第2話

 葉桜も終わりに近づいた今日は、県立鳴浜なるはま高校の始業式。

 校門をくぐった瞬間、色とりどりのジャージに身を包んだ集団に囲まれる。部活動の勧誘だ。

 野球部やバスケ部といった定番の部活から、ペタンク部やボードゲーム部といった変わり種の部活まで。鳴浜高校は部活動が盛んらしい。

 春まっさかりの陽ざしが照らす校庭に人がひしめいていて、汗ばむほどの熱気がある。

 しかし不快さは意外なほどになく、むしろテンションは高い。

 押し寄せてくる人波をかわしながら、自分の心の持ちように少し驚いた。

 もっと曇った気持ちで今日を迎えると思っていた。楽しいことなんてないんだと。

 そうならなかったのはやっぱり、さくらまつりから昨日までの出会いのおかげかな。

 「また来てね」と手を振る南条さんを思い出すと、一人で歩いているのに頬が緩んでしまいそうになる。


 どうにか教室に辿り着いたときには、もう予鈴が鳴っていた。

 これ、間に合わない人もいるんじゃと思って窓から外を見ると、さっきまでの喧噪が嘘のようにがらんとしていた。

 時間厳守が勧誘のルールなんだろうと納得していると、体育館に移動するように指示があった。

 新しいクラスメートを見渡すと、もともと知り合いだったのだろうグループがいくつも会話に花を咲かせていた。

 地元の中学から鳴浜高校に進学したのは僕だけだ。こればかりは仕方ないと頭をかいて廊下に出る。

 自分で決めた進路とはいえ寂しいな、と思ったが、寂しいと感じるようになった自分も意外だった。



 入学式はつつがなく終わり、各クラスに分かれてのホームルームとなった。

 とくに盛り上がることもなく、淡々と進んでいく。

 初日から変に目立ってしまったら高校三年間どうなっちゃうのかわからんと、お互いが牽制しあっているような空気。

 入学式の続きみたいな拍手が続き、気がついたら僕の番が来た。

 「はいじゃあ次、男子の最後よろしくな!」と担任は何か僕が場を盛り上げてくれる期待をしているようだが、ここはスルーして無難な自己紹介にしよう。

 起立するとクラスメートの視線が集まった。一瞬広がる静寂。ア、と漏れそうになった声を飲み込み、一息ついてスタート。


 「三坂みさか市立第三中学校出身、吉岡咲万よしおかさくまです。中学ではサッカー部でした。よろしくお――」

 「えーっ! !?」


 椅子と机がぶつかる音を轟かせながら立ち上がった女の子が叫ぶ。眼鏡をかけ、髪は真ん中わけにしているが、見間違えるわけもなく。そもそもこの学校で僕をそのあだ名で呼ぶ人は一人しかいないはずだ。

