49 『城へ』

 ティアが近衛隊を吹き飛ばしたちょうどその頃――


 マルゴー大森林を全速力で駆け抜ける一頭の馬がいた。

 その背またがるのは、二人。


 「すごいね……」


 馬の手綱を握るために伸ばしたアダムの腕の間で、エレナがそう呟いた。

 彼女の視線の先には、雲まで届く勢いでごうごうと立ち込める赤い炎と黒煙が遠くに見える。


 「そうですね、エレナ様。あれはアルコの方でしょうか?」

 「ティア達が頑張ってくれているのかな」

 「そうだと思いますよ」


 遠くに見えているあの炎は、明らかに魔法で生み出されたものだ。

 少なくともアダムが覚えている限り、法国にはあれだけの高威力魔法を生み出すような人物も、儀式も存在しなかった。


 「あれはティア様でしょうね。あれだけの魔法を使える方が他にいるとは思えません」

 「じゃあ、私達も早く合流しなきゃね」

 「ええ、急ぎましょう」


 そう言って、アダムは馬に鞭を入れた。


 戦いの火ぶたは切って落とされた。

 既に動き出した歯車は止められず、後戻りはできない。


 「だけはいくらティア様でも突破できないでしょう。間に合うといいのですが」


 クライマックスは、近い。 


***


 魔法により、世界が一変した。

 

 森から深紅の炎が上がる。立ち込める黒煙が目と鼻の先の視界を霞ませる。

 あたり一面には、焦げ臭いようなにおいが立ち込めていた。


 その中を、啓太達は駆ける。まっすぐに、イーラのいる王城を目指して。


 「……ティア、やりすぎじゃないか?」

 

 走りながら周囲の惨状を見渡して、啓太は眉を顰めた。

 

 「『全力で頼むぞ』って言ったのはケータじゃない。これでも街に被害が出ないように抑えたわよ」

 「まあ、そのようだが……」


 燃え尽きた木が蒸発するような規格外の高熱に地面は真っ黒にあぶられているが、それはアルコの城壁の手前でギリギリとどまっていた。

 一応、ティアなりに手加減はしたらしい。


 「さあ、ケータ! 今のうちにイーラのところへ向かうわよ!」

 「ああ。今は蹴散らされているが、敵が戻ってこないとは限らないしな」

 

 一騎当千と言われている法国近衛隊も、流石に先ほどの魔法を食らってはひとたまりもないだろうが、しぶとく攻撃してくる可能性も考慮すべきだ。


 「ガブリエラとカルラも、良いわね?」

 「ええ」

 「わかったわ」


 ティアの魔法の威力に若干引き気味の様子だった二人だが、この問いにはしっかりと頷いた。


 「さあ、急ぐわよ!」


 

