37 『三人寄れば文殊の知恵』

 「筋書き……?」


 カルラの言葉に、啓太はこのアジトにたどり着くまでの流れをを思い出す。

 そもそも事の始まりは、ガブリエラがイーラを訪問した際にレジスタンス討伐を命じられたことだ。

 イーラに敵対しているレジスタンスが、イーラをそそのかしてガブリエラに命じさせたとは考えにくい。


 (あの時イーラは何と言っていた?)


 謁見室でのアルコは、確か『不法入国がレジスタンスと関係あるのなら、今のうちに潰した方がいい』と言っていた。

 なぜイーラは啓太達をレジスタンスと関連付けたのか。


 「そうか、俺たちの入国がレジスタンスと関連しているかのようにお前たちが見せたんだな?」

 「その通りよ」


 啓太の答えに満足したのか、カルラはにっこり笑った。


 「こう見えて、アタシ達は王都にも沢山仲間を潜ませているのよ。彼らを伝って、『不法入国者はレジスタンスの仲間』だという噂を流したわ」

 「それだけか?」

 「ええ。でも、イーラはクーデターで国を乗っ取った身。自分を陥れようとする存在は、たとえ噂程度でも全力で潰すわ」


 とはいえ、流石のイーラも半分はただの噂だと信じていなかったはずだ。


 「確信が無いからこそ、イーラは自分の手駒を送らなかったんだな」

 「その通り。あなたがヴァーヴロヴァー侯爵家の奴隷になっていたことも、その侯爵が王都に上ることも我々はつかんでいたわ。きっとイーラは侯爵に討伐を命じるだろうと」


 とはいえ、それは危険な賭けだ。タイミング次第では、他の貴族に討伐命令を出してもおかしくないだろう。

 啓太の思考を呼んだのか、カルラは笑いながら補足した。


 「勿論、確証は無かったわ。でももし失敗しても、我々の居場所はバレてないのだから息をひそめるだけで良いのよ」

 「……策士だな」


 これだけ先を読むことができるからこそ、レジスタンスのリーダーが務まるのだろう。


 「ただ、計画通りだったのはここまでね。本当は適当な偽物の場所をアジトだと偽ろうと思っていたのだけど、流石侯爵様ね。本当の場所を突き止めてきたわ」

  

 カブリエラは独自の情報網と言っていたが、ナジャ法国を代表する侯爵家だ。恐らくレジスタンスを上回るほどのネットワークなのだろう。


 「元々の計画だと出兵してがら空きになった侯爵邸に潜入してアンタを取り戻す作戦だったのに、まさか侯爵様自らアンタを連れて来るとは思わなかったわ」


 そう言って、カルラはやれやれと肩をすくめた。


 「俺も、ガブリエラがまさか単独で乗り込むとは思ってなかったよ」

 「成人したばかりの貴族の娘なんてうちの見張り連中で倒せると踏んでたけど、まさかあそこまで強いとはね」


 レジスタンスの見張り達を倒す様子を見る限り、ガブリエラの件の実力はニーナやアダム並みかそれ以上に見えた。


 「ティアがいてよかった、ということか」

 「本当、ティア達がいてくれなかったらそのままここも壊滅していたかもね」


 冗談めかして言っているが、カルラの眼は真剣そのものだった。

 

 「俺もティア相手にさしであそこまで戦えた奴は初めて見た」


 ティアの風魔法を何発も食らいながらも、それでも立ち上がりティアに対峙し続けたガブリエラの姿を思い出した。


 「まあ、私相手に粘った方なんじゃないかしら?」


 フンと鼻を鳴らしながら、ティアが言った。

 再開してからというもの、ティアはガブリエラの話をしようとするとなぜか不機嫌になっていた。


 「……それで、彼女の方は?」

 「一応、我々を倒しに来た敵だからね。牢に入れてあるよ。そろそろ目を覚ますんじゃないかな?」

 

