ナナシ 神様の規約本 その4

 ハチの案内で、拍子抜けするくらいに、驚くほど簡単に、一体自分が悩んでいたのが何だったのか分からなくなるくらいに、あっさりと建物の外に出た。敷地内にある、駐車場に向かっている。さすがにほんの少し不安になる。

「こんなにすんなりと外に出られたけど、本当に大丈夫なのか。」

「私が外に出たいと言って、ハチが止めなかったんだから、問題ないでしょう。」

「そんなもんなのか。」

ハチが一台の車の前で立ち止まる。こいつに乗って逃げようという事らしい。しかし、これ、誰が運転するんだ?

「ハチ、運転はできるのか?」

「できない、です。」

「私、運転してみたい。」

「してみたい、に命預けられないんだよ。」

サンタが手に持っている物を掲げる。車の鍵だ。

「自分が運転する。」

「できるのか。」

「できる、と思う。」

「言い切れよ、そこは。」

運転する事は言い切られてしまったので、議論の余地なく任せるしかない。サンタが運転席、ハチが助手席、俺とミュウが後部座席に乗り込む。シートベルトは、締めておこう。

「発進する。」

サンタが車のエンジンをかける。

「訂正する。目的地が分からないので、進行方向が分からない、と思う。」

「仮にも脱出しようとしてるんだから、こういう時はとりあえず走り出すもんじゃねーのか?」

「ただ闇雲に動いては事故の元だ、と思う。」

ああ、そうか、運転に自信がないのか。脱出計画の提案者に聞いてみる。

「どこへ向かうんだ?」

「外、でしょう。」

「外のどこかって聞いてんだよ。」

「えっと、私、外に出るのって、初めてだし。ハチ、どこか行きたい場所とかないの?」

「分からない、です。」

このままでは、どうにも埒が明かないらしい。仕方がない、苦肉の策だ。場所を聞いてみる。

「ここってどこなんだ?」

「え…、x141a32y130b14、の、地点、です。」

「…多分、座標だよな。地名とかで頼む。」

「分からない、です。」

ミュウはともかく、ハチも外では相当ポンコツのようだ。

「○×市、と聞いたことがある、と思う。」

市の名前は聞いた事がある。俺の知る限りでは、結構な都会である。そんな町中にこのような建物があるのか、という疑問と同時に、運命の悪戯だと思いたい、近くに住んでいる心当たりが、できてしまった。

「俺の義兄の所へ行こう。」


 安全運転、法定速度順守で郊外にまで出る。山道に入り、交通量がほとんどなくなって、ようやく車内の緊張状態が解けた。道中は散々だった。早い話、迷った。ふらふらとあっちへ行き、こっちへ行き、ミュウは騒ぐし、ハチはぐったりしている。車酔いらしい。義兄の『秘密基地』には一度だけ訪ねた事があるのだが、道のりははっきりとは覚えていない。見覚えのあるような脇道に車を止める。

「ここから歩いて、結構山を登らないといけないんだが、ハチは、大丈夫か?」

「…無理、です。」

「自分が運ぼう。」

「あ…。」

車から降りて、サンタがハチを肩に担ぐ。軽々とやってのけるあたり、サンタもかなりの怪力らしい。

「もうちょっと、マシな運び方をしてやれないのか。」

「マシな運び方とは何か、と思う。」

「おんぶ、とか。」

「これで、…大丈夫、です。」

背中からハチの弱々しい声が聞こえた。

「余計に気分が悪くなっても、知らねーぞ。」

ハチをサンタに任せて、ミュウはと言えば停めてある車をまじまじと見つめている。

「『カークン。』」

「また、勝手に名前を付けてんのか。」

「ここまで運んでくれたんだし、当然でしょう。」

「来る途中も、目に入る物、手当たり次第に名前を付けてただろ、お前。」

「そうだったけ?」

「すでに忘れてんじゃん。」

そこでふと気が付いたのだが、ミュウの髪がほんの少し短くなっている。出掛けるために、ちょうどいい長さに散髪した、とかそんな訳がない。ひょっとして、記憶から無くなっても駄目なのか。見てすぐ忘れてしまうような物は、髪の毛先程も大事に思ってない訳だから、大した事はないのかもしれないが。

