51 『最後の砦』

 「うーむ、近衛隊の奴らは全滅したか」


 王城最上階、謁見室に据え付けられた豪華な椅子の上で、隠密部隊からの報告を聞き終えてイーラは唸った。

 

 「あ、あの近衛隊が全滅ですか。イーラ様、まずいんじゃないですか?」


 玉座の横に控えるシモンの声には、明らかな動揺があった。

 つくづく、小心者だ。


 「シモン、お前の不安は分かる。実際、俺も奴らはあそこで排除するつもりだったからな」


 ちらり、と右手の本に目をやりながらイーラは話し続ける。


 「だが。それでもこちらの勝利は揺るがないさ」


 少し計画と違ってしまった――どころか、今回は何度もこの本の裏をかかれてきていた。

 それでも、作戦の大筋は全くブレていない。


 「で、ですがイーラ様! 奴らは近衛隊を全滅させるほどの実力ですよ!? 特にあの金髪の小娘の使う魔法と、あの男が持っている剣は――」

 「わかっている」


 もはや半べそなシモンを、イーラは片手で制して落ち着かせた。


 「シモン落ち着け、焦るな! 確かに今回は我々にとってこれまでで一番の試練となった」


 恐らく全ては、王国から謎の侵入者が不法入国した段階から始まったのだろう。

 いや、もっと前かもしれない。


 「私が手に入れたこの国は、今や王国と帝国の連合軍から宣戦布告されている。その裏で、法国が誇る二十人の近衛隊も全滅させられた」

 「でしたら!」

 「落ち着けと言ってるだろう、シモン。確かにこちらの切り札の一つだった近衛隊はやられたが、まだこちらには切り札がある」

 「……二つ、ですか?」

 「そうだ。一つはこの本」


 そう言ってイーラは右手の本を掲げた。

 これまで何度もイーラを導き、救ってくれた本だ。この本に従って失敗したことは一度も無い。


 「ですが、その本に従ったのに近衛隊は敗北しました!」

 「確かに、それは想定外だった」

 

 当初の計画では、あそこで啓太達を罠にかけた時点でイーラ側の勝利は決定していた。

 唯一想定外だったのは――


 「あの剣がまさかあの男の手にわたっているとはな……」


 先ほど窓の外に見えたまばゆい光と続く衝撃音。そして隠密軌道からの報告からして、間違いないだろう。


 「あの剣?」

 「そうだ。あの男が持っていた剣だ。あれはこの本と同等の力を秘めている」


 シモンの顔に驚愕の表情が浮かんだ。


 「そ、そんなに強い剣なのですか!?」


 シモンの額に汗がにじむ。

 啓太を奴隷にした際に一度はシモンの手に渡ったものの、使えない剣ということでガブリエラに渡してしまった剣だ。

 それが今や最大の脅威となっているのだから、焦るのも仕方が無い。


 「シモン、俺は別にお前を責める気はないよ。元々あの剣が本来の力を発揮するには、あの男が使う必要があった。お前が手にした段階ではただの光る鈍らにしか見えなかっただろう」

 「……あのケータとかいう男は何者ですか? 私の手元にいたときは、ただのひ弱な男にしか見えませんでした」

 「ああ、そうだろうな」


 シモンの顔に浮かぶ疑問を楽しそうに観察しながら、イーラは口を開いた。 


 「あの男はだよ」

 「、ですか!?」


 再びの驚愕に、シモンの眼が見開かれた。


 「そうだ。奴はこの本やあの剣を作った者と同じ世界から来たのだろう。だから、あの剣を使いこなせたんだ」

 「……賢者はとうに亡くなったと聞きました」

 「この国の、はな。俺も詳しくは知らないが、大掛かりな儀式か強力な魔法を使って賢者を呼ぶ方法があるらしい。大方、あの金髪の小娘が呼んだんじゃないか?」


 あれだけの魔法を使う少女だ。それぐらいやってのけても驚かない。


 「では、奴は本来の力を持ってその剣を振るえると、そういうわけですね」


 シモンが言いたいことは分かる。

 それじゃ勝てないじゃないですか、と言いたいのだろう。


 だが、こちら側の切り札はもう一つある。


 「それでも我々の勝利は揺るがない。最強の剣も、振らなければ唯の腰にぶら下げた重りだ。にいる限り、我らに敗北は無い」 


***

 

