44 『一手、また一手』

 啓太達が王都に戻ってから二日後、帝国より親書が届いた。


 「プレディガーはちゃんと皇帝に報告したみたいね!」

 

 ヘリオスから渡された親書をひらひらさせながら、ティアがそう言った。

 現在啓太達は屋敷には戻らず、王宮の部屋を間借りして法国に対する作戦のすり合わせを日々行っている。

 プレディガーからの状況報告は、待ち望んでいた知らせの一つだった。


 「ティア、ちょっと手紙を見せてくれ」


 啓太はティアから親書を受け取ると、羊皮紙を机の上に広げて全員が読めるようにした。


 「なになに――」


 プレディガーの手紙は、おおむね計画が順調に進んでいることを報告していた。

 レプトの街での会談後直ぐに帝都に戻り皇帝に報告したこと、皇帝も作戦の内容に同意し兵を動員する準備を始めたことがつらつらと書かれている。

 そして手紙の最後には――


 「――なお、本作戦の遂行に当たっては貴国と我が帝国の緊密な連携が必要となる。この機会に両国の関係をさらに発展させるべく、是非作戦開始前に両国の君主による会談を設定させていただきたい。……会談!?」


 帝国は思ったよりもこの作戦に乗り気でいてくれているようだ。

 

 「会談、って陛下と皇帝陛下のですよね?」

 

 クロエが驚きの表情でそう言った。

 驚くのも無理もない。まさか、帝国側が皇帝を出してくるとは啓太にも予想できなかった。


 「罠?」

 「いやニーナ、それは無いだろう。手紙には会談場所はヘリアンサスで構わないと書かれている。皇帝は本気で陛下と話したいのだろうな」

 

 流石にヘリアンサス国内での会談となれば帝国が罠にかけることも難しいだろう。

 

 「啓太さん、どう思います?」


 そう言って、シルヴィが手紙から顔を上げた。


 「俺は悪くない提案だと思う。プレディガーがどこまで考えているのかは分からないが、今回の作戦の前段階としてヘリアンサス王国とシレーネ帝国が接近しているという情報をイーラに流すのは有利に働く」

 「その方が、イーラがこちらの動きにより注目するからね!」

 「その通りだ」


 今回の作戦では、イーラの注目が国外に向けば向くほどいいだろう。そう言った意味では、王国と帝国が協働していると思わせておいた方が有利なのは間違いない。


 「わかったわ! じゃあ私から父上に話をしておくわね。順調にいけば一週間以内に会談ができるわね」

 「ティア、ありがとう」


 これで作戦の第一段階は準備完了となる。

 もちろん、実際にどのように兵を動かすのか等はギュスターヴも含めて更なる議論が必要となるが、それはあまり問題にならないだろう。


 「となると、次は第二段階だな」

 「法国内の方ですね」

 「ああ。カルラとガブリエラの方も上手く行っていなきゃそもそも全部おじゃんだ」


 残念ながら、鎖国しているナジャ法国内の情報はなかなか手に入れられない。そのため、再び法国に入る必要がどうしても出て来る。

 その役はニーナが担当することになっていた。


 「ニーナ、本当に大丈夫か?」

 「大丈夫。既にマルゴー大森林の地図は頭に入っている。問題なく実行可能」


 ニーナは無表情を崩さずに力強く頷いた。


 (まあ、ニーナなら大丈夫だろう)


 前回と異なり、今回は当てのない旅というわけではない。

 出発前に合意した日付と時間に国境付近でレジスタンスのメンバーと落ち合って情報を受け取るだけだ。


 「帝国が協力してくれるのは予想外だったから、こちらの動きが確定する前に出発する必要があるけど、作戦の結構日自体は変わらないからそのつもりで情報交換を頼む」

 「わかった。明日の朝出発する」

 

 ニーナの頼もしい返事に、啓太も含めて他全員が頷いた。


 「となると、残るはアダムとエレナのほうか」


 作戦の最終段階としては、やはり旧王家の血を引く王女に王位についてもらうのが理想的だろう。ガブリエラなら分からないが、見たところカルラには国を統治するような能力は備わっていない。

 イーラ打倒後の政権移行をつつがなく進めるためにも、アダムとエレナによる王女探しは重要だった。


 「エレナたちは結構自信あったみたいよね」

 「そうですね、当てがあると言っていました」


 クロエが首をひねる。

 これまでの話しぶりからして、あの二人は王女の潜伏先を知っているようだ。

 無事に王女と合流できていればいいのだが……


 「まあ、その件については心配してもしょうがないだろう。それに、あの二人以外ではそもそも王女の尻尾もつかめないしな」

 

