神の子対完璧なる男Ⅴ

「ヴィボ殿が……まさか」

 あの光景を見ていた者、そこには少なからず動揺があった。あの場は戦場ゆえ、誰もが押し殺していたのだが、今は野営地でたき火を囲み休んでいる状況。ルドルフらは陣幕の中ともなれば、漏れ出てしまうのも仕方ないだろう。

 だが、その空気は二分されていた。

 疑念、怖れを抱く者と黙って流そうとする者、その二つに。

「良い上官だったんですよ。指示も的確だし、偉ぶったところもなくて……やっぱりその、神の子の噂って、本当なんですかね?」

 誰かが、呟く。沈黙の帳、誰もが答えを発さない。

 発せない。

「黙っていろ。ただ、俺たちは上の命令に従えば良いだけだ」

 この場で一番の古参、様々な時代を知る兵が疑問を溢した者を嗜める。

「ですが――」

「踏み込むな。本国は問題視していない。良いか、この国で上手くやっていきたいならな、踏み込むな。お前たちが思っているより、この国は腐っている」

「国、ですか? 私たちは閣下の話を――」

「同じだ。閣下ですら、ネーデルクスと言う国が望む、機能に過ぎん。神を望んだのも、神として育てたのも、全ては祖国の、王や大貴族たちの意思」

 かつて男はある男の部下であった。国を憂い、王たちとの意見の相違から国を出て行った愛国者が一人。カリスと言う男の。

「一つだけ言えるのは、スロース家も含め何処も問題としていない、と言うことだ。それどころか、噂の立った家はどこも家格を上げている」

「それって、揉み消しのために――」

「噂が立つずっと前に、だ」

「え?」

「わかるか、この件がどれほど根深く、度し難いかが。わかったなら口を閉じろ。閣下を悪とするだけならばな、ヴィボも回りくどい真似などせず、隙を見て閣下を殺すだけで済んだのだ。それが叶う距離には、いただろうに」

「……わかり、ました」

 誰もが押し黙る。そう、確かにヴィボはこういった戦場で幾度となく機会はあった。この戦場では少ないが、ラインベルカを動かす局面であれば、いつでも。だが、彼はそうしなかった。狙いがルドルフだけではなかったから。

 彼の狙いはネーデルクス、そしておそらく初めから娘を差し出し、愛する姉を神の子への贄としたスロース家、それと同じ真似をしてのし上がった名門貴族ども。その復讐心でもってラロと繋がった。利用される代わりに、利用する。

 ラロという怪物にネーデルクスを討たせようと考えていたのかもしれない。

「…………」

 かつて男のそばで疲れ果てたカリスが溢したことがある。滅多に弱さを、疲れを見せぬ人であったが、それでもその時ばかりは精魂尽き果てていた。

『クズどもの望む神の、醜悪さよ』

 贄を喰らってこその神。人を超越し、虐げてこその神。人に阿る神など不要。貴族たちは望んで贄を差し出し、彼らは神の子がそれを正しく虐げ、喰らう様を見て嬉々とする。これでこそ神の子、ネーデルクスを救う存在である、と。

 復讐者など珍しい。当たり前であろう。本来その立場に立つはずの者たちは皆、加害者側であったのだから。それがこの国の歪み、深過ぎる病巣。

 知れば知るほどに絶望しかない。

 もはやこの国に愛国者などは――


     ○


 ラロが動き出したことにより、局所的な敗北がかさむ。とにかく神出鬼没、想定外のところから現れ、蹴散らして去っていく手際は芸術的でもある。

 ただ、情報の漏洩元をかなり潰したおかげで、明らかに敵部隊の精度は落ちた。神がかり的な読みは消え、ラロ本隊以外は悪くない勝負を繰り広げている。ただ、ラロだけは手が付けられない。足取りもやはり、掴み切れていない。