 「――ここだな」


 最上階、廊下の突き当り。

 そこには、天井に届かんばかりの巨大な扉があった。啓太も一度見た扉――謁見室への入口だ。


 「警備の兵はいなさそうだな」


 かつて扉の左右は警備兵たちが厳重に固めていたが、今は人影が無い。

 

 「まるで、誘われているようね」


 啓太の横で、ガブリエラが呟く。

 ……変なフラグはたてないで欲しい。

 

 「イーラの奴が部下を連れてとっくに逃げ出している可能性もあるわ」

 「それは無いんじゃないかしら、カルラ。あれだけ権力に固執する奴がみすみす玉座を明け渡すとは思えないわ」

 

 ガブリエラが険しい表情で扉を睨んだまま、まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。

 ガブリエラにとってイーラは親の仇でもある。流石に、普段は冷静なその顔にも様々な感情が浮かんでは消えていた。


 「断言してもいいけど、イーラは間違いなくあの中よ。行くわよ!」

 「ちょっ、ちょっと!」


 ガブリエラは、一目散に扉に向かって駆け出した。

 啓太達も、慌ててその後を追う。

 


 全速力で廊下を駆け、扉を押し開け――


 「イーラ! そこまでよ!」


 啓太達は謁見室になだれ込んだ。


***


 「よく来たな、ヴァーヴロヴァー侯とその……従者かな?」


 イーラは謁見室中央、玉座にゆったりと腰かけていた。

 逃げ出すどころか部屋に飛び込んできた啓太達を見て一切の動揺を見せない。


 「ここまで道中大変だったろう? 少し休んでいったらどうだ?」

 「ふん、イーラ。わかってて言ってるんでしょ!」


 余裕な態度を崩さずにわかりやすく煽って来るイーラに対し、ガブリエラの言葉がヒートアップする。

 なんなら、既に彼女の右手は剣の柄に置かれていた。


 (ガブリエラ、落ち着け。イーラのペースに巻き込まれるな)

 (……わかってるわ)


 ガブリエラの右手のこわばりが少し緩むのを見て、啓太は少しほっとする。

 狡猾なイーラのことだ、あの挑発ともとれる態度にも何か作戦――罠があるかもしれない。


 「イーラ、俺を覚えているか?」

 「ああ、君は確か……」


 イーラは、にやにやと嫌味っぽく笑った。


 「あの時のヴァーヴロヴァー侯の奴隷だな。なあ、シモン?」

 「ああ、そうですね。私がヴァーヴロヴァー侯に売った奴隷ですよ。すっかり忘れてました」

 「んなっ!」


 今度はガブリエラと反対側に立つティアの表情が険しくなった。恐らく、その奥ではカルラも同じような表情をしているのだろう。


 「ヴァーヴロヴァー候、もしかして本日は奴隷の返品かな?」

 「このっ……!」

 「ティア!」


 一歩前に出ようとしたティアを慌てて止める啓太。


 (ティア! 相手の挑発に乗るな! どう見てもこちらから攻撃させようとしているだろう!)

 (でも、あいつが! あいつがケータを酷い目にあわせたんでしょ! 私が仇を取るわ!)


