王の夢 幾万の夢 ~その日、門が閉じられた。それが始まりだった

坂梨らいと

序章

少年王

 少年王は願った。

 強き王を、と。


 その願いが、戦乱の幕開けとなることを知らずに。




「王の夢 幾万の夢」



  序章



 水面が陽光を浴びてきらめいていた。

 屋上であるにもかかわらず、そこには池が作られ、色とりどりの花が水面に浮いている。

 四角い池は円柱の回廊で囲まれている。


 日陰のがわ に、車椅子に座る少年がいた。

 侍女が一人、車椅子の後ろに立っている。

 少年は目を細めて光を見つめていた。


 王族でなければ立ち入りが許されないその場所は、少年王にとって唯一安らげる場所だった。

 父王が死んで5年。

 ここを訪れる王族は少年王の他にいなくなった。


 そのはずなのに。

 静寂は土足で破られた。


「やはりここであったか」


 威風堂々という言葉が相応しい偉丈夫いじょうぶが一人、大股で歩いてくる。

 王族ではない。

 王族ではない者が、王族でなければ入れない場所に荒々しく足音を立てて近づいてくる。


 少年王は車椅子の肘掛けを強く握った。

 細い指が震えているのが分かる。

 侍女が後ろからそっと手を重ねる。


「すまない、栄紫えいし


 まだ声変わりしていないその声も震えている。

 足音が目の前で止まった。


 大きなため息が頭上から聞こえる。

 王の前だというのにひざまずこうともしない。


「形だけとはいえ、形なのだ。その役割を放棄するな」


 声は強く、生気に満ちている。

 この力があれば、と少年王は思う。

 自分にこの力があれば、と。


 不公平だ、と少年王は思う。

 王である自分には力がなく、王ではないこの男には力がある。


 王とは何だろう、と少年王は思う。

 目の前にいるこの男こそ、王に相応しい男なのではないか。

 だが、王位は要らぬとこの男は言う。


 王位など要らぬ。

 それはお前の役目だ、と。


「会議が始まる。すぐに来い」


 言うや否や、きびすを返す。


「う…」


 少年王が言いかける。言葉にはならない。

 男の背中が遠ざかっていく。


「うう…」


 少年王は指の関節が白くなるほど力を込め、そして脱力した。


「かはっ」

「陛下…」


 侍女がせき込む王の背中を優しくさする。


 心を許せるのはこの女だけだ。

 少年王は、その美しい顔を涙目で振り返る。

 たとえ、それが人でなかろうと。





 少年王は願った。

 強き王を、と。

 平和をもたらす、強き王を、と。



 その願いが、戦乱の幕開けとなることを知らずに。

  

  

  

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