 啓太達は街道を駆ける、駆ける。

 ぺんぺん草も生えないような街道を走破し、突然の爆発に混乱している城門をすり抜けると、まっすぐに王城に向かった。


 「すごい数の野次馬だな」


 アルコの街中では、城壁の外で何が起きたかを一目見ようと家々から顔を出した人々でごった返していた。

 相変わらずの賑わいを見せる商店も、今は店主と客が総立ちになって首を伸ばしている。


 「すいません! ちょっと道を開けてください!」


 啓太達は通りに溢れる人々をかき分けながら、走り続けた。

 人ごみをかき分けて走る事しばらく、正面に王城が見えてきた。


 「いよいよ、だな」

 「ええ。覚悟はできているわ」


 ガブリエラが腰から剣を抜いた。

 その横で、カルラも短剣を抜く。


 「ケータも、準備は良いかしら?」

 「……ああ」


 ガブリエラの問いかけに頷くと、啓太も腰の剣を抜いた。

 途端に眩い輝きを放つ剣を見て、カルラが感心したような声を出した。


 「ほう、ケータ。その剣中々強そうじゃないか」

 「いや、これは見かけだけだよ。実際は何も切れない剣さ」


 そう言って、啓太は肩をすくめた。


 「そうなのか? あたしは、その剣にはとてつもない力が宿っているように感じるんだが」

 「光っているからそう感じるだけだ。実際の切れ味は酷いもんさ。な、ティア?」

 「ええ、そうね。薄い紙一枚切れなかったわ」

 「なんじゃそれ」


 カルラがあきれたような表情になった。

 それもそうだ。紙すら切れないとなると、啓太の剣はもはや刃物としての用をなしていない。

 正直なところ、ただの光る棒だ。


 「まあ、相手を殴ることぐらいはできるし、見た目は強そうだからハッタリにはなるさ」

 「……よし、ケータはあんまり前にでるなよ?」


 言われなくてもそのつもりだ。

 と、啓太は先ほどから光る剣をじっと見つめたままぼーっとしているガブリエラに気が付いた。


 「どうした、ガブリエラ?」

 「……っ! すまない、少々その剣が気になってな」

 「見た目が強そうだからか?」


 剣術にあれだけ秀でているガブリエラのことだ。珍しい剣を見て興味を持ったのだろう。


 「いえ、そうじゃないわ。抜く前は気が付かなかったけど、その剣をどこかで見たことがあるのよ」

 「どこかで?」

 「ええ。でも思い出せないのよね……」


 意外と有名な剣なのだろうか、とも一瞬考えたが、この実用性の無さからしてあってレプリカだろう。


 「まあ、ガブリエラが見たというその剣がどれだけすごいものかは知らないが、この剣とは別物だろう」

 「それもそうね」


 ひとまずこの剣についてはいいだろう。今は生きてイーラと対峙するのが重要だ。


 「よし、行くぞ!」


 啓太の合図で、一行は城門に向かって真っすぐに走り出した。

 

 城門が近づいてきてはっきり見えるようになってくると、その前を固める門番たちの姿もはっきりしてきた。

 全速力で迫ってくる啓太達を明らかに警戒して、全員既に武器を抜いて入口を固めている。


 「そこの者たち、止まれ!」

 

 門番ががなり立てる。


 「ティア、頼めるか?」

 「ええ。任せて頂戴!」

 「ティアさん、彼らはイーラの下で働いていると言っても快く思っていないはずよ。あまりやりすぎないでね?」


 ガブリエラの心配そうな声に一つ頷くと、ティアは両手を前に突き出して叫んだ。


 「『アウラ』!」


 瞬間、ティアの掌から放たれた暴風が門番たちを吹き飛ばす。

 ティアの魔法は勢いのままに、木製の門も蝶番を引き裂いて吹き飛ばした。


 「はい!」

 「ありがとな」


 啓太は全力のどや顔を向けるティアの頭を軽く撫でると、城の敷地内に踏み込んだ。


 「警備が手薄だわ」


 啓太に追いついたカルラが、周囲を見渡してそう呟いた。

 城門から王城へと続くこの道は、両側を植栽に囲まれて庭園風になっているが、現在は人の気配が全く感じられなかった。

 確かに、城門にはあれだけ門番が固まっていたのに、城の敷地内であるここに警備がいないのは変だ。


 「ガブリエラ、この城はいつもこうなのか?」

 「いいえ、私が覚えている限り、ここにも警備が配置されていたはずよ」


 ガブリエラはそう言って首を横に振った。


 「門番と合流していた? それとも騒ぎを聞きつけてイーラの身辺を警護しているのかもな」

 「どうせ城の中に踏み込むんだから、今は罠なんて気にしてもしょうがないでしょ」

 

 カルラの言う通りだ。

 さすが百戦錬磨のレジスタンス代表、この状況にも動じていない。


 「そうね! さあ、早く城に――」


 言いかけて、ティアが口をつぐんだ。

 その視線は、王城の門に向けられている。その門が開け放たれ、まさに今三人の兵士が出て来るところだった。


 「あれは――」

 「近衛隊ね」


 ガブリエラの答えは、予想通りの物だった。


 「いたぞ!」

 「俺が行こう」

 「いや、ここは俺が行く。たった四人、瞬殺してくれるわ」


 何やら穏やかでない会話をしながら、三人の近衛隊員はゆっくりと近づいてきた。


 (くそ、これはまずいな……)


 どこまで想定していたのかは分からないが、イーラが手元に貴重な戦力である近衛隊を残していたのは意外だった。

 先ほどまで森で対峙していたのは全員でなかったということか。


 「気をつけろ! 慎重に――」


 仲間たちに注意を促そうと口を開いた啓太の言葉を遮るように、ティアが叫んだ。


 「『アウラ』!」

 「ぐぁ!」

 「きゃ!」

 「がはっ!」


 再びの暴風により、三人はあっけなくかなたまで飛ばされていった。


 「……おい」

 「どうだった、ケータ!? すごかったでしょ!」


 満面の笑みのティア。

 その規格外っぷりにガブリエラとカルラがドン引きしているのには気づいてないようだ。


 「ま、まあこれで無事に近衛隊を排除できたわけだな!」

 「そ、そうだな、ガブリエラ。よし城内に行くわよ!」


 無理やり口を開いて自らを納得させるかのようなガブリエラとカルラに、啓太は心の中で合掌した。


 「さあ、いよいよ城内だ。気を引き締めていくぞ!」


 啓太は全員が力強く頷くのを見届けると開け放たれた扉から、王城への第一歩を踏み出した。



 そこで、啓太の意識は途切れた。

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