 いや仇って。俺は死んでないぞ。

 とは、流石に今の真剣な表情のティアには言えない。


 (いいから、押さえてくれ――)


 「――ケータ、とか言ったかな?」


 小声で話す啓太達に向かって、イーラが再び言葉を投げかける。


 「他の三人と違って、君はずいぶんだな」 

 「そりゃどうも」

 「私達に攻撃しようとする仲間を止めるのも、罠を警戒してのことだろう?」


 イーラの余裕な態度はまだ崩れない。


 「その態度からすると、どうせ何か仕掛けてるんだろ?」


 啓太の言葉を聞いて、イーラの口角がさらに上がった。


 「ああ、その通りだよ」


 言葉と同時に、啓太達が入ってきた扉が大きな音を立てて閉まる。


 「……どういうつもりだ? 逃げ道を自分で塞いで」

 「逃げ道? 残念ながらそれはこちらには必要ないものだ」

 「必要ない?」

 「ああ。この部屋に君たちが入った段階で我々の勝利は決まった」


 そう言いながら、イーラは玉座からゆっくりと立ち上がった。


 ……いやな予感がする。


 「ティア!」

 「ええ、任せて頂戴!」


 イーラを近づかせてはまずいことになる。

 啓太の意図を察したティアは、魔法を詠唱しようと両手をイーラに向け――


 「嘘……」


 しかし、ティアの両腕はだらりと垂れ下がったままだった。ティアの顔に驚愕が浮かぶ。


 「どうした、ティア?」

 「……両手が上がらないの」

 

 ティアは眉間にしわを寄せて精一杯腕を上げようとしているのが、両腕は力なく垂れ下がっているだけだった。


 「そろそろ気付いた頃かな?」

 「イーラ! ティアに何をした!」

 「何もしていないさ。この部屋に来た段階でお前たちには何もできないと言っただろ?」


 両手を広げて大げさに肩をすくめるイーラ。

 

 (いや、そんなはずはない)


 これまでどんな相手だろうとティアの魔法が打ち破られたことなんてないはずだ。

 啓太に刻まれた奴隷契約だろうが一瞬で解除していた。


 (まさか、空間全体に魔法を使えなくする力が働いているのか?)


 となれば、ここは直接攻撃だ。


 「ガブリエラ! カルラ! 行けるか?」


 しかし、直立したままの二人からは絶望的な答えが返ってきた。


 「……っ、さっきからずっと切りかかろうとしているわ」

 「アタシも、全然体が動かない」


 二人は柄に手を当てたまま動かない。


 「ようやく気付いたかな? この謁見室は王の絶対性を象徴する部屋だ。何人たりともここで君主たる私を攻撃することはできないんだよ。試しにその剣で切りかかってきてみたまえ」

 「っ!」

 

 剣を抜こうとした啓太の手もまた、剣の柄に触れた瞬間に固まったように動かなくなった。どれだけ力を入れても剣が抜けない。

 そして、その瞬間から啓太の全身も動かなくなっていた。その場を離れようにも足が動かない。


 つまり、この部屋に閉じこもっている限りはイーラに手を出すことができないというわけだ。


 「残念だったな。お前たちはここまで本当によくやったよ」


 懐からナイフを取り出しながら、イーラは楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

 「私も前国王を殺すときはこの部屋からどうやって外に出すかで苦労したものだ」


 ギリッ、とガブリエラが歯を噛み締める音が聞こえた。


 イーラがナイフを鞘から抜いた。

 その刃が、鈍い銀色に光る。


 「ティアとかいう女、まずは君からだな」


 イーラはゆっくりとティアの前に歩を進める。


 「いくら魔法の才があっても、こうして動けなくしてしまえばただのか弱い少女だな」

 「うるさい! 私はアンタなんかに負けないわ!」

 「ふん、何とでもいえ。これで終わりだ」


 イーラがナイフを振り上げた。

 ティアの眼が、大きく見開かれる。


 「やめろ!」


 啓太の叫びだけが、虚しく謁見室に響いた。

 

 (くそっ、何か、何かないのか!)


 ティアは魔法を使えない。

 啓太達も剣を抜けず、その場から一歩も動けない。


 どれだけ頭を使っても、この場を切り抜ける方法は見つからなかった。


 「さらばだ」


 イーラがナイフを振り下ろした。


 「やめろぉおおおおお!!!」


 振り下ろされるナイフがゆっくりと、だが確実にティアの首に向かい――



 首筋のわずか手前で止まった。


 「そこまでだよ、イーラ」


 謁見室に、新たな声が響く。

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