「そんな調子だと、禿げるぞ。」

「ハゲルって?」

「…見映えが悪くなるぞ。」

「別に気にしないけど。」

お前の唯一の取り柄なのに、と言いかけて止める。なんだか口説いているみたいだからだ。気を取り直して、山登りを始める。時刻は深夜だろうか、視界は悪いが、登山道は整備されていているので、そこまで深刻でもない。しかし、人一人担いで坂道を平気な顔でついてくるサンタは、やはり只者ではないようだ。

「サンタ、疲れないのか?」

「疲れてはいない。」

「楽勝っぽいな。重たくないのか?」

「ハチは見た目よりは軽い、と思う。」

この話題は、広げないでおこう。

「…しかし、俺達、傍目から見たら、山に死体を捨てに来ているみたいだよな。」

「みたいだよな、と言ったので、ナナシの言った事は冗談だ、と思う。」

「もちろん、冗談だけど。ジョークとか分かるのか?」

「人並みには分かる、と思う。」

「ふむ、どういう風に話すのか、試しに何かジョークを言ってみろよ。」

「自分がミュウについていくのは、何か問題を起こした時に、ナナシを抹消するため、というのは嘘だ。」

「笑えないな。言い切ってくれて、助かるけど。」

心臓に悪い。「余計な事を話すな」と言われている訳が分かる。

 もうしばらく登り、少し開けた場所に出る。この場所には見覚えがある。

「こっちだ。」

獣道のような場所から少し下り、ようやく目当ての地面にある昇降口を見つける。

「何、これ?」

「秘密基地、らしい。」

難なく開くと、階段になっている。地下に降りてみれば、アパートの廊下、に出た。

「どうなってんの、これ?」

「これから会うやつに聞いてくれ。」

奥の突き当りの部屋、二〇六号室の呼び鈴を鳴らす。「はいはい」と返事が聞こえると、どたどたと足音がしてから、玄関の扉が勢いよく開いた。血の気のいい小太りの男が応対に出てくる。俺を見ると、顔を綻ばせる。

「ノリスケ、ノリスケやないか。久しぶりやなぁ。元気にしとったか?」

「ノリスケ、はやめろって。」

「ああ、悪い、悪い。今はなんて名乗っとるんや?」

「ナナシ、だな。」

「えぇ…。あー、そういえば、二年ぶりくらいか。そういうお年頃なんやなぁ。それじゃあ、…ナナシ君は、どういう用件でここに来たんだい?」

「別にキャラ作りで名乗ってる訳じゃねーよ。色々と事情があるんだよ。」

「何、この人?」

ミュウが話に割って入ってくる。相手は気付いていなかったらしく、ミュウの姿を見ると目を白黒させる。

「え、な、なな、なんやこの子。」

「大体、こいつのせいで、」

「いや、ちょ、ちょっと待って、今、服着るから。」

義兄は、部屋では裸族である。奥に引っ込んでいくが、構わずに部屋に上がり込む。部屋はと言えば、大して広くもないワンルームで、ウィンドウが次々と開いていたり、青い画面をしていたり、明らかに誤作動を起こしているパソコンがぎっちりと積まれている。本人は、おそらくそこが定位置なのだろう、悪い意味で生活感のある机と唯一正常そうなPCの前で、ズボンを履いている。

