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青居月祈

1章

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 庭に咲いていた向日葵ひまわりが枯れた。一本だけ、貴婦人のような佇まいをした向日葵は、夏の間、大きな葉をドレスのように広げて堂々と庭に立ち、義弟ぎていに水を貰ったり、周りの草を抜いて貰ったりと、甲斐甲斐かいがいしく世話をされていた。

 先日、その向日葵は台風の風に折れて、倒れていた。そして、その後を引き継ぐように、根元から真っ赤な彼岸花が一輪、咲いたのだった。

 この彼岸花に興味を示したのは、向日葵の世話をしていた義弟ではなく、末の義妹ぎまいの方だった。彼女は彼岸花の前に、衣服が汚れるのも気にせずに座り込んで、スケッチブックをに熱心にその艶やかな華の姿を描き出していた。そして今日も庭に座り込んで、アクリルの絵の具やら、色鉛筆やらを地べたに広げて、その彼岸花を描いていた。

「お茶が入ったよ」

 紅茶が乗った盆を持って、雪彦が声を掛けた。彼女はもう少し、と色鉛筆を丁寧に動かした。そうして遠目から眺めて、少しだけ頷いてから、雪彦ゆきひこの元に歩いてきた。

 カップに紅茶を注いで彼女に渡す。開きっぱなしにしてある引き戸の縁に腰掛けて、雪彦が入れた紅茶を一口飲んで、彼女はようやく息をついた。その拍子に、高い位置で一つに結わえた髪が、ゆらと揺れた。

 彼女は、名を結衣ゆいという。ご近所でも名の通った【一之瀬家の四兄妹】の末娘に当たる。先日齢十四になったばかりの彼女は、桜丘中学の二年生で、まるで中学生とは思えない秀麗な容姿に、さらに磨きが掛かったように、雪彦は思えた。

 この義妹と雪彦は歳が十も離れている。しかしこれといって話が通じないわけでもなく、むしろ義妹の方が懐いてくれていた。今も「雪お兄ちゃんの淹れてくれる紅茶、結衣、大好き」など、なんともいじらしいことを言ってくれる。

進捗しんちょく如何程いかほどですか、結衣先生?」

 仰々しく訊ねてみると、彼女は照れたように笑った。

「やめてよ、雪お兄ちゃん、先生だなんて」

 そう言いながらも、結衣はスケッチブックに描いた彼岸花を見せてくれた。ここ数日で、赤い花火に似た華が、いろんな角度からたくさん描かれていた。水彩の淡いもの、色鉛筆で濃く描かれたもの、画材に合う描き方をしていた。

「良く描けているね」

 そう言うと彼女はまた、そうかなと首を傾げて、紅茶を一口飲み込んだ。どうやら結衣は、今の状態では満足してはいないようだった。自分の描いた絵を見ながら首を傾げ、本物と見比べる。そしてまた、近づいて色鉛筆を手に取った。

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