 吉報、凶報、入り混じる中、

「……そういう、ことか」

 ルドルフだけがラロの、彼が率いる軍勢の真相に辿り着く。少し前から違和感はあった、直近も情報漏洩を封じた途端、軍の精度が下がったと言うことは、そこに大きく頼っていたと言うこと。それは少し、らしくない気がしていた。

 あの男ならばもっと、二手三手先を行き、尻尾すら掴ませない。ルドルフが最初に感じた場違い感、いくら自分がこの戦で学び、伸びたとはいえ、その差が埋められるほどではなかっただろう。それほどに遠かった。

 感覚としては英雄王よりも距離を感じたのだ。

 ルドルフは周囲にラインベルカ以外いないことを確認し、

「ラインベルカ。今回の神様からの贈り物は、おそらく疫病だ」

 彼女に声をかけた。

「……何故そう思われたのですか?」

 どこに耳があるかわからないため、ラインベルカもまたルドルフのそばに近づき、声を潜めて問いかける。

「……エスタードの軍勢に違和感は?」

「ラロが動いていること以外は、特に変化は感じませんが」

「うーん、ポンコツ」

「……し、辛辣ですね」

「まあ、そこがあの男の恐ろしさ、か。エスタードの軍勢ね、僕の見立てだとすでに開戦時の半数以下になっている」

「は、半数以下ですか⁉」

 あまりの驚きにラインベルカの声が大きくなる。が、ルドルフにひと睨みされ、慌てて口を閉ざす。彼はため息をつき――

「この広域での戦闘もね、それを感じさせないための苦肉の策だったわけさ。最初から戦力が削れる予想を立てていた。理由は疫病、感染力が高いタイプかな。だから、部隊を極力離し、運用する必要があった」

「なるほど。感染対策、ですか」

「ああ。戦が終わったら、僕らも精査しないといけないだろうね。もしそれが正しければ、だけど。ラロは怪物だよ。限られた手札で、それすらどんどん抜け落ちていく状況で、それと悟らせずにここまで立ち回って来たんだから」

 ルドルフは改めて、畏敬の念を覚える。あの男は初めから万全ではなかった。自分の天運が、自分の知らぬところで怪物の四肢を、手札を壊死させていたのだ。もし、万全であれば、おそらく未だにラロは表に出てきていない。

 そもそも戦場自体、こんな様相にはなっていないだろう。彼らは鉄壁のエルマス・デ・グランでくつろぎ、自分たちは諦め半分に見上げていたはず。とうの昔に撤退を決めていただろう。どう考えても無理、そう言って。

 その差を埋めた己が力に――

「おぞましきは我が力。宗教でも開こうかね、はは」

 ルドルフは嗤うしかなかった。気づいてしまったのだ。自分の想像以上に敵を蝕む神の力、それが暴かれてからは人同士の戦いになったと思っていた。その滑稽さに嗤う。そう思っていたのは自分だけで、相手から見れば神を相手取るも同然。

 笑い過ぎて、滑稽過ぎて、泣きそうになる。

「……お坊ちゃま」

「ま、でも、僕はそういう機能なわけ。そう望まれて生まれ、神の子として特別待遇を一身に浴び、贅沢三昧酒池肉林を味わってきたわけさ。今更でしょ、こんなのは。それが神の子、それがルドルフ・レ・ハースブルク」

 死にたくなるほどの倦怠感。最近忘れかけていたけれど、自分はどこまで行ってもそういうものらしい。きっと、最後まで彼らと並び立つことはない。

 そんな資格、初めから持っていない。

「なら、全うするまでだ。皆、それがお望みでしょ?」

 ルドルフはいつもの陽気で、軽薄な雰囲気をまとう。

「勝つよ。ここまで駒落ちの彼をさ、刺せないようじゃ話にならないし」

 卓上の地図を覗き込み、彼は集中する。もはや誰も視界に入っていない。彼の頭の中ではラロが、自軍が、動き回っているのだろう。

 戦場を予測し、頭の中で描く。

 長い時が過ぎて――

「ふう」

 ルドルフは地図から視線を外した。そしてラインベルカを見て、

「明日で、終わりにしよう」

 そう言い切った。

「承知いたしました」

 その眼に浮かぶは確信。思考を回し過ぎて疲れたのか、少しぐったりとする。彼は決して自分を評価しない。出来ない。結局全てはこの力がありき、彼も本国の上層部もそう思う。どれだけ努力しても、どれだけ功績を上げても。