 カルラの言うとおり、仮にも奴隷にされていた啓太と違い、ガブリエラは正真正銘組織の敵だ。

 身柄を拘束されていても文句は言えないだろう。


 「ガブリエラと話をさせてもらえないか?」


 それでも、ガブリエラが家のために仕方なしにイーラの命令を聞いていることを知っている身としては、見過ごせない。

 まず彼女に状況を説明して、それからカルラたちに協力するように言おう。


 「わかった。ついて来てよ」


 そう言って、カルラは席から立ちあがった。


***


 「ケータ! あなたは無事だったのね!」


 牢の前にたどり着いた啓太の様子を見たガブリエラが、開口一番そう叫んだ。


 「ああ。それで――」

 「ケータ、早くここから逃げましょう! 見張りが戻ってくる前に!」


 ガブリエラは啓太に有無を言わせない勢いでまくしたてる。


 「ほら、何をのんびりしているの? このままだと私達二人とも殺されるわ。 どこかに鍵があるはずだから――」

 「ガブリエラ、落ち着いて聞いてくれ」


 啓太は、手を挙げてガブリエラの言葉を制した。


 「……ケータ、どうしたの? そう言えば、どうやってここまで――」

 「それは私達が説明するわ!」


 ガブリエラがそこまで言った時、ティアとカルラが姿を現した。


 「あ、あなたさっきの!」

 「ええ、あなたをこてんぱんにした女よ。だから、落ち着いて話を聞いてくれるかしら」


 ティアの姿を見た瞬間、ガブリエラは鉄格子を掴んで身を乗り出した。


 「あ、あんな魔法卑怯じゃない! 剣なら私の方が上よ!」 

 「あら? どんなにすごい剣も届かないんじゃ意味が無いわね」


 ぐるると唸り声を上げながら言い合うティアとガブリエラを見て、啓太はため息をついた。


 (おい、カルラ。あの二人何とかならないのか?)

 (……それは無理だね。あれは女のプライドってやつだ)


 カルラが訳の分からないことをのたまう。


 「ケータ、命ずるわ! その金髪をぼこぼこにしなさい!」

 「残念でしたー! あんなちゃちな奴隷魔法、とっくに私が破っておいたわ!」

 「なっ!」


 ガブリエラが驚愕の表情を見せる。

 ティアの魔法が規格外だったのは知っていたが、まさかあの奴隷契約すら破れるとは思ってなかった。


 「大体、ケータは元々私の物なのよ? それをあんな汚いやり方で奪うなんて、最低じゃない?」

 「き、汚いですって? いい? この国では奴隷を持つことが普通なの! 合法なのよ! 大体、私は一度だって奴隷を不当に扱ったことは無いわ! 聞いてみなさいよ!」

 

 突然啓太にお鉢が回ってきた。


 「ああ、ガブリエラの屋敷での生活は辛くなかったな」

 「ほら!」


 ガブリエラが得意げな顔をする。


 「私は何一つやましいことはしていないわ! ナジャに行ってはナジャに従えってことわざを知らない? 他国の法律にとやかく口を出すのはやめてくれないかしら?」

 「そ、それはそうかもれないけど、ケータはそのシモンとかいう奴隷商に不当に拉致されたのよ! あなたとの契約も向こうよ!」

 「その文句はシモンに行ってちょうだい! 私はちゃんと対価として金貨六百枚を払ってケータを買ったのよ。所有権は今のところ私よ!」

 「ぐぬぬ……」


 まあ、なんとも低レベルな言い争いだった。

 ティアはまだしも、ガブリエラまでも子供のようになってしまっている。


 (というか金貨六百枚ってすごいな……)


 この世界の物価だと、優に家族が数年は遊んで暮らせる額のはずだ。


 「あー、お二人さん?」


 このまま放っておいても言い争いは止まらないだろうと考え、啓太は口を出すことにした。

 

