第3話「ネオ新選組①/局長の謎」

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 ――沖田総司。幕末に活動した武装組織である新選組、その一番隊隊長を務めたのが自分だと言う彼女。……そう、彼女。沖田総司のことは男性だと聞いていたし、なんなら今は二〇一九年。今私と岡下くんの前を歩く少女は果たして本当にあの沖田総司なのか? という話である。……あるのだが、その、なんというか。去年の冬にあった討伐戦で、私は知らず知らずのうちに助けられていたらしい。だから如何に眉唾な存在であろうと目の前の少女には足を向けて寝られないので……うむ、困ったものだ。


「……お前、春夏秋冬といったな」


 ふと、眼前の侍に声をかけられた。艶のある黒絹めいたセミロングの髪が、夏の日差しを浴びて深々と輝いていた。


「ええまあ。……もしかして疑ってます?」

「ああ。あの討伐戦を終わらせたヤツと聞いたもんだから身構えていたんだが」


 こちら……ではなく街路――高架――の下に広がる街の残骸……そう、二〇一八年までは街だった……に視線を投げながら沖田は語る。……なぜだか若干物足りなさそうだ。いや、旧市街地の惨状に対してではなく、私に対して。それだけはわかる。口調はともかく、廃墟を眺める瞳は笑っていなかったからだ。


 ……私としては――旧市街地が視界に入るのは、やはりまだ堪えた。けれどきっとそれは目の前の侍も同じだと、なんとなく思った。だから、なんとか明るく答えることにした。彼女にこの心境を被せる気はなかったからだ。


「なんですかー。私がそんなにもヘナチョコに見えるんですかー?」

「……ああいや、弱くは見えないんだが――」

「だが??」


 一呼吸おいてから沖田は私に目を向け、

「ただ、戦意がまるで見えない」

 心底落胆した、といわんばかりの残念そうな表情を見せた。

 ――うん、そうだ、その通り。今の私には戦意などない。あるのは目的だけなのだ。だから私は、岡下くんを守っている。


「おい、岡下とか言ったか」

 沖田――ああいや、ちょっと親しみを込めて沖田ちゃんと呼ぶことにしよう――というわけで沖田ちゃんは突如、岡下くんに話を振った。


「――え! あ、ハイなんでしょうか!!」

 岡下くん、何もそんなに驚かなくても。

「……何もそんなに驚かんでもいいだろうに」

 お、なんか沖田ちゃんと気持ちがシンクロした。やったね。


「……まあいい。――それで岡下、お前はそいつのことをどう思っている?」

 そいつとは私のことだ。沖田ちゃん、岡下くんのことを試しているのかな。


「どう思っているとは……その、どういうニュアンスですか!?」

 なんか妙に顔を紅潮させながら岡下くんは質問を返す。それを見た沖田ちゃんは、

「……あぁ、お前、そういうことか。ホの字ってわけか」

 澄ました顔でそう言った。……え。岡下くんマジ?

「……え。岡下くんマジ?」

 思ったことがそのまま口から出た。私ってばマジにシンプルですね。

「えっそのえっと! ア、アア……」

「この際はっきり言っちまえ。当たって砕けろだぞ」

 振り返りながら立ち止まり、腕組みをしながら沖田ちゃんが岡下くんに告げた。

「そっそんな急にいきなり突然に――」

「骨ぐらい拾ってやるぞ岡下」

「なんでフラれる前提なんですか……!!?」

「お、やっぱりホの字じゃねーか。いいぞ、一人フラッシュモブぐらいやってやるが……どうだ?」

「どうだじゃないです! 僕のウキウキな日々を守らせてください!!」

  私への気持ちはハッキリしなかったけど、沖田ちゃんに対して言いたいことをハッキリ言ったので岡下くんやるじゃんってなった。


「ふむ、からかい続けるのも良くないか。そろそろ本題に入るとしよう」

 沖田ちゃんは髪の毛を靡かせながら歩き、そしてこう続けた。


「お前ら、ネオ新選組に入れ」


「は?」「え?」

 私と岡下くんは脊髄反射めいた速度で似たような返事をした。いやこれを返事と言っていいのかはわからないけど……。


 ちなみにネオ新選組は政府直属部隊の正式名称です。実は生存していた新選組副長・土方歳三さんが再結成させた新選組がルーツだとかなんとか。

 それはわかるがどうして私たちがそのネオ新選組に? なぜに??


「奇妙だと思うのはわかる。百も承知だし俺だって疑問に思ったさ。だが土方さんどころか政府からの指示とあっちゃァ口出しできねェってわけよ」

「せっ政府!? 僕ら政府からネオ新選組に推薦されたってことですか!!?」


 岡下くん、口調はかなり驚愕しているそれなんだけれど、どことなく浮き足立っている雰囲気もある。さてはテンション上がっているな?

 ところで土方さんの名前が出てきたがもしやマジにあの土方さんなのだろうか。沖田ちゃんの実例を目にしている以上あり得ないとは言いきれないが……。

 というか沖田ちゃんが副長なんだから文脈的に局長が土方さんということになるのだろうか。実のところ局長の存在は謎に包まれているのだ。


「沖田ちゃんさん、私たちって絶対ネオ新選組に入らないといけないんですか? 一応既に雇用されているんですけど」

「沖田ちゃんという言い方は謎だが、まあいい。決定事項というわけではない。ただ、今から一度、局長に会ってもらいたい。答えはそれからでいい」


 というわけで、私たちは流れに身を任せるようなノリでネオ新選組のネオ屯所にやって来た。ネオ屯所ってなんやねんと言いたいところだが、実際門のところに『ネオ新選組・ネオ屯所』と書かれているのだから「ソウナンデスネ」と受け入れる他ない。本当にそう書かれているのだから仕方ないでしょーが!


「この障子の先に局長がいる。ノックするから少し待て」

「ノックなの……?」

「この障子は『障子メアリーシステム』が搭載されている。ノックすることで起動し、網膜認証でロックが解除されるんだ」

 なんかツッコミどころ満載だけどひとまずスルーしよう。一々指摘していたらキリがなさそうだもの。


「春夏秋冬さん、どうしよう。よく考えたら調査結果をまだ根源坂さんたちに報告できてないよ」

「よく考えたらというか私はずっと根源坂さんたちになんて言おうって思ってたよ」

 ウソである。事態がより面白い方向に進みつつあることをうっすら感知したので思考の隅に追いやっていたのがホントのことだ。


「やっぱ春夏秋冬さんは一流だなぁ」

 パロな香りのする賞賛を岡下くんが口にした。やはり素質があるのかもしれない。


【認証完了。障子が開きます】

 沖田ちゃんの網膜認証が完了したことを告げる電子音声が廊下に流れた。どうやらついに局長とのご対面と相成りそうである。


「局長ってどんな人なんでしょうね……」

「うーん、流れ的に副長から局長になった土方さんなんじゃないかなぁ」

 岡下くんの問いに答えつつ障子が徐々に開かれていく。その合間、

「ん? 土方さんは局長じゃないぞ。あの人はまた別の役職だ」

 沖田ちゃんが意外なことを言った。

 それに反応するより先に、局長が姿を現した。その人物は輝かしき金色の髪と空の如き蒼の瞳を持つ青年だった。


「やぁ初めまして。ボクがネオ新選組の局長、アーサー・剣ドラゴンだよ」


「??????」

「??????」


 予想の斜め上すぎて、私と岡下くんは一瞬だけ思考を止めてしまったのでした。


つづく

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