 全て、神の思し召し、である。

 ラロが本気で隠そうと動き、実際にネーデルクス軍の誰もが気づけなかったことを、ただ一人辿り着き、暴いたとしても――


     ○


 ラロは驚愕していた。

 いずれ誤魔化し切れぬ時は来る。それはいつか、間違いなく来る破局であった。だが、それが今であるとは、自分がケリをつける前に訪れるとは、思っていなかったのだ。あと少し、全体に視線を散らばらせて、ルドルフを討つつもりが――

「ラロ様、これは」

「……気づかれたか」

 ギリ、珍しくラロは余裕のない表情で歯噛みする。ここまでの大局観を、戦場を見る力を身に付けていた。今度こそ正真正銘、足元に彼が見える。

 神の子ではなく、『青貴子』、ルドルフ・レ・ハースブルクが。

「退くぞ」

「しかし、この態勢からでは――」

「俺が殿を務める」

 言葉短く、彼は一人一歩前に進み出る。

「御機嫌よう、三貴士諸君!」

 とうとう、この局面が生まれた。

「本当に、出たわね。ほんと、大したもんね、あのお坊ちゃまも」

 『白薔薇』のジャクリーヌ。

「大将自らが殿だと、何を考えているのだ?」

 『赤鬼』のマルスラン。

「どんな意図があれ、ここで仕留めれば終わりです」

 『死神』のラインベルカ。

 今のネーデルクスにおける最大戦力、である。

 対するは、

「おや、弓を使わないのか。それはありがたい。気遣い感謝する」

 『烈鉄』ラロ・シド・カンペアドール。

 彼は敵方の歪な構成を見て微笑む。こちらが違和感を抱かぬよう、ここにいる者たち以外は気づかぬ状況下での最善を取っているのだろう。実際にこうして遭遇するまで、戦場が広いとはいえラロですら違和感を抱かなかった。

 間違いなく、持ち駒に差はあれど自分と彼は釣り合った。この感覚は随分と久しい、いや、戦場で抱くのは初めてかもしれない。

 この苦しさと高揚感を彼以外で抱くことになろうとは――

「勝つわよ」

 たん、とジャクリーヌが一気に距離を詰める。華麗なる槍は伸びやかに、ラロの喉元に迫る。それを一歩、踏み出して半身となり皮一枚が舞い上がる。後退ではなく、前進による回避。それはジャクリーヌの文脈にはなかった。

 だが、

「当然だ!」

 その穴はマルスランがすぐさま埋める。かわしたところを、その剛剣によって薙ぎ払う。タイミングは良かった。攻撃も受けを許さぬ破壊力である。

「良い連携だ。将として、人間として、俺は君たちを評価しよう」

 しかしラロ、地面に張り付くような姿勢でそれをかわしていた。そして、そのまま低い姿勢でさらに前進、二人を抜き去った。

 何故、彼らがそう思ったのも束の間、

「だが、戦士としては精々が及第点だろう」

 三貴士二人を置き去りにして、ラロは部隊をそのものに飛び込んだ。誰もが予期していなかったことである。まさか自分から虎口に飛び込む者がいるはずない。

 その思い込みが、油断が、

「持ち味を生かさぬ槍使い。技術から目を背ける剛剣士。まあ、こちらはディノやチェ様を抱えるエスタードに言える話ではないか。が、それが許されるのは突き抜けてこそ、残念ながら貴方は有資格者には見えない」

 ラロという怪物を呼び込む。敵の密集地帯に入り込み、敵を盾に立ち回る。彼ほどの視野があれば、敵の大駒を機能させ辛い場所の方が安全地帯である。こんな戦い、彼らの頭に存在しない。ゆえに機能が滞る。