 「言い争っているところ悪いんだが、話を前に進めたいんだ。そんな話は後で話せばいいだろう?」

 「『そんな話』ですって? ケータ、私は今からここで殺されるかもしれないのよ! 今決着をつけないでどうするのよ!」


 ガブリエラにとっては、藪蛇だったようだ。


 「あー、ガブリエラ。落ち着いて聞いてくれ」

 「何よ?」


 尚も目を見開いて食いついてくるガブリエラをなだめてから、啓太は言葉を選んだ。


 「もう気付いているかもしれないが、俺は元々ここにいるティア達と一緒にヘリアンサスから来たんだ」

 「……そうみたいね」


 ガブリエラがティアを睨む。

 ティアは対抗したのかあっかんべーをした。


 「それから、ここにいるカルラは俺に恩がある。そうだろ?」

 「ええ、そうね」


 カルラはそう言って頷いた。


 「そしてお前は、俺の主人だ」

 「……まだそう思ってくれてるの?」


 ティアに契約を解除されたことを知らされ、やや自信なさげなガブリエラだった。


 「全員の立場を知っている身として言わせてもらうと、俺たちは同じ目標に向かっていると思う」

 「同じ目標?」


 啓太はガブリエラの言葉に頷くと、ゆっくりとティアとカルラの顔を見渡した。


 「イーラと、あいつのスポンサーであるシモンの打倒だ」


 啓太の言葉に、牢が立ち並ぶ廊下が静まり返った。


 「カルラたちレジスタンスの目的は、言うまでも無くイーラの打倒だな?」

 「ええ」


 カルラが力強く頷いた。


 「イーラが政権を取ってから、地方は切り捨てられたの。税金ばかり引き上げられて、民は苦しんでいるわ。アタシたちは、そんな政権を打倒するのが目的よ」

 

 イーラは都市部を発展させることで自分の周りの民に不満を抱かせないように気を使っていた。その分のしわ寄せが農村部に行っていたということだろう。


 「そしてガブリエラ。お前は表面上イーラに従っているが、本心では旧王家の復活を望んではいないのか?」

 「……その通りよ」


 ガブリエラが、こくりと頷いた。


 「ヴァーヴロヴァー家は、代々ナジャ一の忠臣であり続けてきたわ。私だって、先代国王陛下には多大な恩義を感じているもの。できることなら、にっくきイーラを倒して王家を復活させたい!」

 「よく言ってくれた」


 これで、カルラ達レジスタンスと、ガブリエラ率いるヴァーヴロヴァー侯爵家の目的が一致した。


 「そして俺たちは――」


 啓太はそう言って、ティアと自分を指し示す。

 

 「ヘリアンサス王国で起きている連続拉致事件の調査で来た。恐らく、シモンの一味が村人を拉致していると思われる」

 「ケータの言うとおりね。私たちは、シモンを捕まえて拉致された国民を取り返したいの」

 「イーラはシモンの後ろ盾になっている。だから、俺たちも最終的にはイーラを倒さなきゃいけないかもしれない」


 これで、この場に集まった三者の思惑は一致した。


 「なあガブリエラ、カルラ」


 二人は、真剣な表情で啓太の顔を覗き込んだ。


 「俺たちで力を合わせれば、目標を達成できると思わないか?」

 「そうね。アタシは最初からアンタと協力するつもりだったわよ」


 そう言って、カルラは笑った。


 「ガブリエラは――」

 「私はヴァーヴロヴァー家の当主として、家を守らなくてはいけないの」


 ガブリエラが、うつむいてそう吐き出した。


 「だから、イーラの言いなりになってでも家を残そうとしたわ。でもね、本当に私が忠義を尽くさなきゃいけないのは家でもイーラでもない、国そのものなのよ。ケータのおかげでそれを思い出したわ」


 そう言うと、ガブリエラは顔を上げた。


 「私も協力するわ! 皆で力を合わせてイーラを倒しましょう!」


 その顔には、啓太が見たこともないようなとびっきりの笑顔が浮かんでいた。

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