「何、この部屋?」

ちゃっかりと、ミュウと、ハチを担いだままサンタもついてきている。

「お前の部屋も同じようなもんだろうが。」

義兄は上着を着て、表情を引き締めている。仕切り直しだ。

「で、ご用件は何かな。」

「正直に言うと、他に行く当てが思いつかなかったから来た。あと予想だけど、何か知ってるんじゃないかと思ったからだな。」

「後ろのお嬢さん方は、どちら様かな?」

「そういう口調はもういいから。」

「ええやん、照れ隠しや。って、え、…死んでる?」

「ああ、ハチは、そいつは体調が悪くて、ダウンしてるだけだ。」

「はよ言えや。えー、…これ、隣の部屋の鍵やから、そこで休ませたりぃ。えっと、そこの外人さん?」

「自分の名前は、四月一日、だ。サンタ、と呼ばれている。サンタと呼んでくれて構わない、と思う。」

「ありゃ、…そういう名前の人もおるんやな。」

サンタは鍵を受け取ると、隣の部屋へと向かう。さっきから黙ってはいるが、落ち着きなくきょろきょろとしているミュウに話しかける。

「お前は、ハチの事、心配じゃねーのか。」

「心配だけど。」

「なら、看といてやれよ。」

「それもそうね。」

ミュウもサンタの後を追って隣の部屋に向かう。ひとまず、義兄と二人きりになる。

「で、あの子らはなんやねん。」

「知らないのか。」

「知るわけ無いやろ。」

「でも、俺がここに来る事は知ってたんだよな。」

真夜中に無警戒に扉を開けて、俺を一目見て、驚く前から喜んでいたからだ。

「さすが、鋭いなぁ。誤解されても困るからはっきり言うけど、確かに近い内に来るという事は知っとった。キサキさんから、連絡があったんや。けど、ほんまにそれだけやで。それ以上なんにも教えてくれへんかった。」

「それって、いつの話だ。」

「二週間くらい前かなぁ。ていうか、キサキさんと一緒やなかったんか?」

キサキ、という人物の事は、考えたくもない。俺はあいつが嫌いだ。

「多分、死んだ。」

「多分って、それ絶対騙されてるで。あの人、そんな簡単には死なへんと思うわ。」

「あいつの事はどうでもいいよ。俺の状況を説明すると、学校で何者かの襲撃を受けて、拉致されて監禁されてたけど、そこからあいつらと脱出してきた所だ。」

「んで、いまココ、か。あの『学校』を襲撃したなら、その何者かっていうのは、多分、ナオエ企業、やな。黒い噂の絶えない、私兵を持っとるとも言われる大企業や。自分らみたいな能力を持つヤツらを、カルマ能力者と呼んで集めてるらしい。なんで知っとるかと言えば、ワイも連れていかれそうになった事があったからや。そん時は一つ仕事を請け負って、見逃してもらったけど。」

「その仕事って、人を閉じ込められる建物、を創る事だったりしないか。」

「いや、人、ではないなぁ、あれは。もっと、猛獣とかそういうレベルやな。…もしかして、監禁されてた?」

「それがここから車で行ける距離にあるのなら、そうなる。」

「という事は、連れてきたあの子らって、もしかして、フリークス、か。」

「フリークス?初めて聞く単語だ。」

「フリークス、いうのは、そもそもワイらが超能力を使えるのは、『輪廻転生』という、」

「三行で頼む。」

「他の人に超能力や超人的身体能力を与える能力があるらしいよ。

超能力の事をカルマ、身体能力を得た者をフリークスと呼ぶよ。

特にフリークスは生物の枠にさえ囚われてないくらいヤバイよ。」

「フリークスとは限らないだろ。ただのカルマ能力者かも。」

「補足しておくと、理屈は全然分からんけど、フリークスは自分の名前を、由縁のある日付、にするらしいんや。」

「よくある名前だろ、四月一日とか。」

「せやな。」

「…。」

「さてと、せっかくかわいい弟が、友達を連れて来たんやし、ちょっと挨拶と自己紹介でもしに行こか。」

隣の部屋へ行こうと廊下に出る。すると、サンタが部屋の前に黙って立っている。

「何してるんだ。」

「部屋に戻ろうとしたけれど、二人で話しているようなので待っていた。」

「聞いてたのか。」

「話の内容は聞いていない。」

相変わらず、淡々と話す。すぐにでもこの場で色々な事を、問い詰めれば答えるだろうが、怖いので止めておく。

「ハチは大丈夫そうか。」

「大丈夫だ、と思う。今は眠っている。何か話をするなら、ハチが目を覚ますまで待った方がいい、と思う。」

「どうして?」

「ミュウが怒るかもしれない、と思う。」

「夜も遅いしな。もう寝て、また明日にするか。」

「あ、ああ、空き部屋はまだあるから、そこで寝たらええ。」

ひとまず別の部屋の鍵を受け取って、日を改める事にする。サンタは、ミュウとハチのいる部屋の前、廊下から動かない。

「お前ももう寝た方がいいんじゃねーのか。」

「自分は眠る必要がない。」

「…そっか。いや、でも廊下に立ってたら不気味だろ。あっちの部屋で待ってろよ。」

「分かった。」

あっさりと、サンタが規格外の存在であることは確定した。

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