「逃げろ!」

 だが、そんなネーデルクスの中に在ってやはり今の彼女たちは異色。迷うことなく副官フェンケは誰よりも早く逃げ出した。それに他の者も続く。

「ほう、素晴らしい危機感だ」

 これぞネーデルクスの恥部、新生『黒』の立ち回り。その潔さにラロは自然と笑みがこぼれてしまう。これで、隙間を作られた。

「ぐ、ラロ!」

 意図を察することのない『赤』の若き勇士を片手で流し、こけさせる。何が起きたのか、彼にはわからないだろう。

「マルサス!」

 誰かがその名を呼んだが、ラロの視界にもう彼の姿はない。『黒』の副官、その動きに呼応した者たち、『白』の若き女槍士らぐらいが及第点。それ以外は評価にも値しない。それに、取るに足らぬ者たちへ注力している場合でもない。

「ラロォ!」

 女とは思えぬ手応え、流したはずが随分残る重さにラロは苦笑する。これが『死神』のラインベルカ。アルカディアのホープ『剣騎』、『剣鬼』を屠り、あの英雄王とも渡り合った女傑。前評判ほどの強さは感じないが、異質さは伝わってくる。

「俺も何度か赴いたが、少しだけ彼らに似ているな。死が近過ぎて、痛みを感じぬようになった哀れなる獣たち。ほとんどは壊れかけているが、稀にいるのだ。破壊の先で順応し、真の怪物となった者が。ただ――」

 ラロはラインベルカの剣を受けつつ、身体を入れ替える。彼女を目隠しにして突く機会を窺っていたジャクリーヌの前に立つ。

「ぐっ⁉」

 槍を掴み、ジャクリーヌが咄嗟に槍を引こうとした方向に逆らわず、逆に押し込む。嫌な手応えと共に槍が、手からするりとすっぽ抜けた。

 敵前で槍を手放したことなど――

「ただ、俺はその誰にも負けたことはないがね」

 ラロのいるはずの場所へ背中越しに切りつけるも、そこには誰もいない。

「下よ!」

「ッ⁉」

 またしても下。人の弱いところを徹底的に知り尽くしている。足払い一つでラインベルカは仰向けに倒れる。やられる、そう思ったがそこはさすがに――

「させん!」

 マルスランの介入で事なきを得た。だが、その代償は――強力な大振り、距離を取ってくれと願うようなそれを見て、ラロは舌なめずりをする。

「ならばこちらから、だ」

 あえての前進、自身の剛力を前に後手を踏んだ者に何が出来ると言うのか。この場の誰もが悪手だと思った。されど、結果は――

「父上!」

「ぐ、ぬ」

 あの『赤鬼』の、全力で振るった攻撃を、盾を斜めに差し込み空を切らせる。当たるはずのそれが空振り、そのままラロの剣がマルスランを撫で斬る。

「さすがに場慣れしているな。ギリギリで退いたか」

 傷は浅くもないが、致命傷ではない。

「……どういう、ことよ」

 当たり前だがジャクリーヌとマルスラン、彼らは弱くない。谷間の世代とはいえ一国の代表、巨星以外に容易く敗れるほど安い立場ではないのだ。戦いが噛み合わぬとはいえ、それがこうも圧倒されるはずが、無い。

