マンイーター先輩

ゆきだるま

第1話 メスカマキリ先輩

「あ~、人喰いてぇ」

 

 昼休みの教室、それは高校生にとって楽園とも呼べる場所だ。退屈な授業から解放され、飯を食い、友人との下らなくもいとおしい話題に花を咲かせる。もしかしたら可愛いあの子と仲良くなれるかもしれない。そんな希望と怠惰に包まれたパラダイスである。


 しかし俺の耳に届くのは、残念ながらしわがれたオッサン声。


 仕方なく声の方を向くと、これまた青髭の目立つオッサン顔の高校生である、ダブりの先輩野上くんの姿がある。


 このバカな先輩とはガキの頃からの付き合いだ。バカで粗暴なんだけどヤサシーとこもあって憎めねぇっつーか、まあなんか腐れ縁的なやつ。


 野上くんの相手すんのって結構大変だからよ? みんなちょっとばかし付き合ってくれ。


「野上くん、またそんなこと言ってんすか? んなことばっか言ってっと女にモテね~っすよ? 野上くんただでさえあんまし顔よくねーんすから」


 いつも下らないことばかり言う先輩に強めに言ってやると、野上くんは『は? こいつ何言ってんの?』みたいな顔になる。


「バカヤロー、俺ぁんなもんどーだっていーんだよ! それより人肉だ人肉! あ~、うめぇのかなぁ……」


「……野上くんそれって、もしかしてネタじゃなくてマジに言ってんすか?」


 言いながら恐る恐る野上くんの顔をうかがうと、そこにはふざけた様子の一切ない、純度100%のあきれ顔があった。


「たりめーだろおめー、フツーに食ってみてーべ?」


「……っていうキャラ設定っすよね?」


 ……みんな聞いてくれよ? マジだよこの人。完全にマジな時ん顔してるよ。いつもロクでもねーことばっか考えちゃいる人だけど、まさかそんな……。


「は? んなもん今更おめーにキャラ作りなんかやってなんの意味があんだよ? 俺は人が喰いてーんだ」


 ……ふむ、そうか。



 俺がいっつもめんどくせーからって、ロクでもねーこと言う先輩に何も言わずはいはい頷いてた俺にも責任はあるかも知れない。


 俺のことをなんでも肯定してくれるマシーンとでも思っちゃってんのかも知れんな。


 しっかし今回ばかりはほっといたらシャレになんねー。だから俺は強めに否定する。


「いやいや、野上くん言ってる意味わかってます? 人って食べたら死んじゃうんすよ? 野上くん殺人鬼になっちゃいますよ?」


 俺の至極真っ当な意見に野上くんは少し頭を下げる。


 おっ、なんか反省した顔になったな。


 ……しっかし言われなきゃそんなことにも気づけねーくらいバカなのは問題だけど、よかった、これなら説得できそ……


「いやぁ~、そこなんだよなぁ。流石に俺もそんなんで年少入って親泣かすのもアレだしよ?」


 あれ? ……なんでちょっと照れくさそーなんだ、そしてなんでちょっと得意げなんだよ? っていうか問題点少年院だけ? あれ? 人間って普通人殺しちゃいけないって倫理観持ってたよな?


「だからおめー、俺ぁ最近バレないように人を攫って、喰ったあとどーすりゃ闇に葬り去れるか絶賛検討中なんだよ」


 ………………おーう、こいつぁ大変だぁ。


「いやいや、年少うんぬんもそーなんすけど……、それより喰われた奴は死んじゃうんすよ? そのへんわかってます?」


 はぁ、俺ぁなんでこんなあたり前なことを真剣に語っちゃってんだ? 頭イテーよ。


「わかってんよんなこたぁ、大体おめーだってなんべんも悪ぃことやってきたじゃねーか! おめぇにだきゃ言われたくねぇよ?」


 ……あー、こういう時に付き合いが長いってのは厄介なんだよなぁ。幼馴染とかいる奴ならわかってくれるよな? 


 大体何年前の話してんだよ? 俺、中学ん時は目に入る大人とか全部なんかムカついてきて、自暴自棄気味にロクでもないことやっちゃってたことはあるけどさ? でも流石にコウコウセーになってからはキッチリ真面目にやってるってんだぞ!


 放課後の掃除だってちゃんとやってんだぜ? 完全に優等生だろ。それにこないだなんてアボガドロ定数のやり方覚えたんだぜ? 


