1-1 早すぎるフラグ回収

『GAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 平原に雄叫びが轟く。

 それは群れをなす怪物たちの咆哮だった。六本の強靭な脚を生やした、見上げるほど巨大な図体をした肉食獣の威嚇の咆哮。


 異様な形を持つその獣の名は“魔獣”。この世界に満ちるマナという物質を取り込み、太古から進化し続けてきた害獣がそれだ。

 魔獣の力は、武器を持った人間程度では相手にもならない。その巨大な牙は鉄の武器など容易く噛み砕き、その凶悪な爪は人体をバターのように切り裂く脅威を秘めていた。


「ふっ!」

『GYA!?』


 その怪物の頭蓋が、叩き割られた。

 金髪の青年ユリウスが気合いと共に一気に振り下ろした大剣によって、有無を言わさず脳漿を飛び散らしたのだ。


 ユリウスが両手に持つのは、その逞しいがやや細めの筋肉では持ち上げるのがやっとであろう大質量。

 だがその大剣を彼は軽々と振り回し、目の前の怪物の命をあっさりと絶ってみせた。


 魔獣の強靭な肉体は、普通の人間の兵相手では何人束になろうと傷一つ負うことはない。

 だがそれは、かつての数が多いだけの野蛮な人類の話。

 時を経るごとに進化し続ける獣たちと同じように、人類もまた奴らに立ち向かうための術を編み出していた。


「“閃光レーザー”!」


 そう口ずさんだユリウスの指先から、直径一cmの細いレーザーが発射される。

 

 その術の名は、魔法。

 大気中に満ちるマナを使うことで発現可能な、物理法則を無視した超常的な、だが紛れもない人の力だ。


『GYA!?』


 レーザーは難なく岩を貫き、そこに隠れていた仲間の魔獣の頭蓋に穴を穿った。

 凡百の『魔法師』では難しい、正確無比な魔法の狙撃。間違いなくユリウスは、魔法師の中でも上位の実力者だった。


『GYAAAAAAAAAAAAA!!』


 仲間がやられたことで、残された魔獣が逆上して青年へと襲い掛かる。

 前足を高く振り上げ、人の腕の長さもある鉤爪を光らせる。あの巨体から振るわれる凶悪な鉤爪に当たれば、人の体などひとたまりもない。


「おいで」


 だがユリウスは全く防御の構えをとることなく、あろうことか無防備に両手を下ろした。


 側から見たら、ただの自殺行為でしかない。

 そして魔獣が振り下ろした鉤爪が、その首に叩き込まれた。


『GYA!?』

「うーん、こんなもん?」


 しかし、巨獣の凶爪はユリウスの首を斬り裂くことなく、ただ僅かにめり込むだけ。無防備に差し出された青年の首には、傷一つ付いていなかった。


『GYAー―――』

「はい、お返し」


 魔獣が驚愕するよりも早く、その硬い肉体を大剣が袈裟斬りにする。

 真っ二つになって絶命した死骸を、彼はしばらく沈黙して見下ろしていたのだが、


「珍しいんだけど……うーん、あまり響かないなぁ……」


 何故か落胆の溜め息を吐いて、剣に付着した体液と肉片を振り落とした。


「それに、やっぱりアイツがいないと手間取るなぁ」


 屠った三体の魔獣の死骸に目もくれず、ユリウスはようやく背後に振り向いた。


「やあ、怖かったかい?」

「い、いえ……」


 そこに立っていたのは、砂まみれのワンピースを着た少女だった。

 運悪く先ほどの魔獣に襲われていたところを、偶然通りかかったユリウスが助け出したのだ。


「多少の怪我をしているようだけど、それ以外は何ともない。これに懲りたら、もう一人でこんなところに来ちゃいけないよ?」

「はい……」

「よし、いい子だ」


 ユリウスは少女の手を取ると、街のある方まで歩いて行く。

 手を握られたことで安心したのか、少女は初めて緊張を解き、「はい!」と年相応の笑顔を見せた。


「お兄さんって、とっても強いんですね!」

「はは、まあ、これでも一応は傭兵だからね」


 その「傭兵」という単語に、少女は「えぇ!?」と驚きの声を上げた。


「傭兵さんだったんですか!? で、でも、傭兵さんって、二人一組が基本なんじゃ……」

「基本はね。でも三人でも四人でもいいし、別にソロでもいいんだ。まあ、ソロって大抵友達いないボッチなんだけどね」

「じゃあお兄さん、友達いないの……?」


 その微笑みが自虐のものに思えたのか、少女が憐憫の情の込もった瞳でその金髪を見上げるが、ユリウスは「違う違う」とその誤解をやんわりと解いていく。


「相棒はいるんだ。そこそこ長い期間パーティーを組んでてね。今はその相棒が出かけてるから、僕も絶賛ソロ活動中ってわけ。まあ見ての通り僕は強いから、それでも多少は何とかなってるんだけどね」

「す、凄いです! じゃあその相棒さんも、お兄さんと同じくらい強いんですか!?」

「…………」


 ここでユリウスは、少しの間不自然に沈黙して、


「そうだね! あいつも結構強いんじゃないかな!」


 邪気のない輝く笑顔で、そう告げるのだった。


 ◆◆◆


 一方その頃、


「あー、死にそう……」


 とある辺境の森の中で、一人の若い傭兵が死にかけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る