34 『首都アルコ』

 翌朝。

 ガブリエラと啓太は、日が昇るのとほぼ同時に法国首都アルコに向かって出発した。


 アルコまでは侯爵家所有の豪華な馬車での移動である。

 奴隷のはずの啓太は、なぜか御者ではなく客車でガブリエラと同席することを許された。


 「ケータは今回重要な役割を担ってもらうわけだし、こっちに座りなさい」


 先に客車に乗り込んだガブリエラが、自分の向かいの座席を指し示して言った。


 「……重要な役割?」


 馬車が走り出した後、ガブリエラの言葉で気になっていたフレーズを尋ねてみた。


 「爵位継承の謁見には、必ず付き人を連れて行かなくちゃいけないのよ」


 窓の外の景色を眺めてながら、ガブリエラが口を開く。


 「付き人?」

 「この国では、貴族が重要な儀式をするときは必ず何人か使用人や奴隷を連れていくのよ。私の場合、自分が所有している使用人や奴隷はケータだけだわ」


 確かに、貴族が正式な儀式を行う際に自分一人では格好がつかない。


 「だから、今回は王城の中までついて来てもらうわよ」

 「……王城か」

 

 爵位継承の謁見で王城の仲間で行くとなると、当然クーデターを起こした宰相イーラと顔を合わせることになる。


 (最終的にティア達と合流してヘリアンサスまで帰ることを考えると、あまり目を付けられない方がいいな)


 後でこの国の貴族世界のマナーをガブリエラに訊こう、と決心する啓太であった。


 ヴァーヴロヴァー侯爵邸から法国首都アルコまでは、馬車でわずか半日の道のりだった。


 「ほらケータ、あれがアルコの街よ」


 ついつい馬車の壁にもたれかかってうとうとしていた啓太は、ガブリエラに肩を叩かれて目を覚ました。

 言われた通りに前方を見ると、アルコの街の城壁が目の前にそびえたっている。


 「こんな大きい城壁は、はじめて見たよ」

 「でしょ? これでも常に拡張し続けているのよ」


 城壁を褒められたガブリエラが、どこか嬉しそうに答えた。

 アルコの城壁はその規模・高さ・城門の大きさどれをとってもヘリアンサス王国の首都ローサを上回っていた。

 さらに、城壁の外にも張り付くようにして多数の家々が建っている。


 「あれは?」

 「新しく建てられた住宅ね。この街の人口はどんどん増えているから、城壁が拡張されるまではああやって壁の外に家を建てるのよ」


 巨大都市にも関わらず、住居があふれ出すとは驚きだ。

 

 (鎖国しているって聞いたからてっきり厳格で技術や文化が未発達の国だと思ったけど、どうやら考えを改める必要があるな)

 

 ナジャ法国は、ヘリアンサス王国をはるかにしのぐ技術を持っている。

 啓太は、王都までの旅路でそれをいやというほど思い知っていた。


 特に驚いたのは、ヴァーヴロヴァー領からアルコまでの街道が隙間なく石で舗装されていたことだ。敷石が隙間なく並べられた街道は馬車が余裕ですれ違えるだけの幅を持ち、道の両脇には歩道まで整備されていた。

 敷石間の隙間が恐ろしい程少ないおかげで、馬車が殆ど揺れない。


 『そりゃ、主要な街道は全部舗装されているわよ。 舗装されていない道なんて危なくて進めないじゃない』


 馬車の中で驚きと感動ををガブリエラに伝えようとするも、返ってきたのは小ばかにしたような言葉だった。

 まあ、現代日本を基準に考えればガブリエラの言い方もわかるが……。


 (土がむき出しになっているヘリアンサスの街道とは次元が違うな。もしかして、大昔に俺みたいに現代人を儀式で呼んだのか?)


 技術だけを見るに、その可能性もありそうだ。


 

