遥か彼方の極地にて
「『――斯くして、星に呪われた男と星に祝福された少女の始まりの物語は幕を下ろした。
彼らの出逢いが吉と出るか、凶と出るか、今は誰にも分からない。しかしこの出逢いをきっかけに、星々の運命は廻り始めることだろう。
それが形となるのはまだまだ先の話。今はただ、二人の邂逅を慎ましく祝福しよう』」
ドアもなければ、窓も存在しない閉めきられた空間。
所狭しと大型の本棚が乱立し、その中には凡ゆる分野の古書が乱雑に押し込められている。
部屋の中央にある荘厳なテーブルには、唯一の光源であるランプが置かれており、周囲の僅かな空間を暖色に照らしていた。
そしてそのテーブルの前に椅子に腰掛け、優雅に筆を走らせる白髪の男が一人。
原稿用紙にではない、白紙の本に直でインクを垂らしていく男の腕の動きに迷いはない。
口に出す詩と全く同じ内容を、口の動きと寸分違わぬ速さで美しい文字として刻んでいった。
「……ふむ。こんなところかな。下書きも推敲も何もしていないから、後で誤字でも見つかりそうで怖いけど。まあ、そのときには笑って謝れば済む話か」
一冊の本。一つの物語を書き上げたその男は、独り言を呟きながら立ち上がり、出来上がったばかりの本を抱える。
「何にせよ、これで少しの間缶詰め生活とはおさらばだ。慣れてしまえば、この閉ざされた部屋にも愛着が湧くんだけどなぁ」
男は凝り固まった体を伸ばし終えると、名残惜しそうに指を鳴らす。
そして、その音が部屋中に鳴り響くのと同時に、その部屋にあった全てのものが
壁や天井はおろか、無作為に並べられた本棚とそこに収められていた大量の書物も、男が先程まで座っていた椅子と机も何もかもが、一瞬の内に元から存在しなかったかのように霧散したのだ。
残されたのは、男が手に持つ完成させたばかりの本と、延々と周囲の暗闇を照らし続けるランプのみ。
「たまには気分転換に遠出してみるものだね。家にいるときよりも筆の乗りがいい。……いや、これはどちらかと言うと、題材の質の良さによるものかな?」
部屋が消失したことにより、そこから壁一枚に隔たれていた外界の様子が明らかとなった。
そこは暗天の下に見渡す限り広がる銀の世界だった。
永遠に降り止むことのない吹雪の一粒一粒が月光を反射することによって、まるで星々の如き輝きをまとっている。
「
あまりの寒さにくしゃみを堪え切れず、男は「おー、さむさむ」と自身の両腕をこする。
その場所の名は、極地。
魔境攻略難易度第一位の人類未踏の地、大陸を南北に両断する大山脈が頂き。
歴史上誰も足を踏み入れたことのない筈のその場所にて、男は悠々と佇んでいた。
「緋、蒼、翠の三原色。白と黒からなる二元色。長年お蔵入りになっていた緋が目を覚ましたことで、五大色全てが出揃った。
翠は三つに分かたれ、それぞれが思惑を巡らせている。
蒼は尊き母の愛によって子へと受け継がれた。
黒を託された異分子は宿木を見つけ、白は創星の巫女との共存の道を選んだ。
良きかな良きかな。イーイ具合に、それぞれの物語が動き始めている」
虚空を見つめるその瞳に映るものが一体何なのか、彼自身以外には知りようがない。
一つだけ言えるのは、それらを見つめる彼の目が、まるで純粋な赤子のように輝いているということだけ。
「ああ、安心しなよ。よほどのことがない限り、僕が直接出向くことはない。そのための
まだ見ぬ巨大な流れの果てを夢想し、男は、ヴァナガルド=ストルルソンは酔い痴れるように高らかに笑った。
「魅せてくれ。次世代の申し子達よ。君達が紡ぐ運命の果てを。僕はただそれを書き留めよう。永遠に語り継がれる物語として!」
――さあ、
吹雪の音にも負けじと響くその笑い声は、大山脈中に高らかに響き続けるのだった。
――――――――――――――――
ここまで読んで下さった方々本当にありがとうございます。「ユキノステラ」第一章【緋の戴冠編】はこれにて完結となります。
次回からは【翡翠の壊眼編】が始まります。ヒロインはあの浅緑色のダメ人間です。乞うご期待下さい。
この物語を少しでも面白いと感じた方は、評価、感想、レビュー等してくれたら嬉しいです。これからもユキノステラをよろしくお願いします。
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