 ……それをこーの青髭スットコドッコイは。なんかムカついてきたな。


 ……とはいえ、あんまし喧嘩ごしになっちゃぁ話は進まないし、我慢我慢だ。よし、俺は優等生。


「いやいや、そーっすけど……人殺すのはレベル違いません?」


「人って殺したらいなくなっちゃうんすよ? なんか物パクったりすんのとはワケが違うっすよ!」


 ふぅ、こんなことセツメーしてやんなきゃなんないなんてまるっきり子供だよな? ったく世話の焼けるせんぱ……いやなんか野上くんここの顔ちょっとキレ気味なんですけど?


「んなもんはどーだっていいんだよ」


 うわっ、ジョリ男の唾が飛んできやがった。


「それよりおめー、それはオカシーだろ? ならおめーは誰も殺しちゃいねぇってのか?」


 いやいや何ワケわかんねーこと言ってやがんだこのミスターサンドペーパーがよぉ。


「当たり前っすよ! んなヤバいことやらかしたあとでのほほーんとした学校生活送れるほど神経太くねーっすから!」


「じゃ、牛や豚はどーなんだ?」

 

「は?」


 えー……。


「牛とか豚はどーなんだって訊ーてんだ! おめーは生まれてこのかた、ハンバーグも焼肉も食ったこたねーってのか?」


 ……くそう、そっちか、そっちで来んのか、ガキかよ。


「い、いや、それは……」


「なんだおめー、牛とか豚は知性がねーから殺したって問題ねーってのか? 人間だけが地球上で神から選ばれし特別な存在だってのか?」


 ……こいつマジでめんどくせぇ。いるよな? こういうやつ、……小学校に。ったく、俺は小学校の先生じゃねーんだ。 


 ……とは言えこんなのマジに考えたこたねーからなぁ。なんと言ったもんか。


「そーいうわけじゃねーっすけど……、でも別にそりゃ生きるためにしゃーねーっつーか」


「なら別に生きるために食うんだから人殺したっていーだろーがこのスットコドッコイめ!」


「いやいや、別に人なんて食べなくてもいーんすから、そりゃやっぱよくないっしょ?」


「別に牛だって喰わなくても死なねーじゃねーか! タンパク質なら豆とかあるしよ? ……おめー、焼き肉食いてーからって理由で焼き肉食ったことねーのか?」


 くそっ、マジかこいつ。昔からバカだバカだと思っちゃいたけど、口だきゃ達者とかなんというか、とにかくうっとーしーことこの上ねーな。

 

「そりゃありますけど……」


「だろ? だから別に人を喰うってのはトクベツ悪ぃことってわけでもねーんだよ!」


「いやいやいやいや! ……ちょっと待ってくださいよ。 でもほら、やっぱ同族を食べるってのはやっぱ倫理的に……、ほ、ほら! あれ、あれっす! 野生の動物だって共食いはしねーから!」


「だからやっぱ不自然なんすよ! やっちゃいけねーことなんすよ! それを生き物はみんな知ってんすよ! ね? だからヤメましょ?」


 ……ふぅ〜、危ねぇ危ねぇ。


 どうだ? これで流石にぐうの音も出ねぇだ……。


「……メスカマキリは?」


「……え?」


 …………な、なんだと。

 

「だから交尾した後のメスカマキリはどーだってんだ! オスを喰っちまうだろーが! それも直前まで愛し合った相手をだ!」


 こ、……この人病気だ。


「そ、……それは、でも俺ら別にカマキリじゃねーし」

 

「カマキリじゃなきゃやっちゃいけねー理由はなんだ! あんのか? ねーだろ! 俺は喰う! 人を喰うんだ!」


 どうしよう? わからん、あれ? 野上くんが正しいの? 俺、ちょっとわからなくなってきた。


 

「ちょ、野上くんそりゃ無茶な……」

 

「うぉーーーーー!!」


 うわっ、顔こわっ、野上くん叫びながら走り出しちゃったよ。


「ちょ! 野上くーん!」


 ……あー、行っちゃった。


 はぁ……


 やっべぇなぁ、今んとこパクられることにビビってんみてーだからすぐにはやんないだろーけど。


 昔から知ってる先輩が人殺そうってのをほっとくわけにもいかねーし、……あれでいーところもあるし。

 

 なんとか説得しなきゃなぁ。

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