 アダムとエレナのことは一旦おいておき、まずは作戦の第一段階を成功させるのに注力するべきだ。


 「さあ、ここから先は気が抜けないぞ。気を引き締めていこう」


 啓太の言葉に、部屋にいる全員が大きくうなづいた。


***


 ナジャ法国北部セーヴェル郡――


 法国最大の穀倉地帯であるこの一帯は、元々王家の直轄地であった。

 前国王が倒されて以降は宰相イーラの所有地となり、イーラの腹心であるエレメイ・レヴォーヴィチ・ロマノフが代官を務めている。

 エレメイは元々領地にいた村人や兵士達をまとめ上げ、この地を統治していた。


 この処遇はある意味、イーラの右腕としてクーデターに尽力したエレメイへの褒美の側面も持つ。

 毎年の安定した収量により収入は保証されており、王家に直轄されていたからなのか元々使えていた兵士達や住民も従順で御しやすかった。

 実際代官を任されてから約二年、領内では特段大きなトラブルもない。

 このままなら正式にこの一帯の領主を任されるかもな、とエレメイが考えているのも頷けよう。


 しかし現在、エレメイはここ一週間に領内で発生した不審事件に頭を悩まされていた。


 「ロマノフ様、報告いたします! 昨晩、デルモ村の住人が忽然と消えました!」

 「……またか。足取りはつかめそうか?」

 「それが、森の中に入ったところまでは分かるのですが、その後はさっぱり」


 息せき切って部屋に駆け込んできた兵士から聞いた話に、エレメイは大きなため息をついた。

 ここ最近、同様の事件が領内で多発していた。

 いずれの事件でも、ある日突然村から住民が丸ごと消えるのだ。毎回消えた住民が森に入るまではつかめるのだが、その後の足取りが全く分からない。


 (手がかり一つ残さずこっそり消えるなんてことがあり得るのか? よっぽど森の中の移動に詳しい者が手引きしていると考えた方がよさそうかもな)


 エレメイとてただ手をこまねいているわけではない。領内の村に警備の兵を送って入る。

 しかし、村の数に比べて兵の数は圧倒的に足りない。毎回、あざ笑うかのように警備の無い村で事件が発生していた。


 「不審人物の目撃証言は?」

 「い、いえ。周辺の村々も捜索しましたが、有益な情報は全く得られませんでした」


 兵士はそう言って申し訳なさそうに首を振った。


 (イーラ様に報告するか……? いや、やめた方がいいな)


 自分で解決しないうちにイーラに報告しては役立たずの烙印を押されてしまう恐れがある。

 この二年間に築き上げた有能な領主という体面はできるだけ保っておきたい。


 (まあ、村人が丸ごと逃げるなんてよくある事だろう。人が足りなくなればまたシモンに奴隷の供給を頼めばよい)


 そう一人で結論づけると、エレメイは兵士に命令を下した。


 「今後同じ事態が起きないように警備をさらに厳重にしろ。いくら何でもこれ以上の民の損失は避けたい」

 「はい!」


 兵士はそう言って頷くと、サッと部屋を出ていった。

 

 「まあ、こんなことは長く続かないだろうし、気にしすぎることもないな」


 そう自分に言い聞かせると、エレメイはそれっきり事件のことを頭から追い出した。


 ***


 「これでよかったでしょうか?」


 エレメイの屋敷から出て森に入るとすぐ、兵士はそう呟いた。


 「ええ、問題ないわね。ありがとう」


 木の陰から、赤毛の少女――カルラが姿を現した。


 「毎回難しい役ばかり任せてごめんなさいね」

 「いえ、自分たちとて王家に忠誠を誓った身。その復興に協力できるのであればなんでもやりましょう!」


 兵士は首を大きく振りながら、前のめりになってそう言った。


 「ロマノフは気付きそうだったかしら?」

 「いえ、まったく築いてなさそうですね。あれは自分の保身のことしか考えていないので、いかにイーラにバレずにこの事態を収束させるかしか考えてないです。かりに領地中の民がいなくなっても屋敷にこもって札束を数えていると思いますよ」

 

 つまるところ、エレメイはそういう男だったのだ。

 事なかれ主義のため、実際に自分の身内だと思っていた兵士のほとんどが裏切っていても築かない。


 「まったく、馬鹿よね。報告を信じて自分の眼で村の様子を見にいこうともしないなんて」


 領内の村から消えた民など、今のところ全くいない。全て、ロマノフが碌に確かめようともしないのを見込んでレジスタンスと兵士が協力してでっち上げた大ボラである。

 ただ兵士と村人を裏切らせればイーラのところに情報が行く。

 それならば、偽の事件を起こしてエレメイがイーラに情報を共有したがらない状況を作った方が都合が良かった。


 「そうですね。この一週間でどれくらいの戦力が集まったんですか?」

 「そうね、我々も手分けしているのだけど、王家の直轄地の民と兵は大体抑えたわ」


 直轄地の兵力を全て押さえたことで、都合国全体の十パーセントほどの兵力を抑えたことになる。


 「足りますかね?」

 「直轄地だけじゃダリないでしょうね。でも安心して頂戴」

 「というと?」

 「現在別ルートで有力貴族にも働きかけているわ。そちらでどれくらい集まるかは分からないけど、併せて二十パーセント以上は兵力を抑えられるわ」


 国全体の二十パーセント。

 一見少なすぎるようにも見えるが、これはあくまでもコアメンバーである。イーラへの戦いを始めれば協力してくれる中小貴族はごまんといるだろう。


 「とはいえイーラ側は資金力があるからね。傭兵を大量に雇われたらつらい所よ」

 「装備も我々より数段良いものをそろえていると聞きます」


 結局のところ、頭数だけ集めてもイーラを打倒することは難しい。

 やはり、他国の協力が必要なのは間違いない。


 「ケータ達、うまくやっているかしら」


 隣の国で今頃奮闘している男の姿をカルラが思い出したとき――


 「カルラ様」


 カルラの後ろに、ふいに一人のレジスタンスの男が現れた。


 「どうしたの?」

 「はい、報告です」


 そこで一呼吸置くと、男ははっきりとこう言った。


 「ヘリアンサス王国とシレーネ帝国がナジャ法国に宣戦布告しました」

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