 南条涙花なんじょうるいか

 レンズ越しでも大きな瞳を丸くして、満面の笑みを浮かべかけた彼女は、ハッと気づいたように周りを見回すと、表情を苦笑いに変えて着席した。


 「……なんかよくわからんが、よろしくな、よさお!」


 大きく拍手をした担任に合わせて、クラスのみんなもパチパチと手を叩く。

 僕の高校三年間のあだ名が確定した瞬間であった。



 「よさおはよさこいやってるの?」


 一時間目終わりの休憩に話しかけてきたのは小山こやまさん。

 クールな印象の賢そうな子で、クラス委員に任命されていた。


 「あ、昨日初めて練習に行ったんだ。まさか南条さんと同じクラスになるとは思ってなかったからびっくりしたよ」

 「ごめんね、目立っちゃったね……!」


 小山さんの後ろでは南条さんが申し訳なさそうにしている。

 手を合わせる南条さんにぜんぜん大丈夫と手を振ると、少しほっとしたようだった。


 「花々重はなぶたえの練習に行ったんだ。三坂からわざわざ行くなんて相当やる気だね」


 小山さんは南条さんが派手に叫んでも、ちゃんと僕の自己紹介を覚えてくれていた。さすがクラス委員。


 「三坂のさくらまつりでさ、南条さん……のチームが、踊ってるのを見て。すごくかっこよかったから」

 「ああ、さくらまつり。毎年踊ってたねそういえば。たしかに涙花は踊ってるときは別人だから、会いに行きたくなっちゃうのもわかるなあ」


 南条さん目当てで練習に行ったみたいだから慌てて付け足したが、見逃してはくれなかった。

 そこはかとないドヤ顔は、友人を誇りに思っている表情なんだろうか。


 「南条さんって、中学のときもよさこい踊ってたの?」

 「あ、わたしは――」


 南条さんが話し出したところで、思わせぶりに輪に入ってくる二人組。

 サッとよける小山さんと、ぷぇっとコケる南条さん。


 「よさこいジャンキー南条涙花を長洲ながす中で知らないヤツはいない……目を付けられたが最後だぜぃ」

 「これも運命だな……よさおくん」


 芝居がかった台詞でやってきたのは、玉井たまいさんと浦内うらうちくん。

 鳴浜高校への進学者は鳴浜市の人が多く、鳴浜市立である長洲中学校からもたくさんの人が進学している。

 僕たち一年二組の長洲中出身者が、南条さん、小山さん、玉井さん、浦内くんなのだ。


 「もう、そういうのは卒業したのに」

 「できてない」


 小山さんにつっこまれて何でー! と抗議する南条さんは、昨日の練習であだ名がダサいと花々重のみんなにつっこまれたときの南条さんと同じだった。

 昔からこうやって可愛がられてるのかな、と想像すると微笑ましい。


 「中学の入学式は伝説だよね」

 「あの時に比べたらぜんぜん大人しかったよ」

 「ほらほら! もう高校生なんだから、わたしは大人なの」

 「はいはい」


 玉井さんと浦内くんにフォローされてニコニコしていた南条さんだが、小山さんにいなされて頬を膨らませている。

 ……可愛いなと思ったが、気になることもあった。



 「鳴浜市立長洲中学校出身の南条涙花です。中学はESS部っていう、英語でお喋りしたり洋画や洋楽を鑑賞したりする部活に入ってました。よろしくおねがいします!」


 南条さんの叫びですっかり緊張が解けたのか、女子の自己紹介からは和気あいあいとした進行になった。おちゃらけたことを言う子がいれば、同中の子からのつっこみが入る。

 南条さんの自己紹介も玉井さんが指笛を吹いたのもあって盛り上がったし、おじぎをしてからVサインをする南条さんと目が合って胸がどきどきした。


 ただ、南条さんは自己紹介でよさこいのことに一切触れなかったのだ。

 みんなが話す内容が南条さんまでの流れでテンプレートになってたからかもしれないけれど、あれだけ熱心によさこいを踊っている南条さんなら、その話をしてもいいんじゃないかなとも思ったのだった。



 「ま、こんなかんじでにぎやかい子だけど、せっかくのご縁なんで、仲良くしてあげてね」


 考え事を始めた僕に小山さんが言う。

 仲良くしてあげるなんてとんでもないし、むしろこちらこそ仲良くさせていただければ幸いなのだが、口に出したら変なやつなので、こちらこそとだけ言っておいた。

 へへっと嬉しそうに笑う南条さんを見ると、高校生活ほんとに楽しくなりそうだな、と僕まで嬉しくなった。

 みんな部活を何にするのかは決めていないらしい。なにやろっかー? と玉木さんは浦内くんに聞いていたが、彼もとくにやりたいことはないらしい。

 中学のときのスポーツを続けるもよし、新しく何かを始めるもよし、こうやってお喋りするのもよし、じゃない? と小山さんはクラス委員っぽく良いことを言った。さすが委員長! とつっこまれて恥ずかしそうにしている。

 南条さんは部活には入るんだろうか?



 二時間目からのオリエンテーションも終わり、お昼前に下校となった。

 南条さんたちは地元のメンバーでランチに行くそうだが、僕は母が三坂から来ているので先に帰ることにした。

 また明日と手を振って小山さんたちと町のほうに向かっていった南条さんだが、パッと振り返ると駆け寄ってきた。


 「どうしたの?」

 「あの、吉岡くん」

 「よさおでいいよ。南条さんが呼ばなかったらわけわかんなくなるし」

 「そ、そっか。……あのね」


 思いつめた様子の南条さんにどきっとする。

 どんな話をするつもりなのか、心当たりがない。


 「よさお、明日も練習に来てくれる?」


 ぽかんとしてしまった。

 行くつもりしかなかったからだ。

 口を開けている僕を見て不安げになる南条さんを見て、慌ててもちろん行くよと伝えると、すぐにあの満面の笑顔が帰ってきた。


 「よかった!」


 ちゃんと着替えも持ってきてね、と手を振りながら、南条さんは小山さんたちに追い付こうと走っていく。

 手を振り返して見送る僕に、母がぼそっとつぶやく。


 「よさおって、あんたのこと?」

 「……はは」


 南条さんがよさこいチームの人であることと、あだ名の由来を説明すると、母は父と同じようにニッと笑って言った。


 「高校生活、楽しくなりそうじゃん」

 「おれもそう思う」

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