 「さあ、別邸に荷物を置いたら明日の謁見に備えて支度をするわよ」


 ほぼ顔パスでアルコの城門をくぐりながら、ガブリエラがそう言った。


 「別邸?」

 「王城の近くに、当家が所有している家があるのよ。普段はあまり使っていないけど」


 ……さすが大貴族、財力が違う。

 これまで王族であるティアとは何度も共に旅をしてきたが、身分を隠す旅が多かったため基本的に野宿か安宿住まいだったのを思うと、感動的だ。


 「なるほどな、じゃあまずはそこに向かえばいいのか」

 「ええ。馬車で行けばすぐよ」


 啓太達の馬車は、城門からそのままアルコの目抜き通りを進んでいった。


 城壁前で聞いて予想していた以上に、アルコの市内は賑わっていた。

 通りの左右には酒場や雑貨屋などの店が所狭しとが密集し、多くの人々が買いものを楽しんでいる。

 街道と同様に歩車が分離されている通りの車道は数多くの馬車が行き来しており、歩道は溢れんばかりの歩行者がごった返していた。


 「予想以上にすごい込み具合だな。一体アルコ全体でどれくらいの人が住んでるんだ?」

 「私も詳しくは知らないのだけど、確か城壁の中だけでも五十万人は住んでいたはずよ」

 「ごっ」


 啓太は思わず絶句した。

 五十万人。下手したら王都ローサの十倍以上かもしれない。


 「さっき来る時に見た城壁の外に住んでいる人たちを入れれば、全部で八十万人くらいかしら」


 ……さらに増えたぞ。

 いくらアルコが巨大都市とはいえ、それだけの人口がいるのならこの過密っぷりも納得だ。

 改めて、ナジャ法国の発展ぶりには目を見張るものがあった。


 「兄ちゃん、おいしいよ! 食べていかないかい?」

 「いらっしゃいいらっしゃい! 今日は魚が安いよ!」


 道路に面した店からの威勢のいい呼び込みの声を聴きながら、啓太とガブリエラは別邸に向かった。


 別邸に着き荷物を置くと、ガブリエラは啓太を王城近くの高級服飾店に連れて行った。


 「ケータ、これなんかどうかしら?」

 「……少し派手すぎないか?」

 「あら、私の付き人なんだからこれくらいじゃないと」


 啓太はヴァーヴロヴァー家使用人の服を着ていたが、王城に上るためには正装が必要らしい。

 ガブリエラは服飾店に入ると、次々と正装を啓太にあてがっていった。


 「うん、それで行きましょ! 似合っているわよ」


 着せ替え人形になること三十分。ようやく、ガブリエラが納得したようだ。


 「これで明日は問題ないわね」


 満足げに頷きながら、ガブリエラが言う。

 

 「啓太は賢いから問題ないと思うけど、イーラの前で粗相だけはしないでね? 直ぐに首が飛ぶわよ」

 「首が」


 店を出る直前、最後にそんな脅し文句を言ってくるガブリエラだった。


***


 翌朝――


 啓太とガブリエラは、馬車に乗って王城の門をくぐった。

 啓太はガブリエラに買ってもらった正装に身を包み、普段は身軽な格好をしているガブリエラも今日だけは豪華なドレスを着ている。


 「ガブリエラ・ヴァーヴロヴァーです。オリヴェル・イーラに会いに来ました」

 「はい! ヴァーヴロヴァー侯爵様! イーラ様は謁見室でお待ちです!」


 ガブリエラに馬車の中から声を掛けられた門番は、直立不動の姿勢をとって恐縮した。


 「ガブリエラは偉いんだな」

 「当たり前でしょ。侯爵よ、侯爵」


 それからも、場内ですれ違った人全員――衛兵も貴族も――がいちいちガブリエラに丁寧なあいさつをして呼び止めて来る。

 ガブリエラが法国内で一定の権力を持っているのはどうやら本当のようだ。


 「……ようやくついたわね」


 挨拶に何度も足止めされたことにより、王城の最上階にある謁見室の前にたどり着いたのは入城して三十分以上たってからだった。


 「ヴァーヴロヴァー侯爵様! ようこそおいでになられました!」


 ガブリエラの顔を見るや、謁見室の門を守っている騎士が相変わらずの恐縮っぷりで脇にどいた。


 「さあ、入りましょう」

 「ああ」


 騎士に軽く礼を告げてから、啓太とガブリエラは謁見室の中に足を踏み入れた。


 「ごきげんよう、オリヴェル・イーラ様」

 「おお! よく来たな、ヴァーヴロヴァー侯」


 すでに玉座に腰かけて二人を待っていたイーラは、想像通りの男だった。

 背が低くでっぷり太った体を豪華な宝石で着飾り、禿げ上がった額は脂汗でてかてかと光っている。

 顔にはガブリエラを歓迎する笑顔を張り付けていても、目だけは全く笑っていない。


 「ご挨拶感謝いたします、イーラ様。本日は、父シルヴェストルより正式に爵位を受け継いだことをご報告に参りました」

 「うむ、事前に聞いているよ。そうか、ヴァーヴロヴァー侯ももう成人したのか」


 言葉とは裏腹に、イーラの眼は値踏みするかのようにガブリエラの顔をなめつけていた。

 シルヴェストルのように自分を裏切るのか、試そうとする眼だ。


 「まだまだ至らないところもあるかと思いますが、イーラ様のお役に立てるよう精進いたします」

 「頼もしいな」


 そう言って、イーラは邪悪に笑った。


 「そういうことなら、早速候に頼みたいことがあるんだ」

 「……何でしょうか」


 一通り形式ばった挨拶を終えた後、イーラがそう切り出した。


 (……絶対ろくなことじゃないぞ)


 「レジスタンス、というのを知っているか?」

 「レジスタンス……、ですか?」


 イーラが言うには、ここ数年法国を転覆させようとする集団が台頭してきているそうだ。

 彼らは主に、マルゴー大森林を活動の拠点としている。


 「何でも首謀者は農民出身の小娘のようでな。これまでは別に大した脅威は無いだろうと捨て置いていたんだよ」

 

 イーラの言葉には、苦々しげな感情がこもっている。


 「ところが最近、隣国ヘリアンサスから数名の不法入国者が入ってきた」

 「!」


 『不法入国者』のところでガブリエラがものすごい勢いで啓太の方を振り向いたが、幸いなことにイーラは話に夢中で気が付いていないようだ。


 「もちろん直ぐに捕えようと隠密部隊を送ったんだが、奴らの中にも手練れがいて取り逃がしてしまって。もしこの不法入国がレジスタンスと関係あるのなら、今のうちに潰した方がいいだろう」


 (いや、レジスタンスとは全く関係ないですよ! ……とは言えないな)


 とはいえ、これは啓太にとってはいいニュースだ。取り逃がしたということなら間違いなくティア達は無事だ。


 「というわけなので――」


 イーラはそこで一旦言葉を切ると、玉座から立ち上がって命じた。


 「ヴァーヴロヴァー侯、貴殿に命じよう。マルゴー大森林に軍を送り、レジスタンス共を根絶やしにしろ!」

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