私の妹のハンドルネームなの」




 

 混乱している。どういう事だ……。




「ごめんね奏……私本当の事、言えなくて」




 だめだ……頭が整理できない……なにも考えられない。






のぞみ……オカん連れてきたよ……遅くなってごめんね」


 田淵さんが墓に手をあわせ大粒の涙を流している。






 ていうか……。






 ノブチが……死んだ?







 僕は膝から崩れ落ちた。




 そして涙が溢れてきた。



 嘘だ……嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!



 あのノブチが……死んだ?






がんだったの……」



 癌……そんな話聞いていない。






「あの日、希があの場所から落ちたのも、そのせいなの……」





 あの場所から落ちた……。





「奏……ありがとう、あの日妹を助けてくれて」


「え……」


「ごめん奏……もっと早く、言わなきゃいけなかったのに」


「……田淵さん」


「私、言えなかったの……」





 もしかして、空から落ちてきた彼女が……。





 ノブチだったっということか?






「奏……あなたのおかげで、希は家族に見守られて逝くことができた……本当にありがとう」






 頭の中がぐちゃぐちゃだ。





 ノブチが空から降ってきたあの子で、田淵さんの妹。





「希は沖奏くんとオカんに会いたがっていたわ……あってお礼が言いたいって」





 最低だ……なのに僕は……彼女のそんな想いも知らなくって、ただ自分が惨めになるからってノブチと合わなかったのか。




「ノブチがオカんと交わした約束は……」





 ノブチ……。




「あなたと会う事なの」




 僕は泣いた。



 こらえようと思っても涙が止まらなかった。




 ノブチが癌? ノブチがあの子だった?



 知らなかった……。



 


 会えばよかった。




 僕の、惨めな気持ちなんて……ノブチの抱えていた問題からすれば、どうでもいいぐらい小さな事だ。




「奏……ありがとう……妹を助けてくれて……ありがとう……心の支えになってくれて」




 なにも言えなかった。





 田淵さんを責める気持ちなんてさらさら無い。





 何がプロの陰キャだ。





 そのせいで僕は……。




 大恩あるノブチの望みを叶えられなかった。




 僕はその場を動くことができなかった。


 


 ただ、頭が真っ白になって僕はその場でうずくまることしかできなかった。


 




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