 相手が巨星でもない限り。

 ちょっと戦っただけで嫌でもわかる、凄まじい強さ。彼らの知る強さとは少し毛色が異なるも、それでも結果を見れば明らかであった。

「フェンケ!」

「あいよ、アネサン!」

 怖いからか遠くからフェンケは兜を投げる。それを受け止め、ラインベルカは呼吸を整え、ルドルフを想い、自制の利かぬ領域へ踏み出した。

 フルフェイスの兜を被りて――

「ギィィィィィイイイイイガァァァアアアア!」

 『死神』と化す。

「なるほど。これで『死神』、か。納得だ」

 ついでに他の部下が大鎌を彼女へ放る。それを見えていないはずなのに、視線を移すことなく受け止め、振り回して玩び始めた。

 圧倒的な威容、異様、あの英雄王とも渡り合った最大戦力。

「だが、英雄王と渡り合った、は大げさだな」

 それを前にラロは微笑む。

「君は知らない。『烈日』、『英雄王』、三大巨星と呼ばれる者たちの――」

「シネ」

 話の途中、凄まじい速さと力で振り下ろされた鎌がラロのいた場所を通過し、地面に叩きつけられる。一撃必殺、終わったように見えたのだが――

「――彼らの間だけに広がる境地を。たかが狂気で、そこに踏み込めると思ったかい? そこまで安いと思われていたなら、実に心外。三貴士の名が泣いている」

 またも皮一枚、削ぎ落とす程度。

 代償は――

「ギ、ガ?」

 『死神』は自らの身体につけられた傷を、撫でる。あの一瞬交錯で、かわすだけではなく斬りつけてきていたのだ。

「俺は『黒金』の戦こそ見たことはないが、ガリアスの戦は知る。英雄王のそれも。その戦歴が語る。彼らは三者三様、突き抜けている。三貴士も含め、彼らより一枚落ちる戦士はね、そこそこいたんだ。カンペアドールにもいた」

 彼らの懸念が、確信に変わる。

「ガ、ギィ」

 『死神』の警戒が、嫌でも彼らにそれと伝える。

「君は例に漏れず、一枚落ちる。それでも凄いことだ。女性では例がない。でもね、そこ止まりならば、巨星が描いた戦史の中だけでさえ、何人もいた」

 溢れ出る雰囲気、桁外れの戦意を前に、彼らは知る。

「俺もその内の一人だ。言い忘れていたが、俺はエスタードで二番目に強いよ。何の自慢にもならぬ、一歩足らず、だが」

 信じたくなかった。信じられるわけがなかった。あれほどの知略を誇る怪物が、これほどの武力を持つことなど。しかも、この武を彼はほとんど振るうことなく戦場に君臨していたのだ。完璧過ぎる。完璧が、過ぎる。

 これがラロ・シド・カンペアドールの、戦士としての姿。

 その武に、誰もが言葉を失う。


     ○


 ルドルフは突如降り出した雨を見て、顔を歪める。

 降り出す気配などなかったのに、いつの間にか雲が流れこの戦場だけを覆うように天に横たわっていた。明らかに不自然、間違いなく自分の、天運によるもの。

 今日は必要になるはずがなかった。

 あの局面が形成出来れば勝ち。出来ねば捕捉出来ていない以上、発動自体しないはず。それが起きたと言うことは、必要が生まれたと言うこと。

 神の子に対し、害を成す可能性がある、と言うこと。

「……冗談きついぜ」

 ルドルフは僅かでも同情していた間抜けな自分を罵倒する。相手が巨星でないのならば、当てさえすれば勝てると、そう踏んでいた。

 雨と共に、雷が降り注ぐ。

 おそらくは、彼らのいる戦場に。

「今ので、死んでてくれないかなぁ」

 信じ難い状況に、ルドルフは珍しく、神頼みをしてしまった。


     ○


 巨大な雷が地に突き立ち、二人の怪物を引き裂いた。

 互いの距離が開き、

「では、『青貴子』によろしく。アデュー」

 颯爽と去っていく怪物の片割れ。もう片方の怪物は、咆哮こそするものの追う様子はない。追えないのだ。本能がそれを拒絶していた。

 勝敗は、優劣は明らかであった。

「……誰よ、あの化け物を守戦の将だなんて言ったの。今までは、同世代最強はね、私の心の中に在ったのよ。あの男だって。でも、たぶん、あの男でも――」

「……嫌になるな。本当に、この世界は」

 ネーデルクスは勝てない。最初から、勝てるはずがなかった。唯一、絶対に勝ると思っていた部分すら、劣っていたのだから。

 ラロに隙は――無かった。

 少なくとも彼らの眼には、そう見えた。

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