09 『天岩戸』

 「――27、28、29、30!」


啓太が伏せていた顔を上げると、応接室からはすっかりティア達の姿が消えていた。


 (さてと、探すか)


 啓太が最初の鬼だ。

 誰かが言っていたが、この手のレクリエーションこそ人間の持つ素の性格をつまびらかにしていくらしい。

 いいチームを作るためにも、ここで皆の性格を把握しておいて損はないだろう。


 「どこ行ったー?」


 誰ともなく呼びかけながら廊下に出るが、人の気配はしない。


 (流石にこんな分かりやすい所にはいないか)


 かくれんぼの範囲は、屋敷の中に限定したが、それでも屋敷は広い。

 やみくもに探していては、いつまでたっても見つからないだろう。


 (俺はまだ屋敷の全てを把握したわけじゃないが、それは皆同じはず。おそらく、このわずかな期間に慣れ親しんだ所に隠れている気がする)


 そうなれば、まずはティアから探すべきだろう。

 ティアはまだこの屋敷に来たばかりだ。知っているところといえば、せいぜい前回ガストンと話をした応接室と、今回最初にいた食堂だろう。

 

 「おーい!ティアー!」


 なんとなくティアがいそうな予感を感じながら、啓太は食堂の扉を開けた。


 「あれ?セシルだけか」


 部屋にいたのは、金髪のメイドだけだった。彼女はいそいそと朝食の食器を片付けている。

 仕事の邪魔をしても悪いので、啓太はさっと部屋を見回し、他に人影がいないことを確かめると廊下に戻った。


 (ティアは後回しだな。シルヴィは馬小屋かな?)


 屋敷にやってきてから、シルヴィが馬小屋で馬の世話をしている場面を何度か見かけていた。なんでも、生まれてからずっと行商をしてきたので、毎日馬の顔を見ないと落ち着かないそうだ。


 (えーっと、馬小屋は確かこっちだったような……)


 啓太は玄関から一旦庭に出ると(玄関の両脇の衛兵に敬礼された)、馬小屋にむった。

 正直、馬小屋が屋敷に含まれるかはかなりグレーだが、建物とくっついているし、一応室内だからいいだろうということになっている。

 思えばあの時から、シルヴィは馬小屋を範囲に含めるように主張していた。


 「ケータさん、どうも」


 ケータの姿を見つけると、馬小屋で馬車を磨いていたニーナが手を止めて声を掛けてきた。

 今はフードを外しているため、豊かな黒髪を束ねたポニーテールがあらわになっている。


 「ニーナ、暫くぶりだな。ところで、ここに誰か来なかったか?」

 「私に聞くのはルール違反」


 ケータの質問に、平常時より少し早口でニーナが答えた。

 というか、


 「……嘘が下手すぎだろ」

 「ん……、嘘はついていない」

 「俺たちがかくれんぼをしていることをお前は知らないはずだ。部屋にいなかったからな。それなのに、まるで知っているかのように答えた」

 

 指摘されたニーナの目がざぶんざぶん泳いでいる。


 「……ということで、ここにシルヴィが隠れてるな?」

 「流石ケータさん」

 「ちょ、ちょっと!!!」


 馬小屋の奥に積まれたわらの中から、シルヴィが飛び出してきた。藁まみれだ。


 「シルヴィ、みっけ」

 「ああっ!見つかってしまいました……」


 シルヴィは、そのまま頭を抱えてしゃがみこんだ。


 「ニーナ!どうしてそんなバレバレの誘導尋問に引っかかるの!?」

 「……私は努力した」


 誘導尋問ですらなかったけどな。落ち込んでいるニーナを見ながら、心の中で啓太はそう付け加えた。

 それにしてもシルヴィとニーナは本当に仲良くなったようだ。いつの間にかお互い砕けた口調で話しているのは、少しうらやましい。


 「シルヴィもニーナも、俺のことは呼び捨てでもいいぞ」


 さりげなく提案してみると、 


 「本当ですか!?じゃあ、これからケータって呼びます!」

 「わかった、ケータ」


 意外と好評だったようだ。


 ガールズトークをはじめたシルヴィとニーナとは一旦別れ、ケータは屋敷内部に戻った。


 (次はクロエか……)

 

 屋敷に来てからのクロエは、ずっと自室で療養していたはずだ。

 さすがに部下とはいえ女子の部屋に勝手に入るのは忍びないが、正直他に思いつく場所が無い。


 (さっと確認するだけなら大丈夫だろう)


 そう心の中で弁解しながら、啓太はクロエの自室がある三階に向かった。


 「ん?」

 

 三階にたどりついたとき、廊下を見て啓太は違和感を感じた。


 (俺の部屋の扉が開いてるな)


 クロエの部屋の隣には啓太の部屋がある。今、ごくわずかだがその部屋のドアが開いていた。


 (朝部屋を出たときに、ちゃんと閉められてなかった?)


 貴族の屋敷とはいえ、啓太のいた現代日本と比べると様々な道具や家具の精度は低い。

 適当に閉めたもののちゃんと閉まっていなかったのだろう。


 (まあ、一応確かめておくか)


 流石にクロエが隠れていることはないだろうとは思うが、念のため確認はしようとドアを開けた啓太は、そのまま固まってしまった。


 (いたーーー!!!)


 ドアを開けた啓太の目に飛び込んできたのは、もぞもぞと動く自分の布団だった。


 (……明らかに誰か隠れてるな。身長的にティアではなさそうだし――)


 啓太が近づくと布団の動きが心なしか激しくなった。

 いやな予感しかしないが、かくれんぼはかくれんぼ。見つけないといけない。


 (ええい、ままよ!)

 

 思いっきり布団を剥ぐと、案の定布団の下からクロエが出てきた。ご丁寧に、啓太の枕を抱きかかえてる。


 「く、クロエじゃないか」

 「ケータさん、見つかってしまいました!」


 眩暈がするケータとは裏腹に、見つかったクロエは実に嬉しそうだった。


 「……あとはティアだけか」


 いつものようにケータの腰にまとわりつくクロエを意識の外に外して、頭を切り替える。

 

 「そうなんですね。ティア様は一番最初に見つかるかと思ってました」

 「俺もそう思ってたよ。でも、あいつは小さいころからお転婆でいたずらっ子だったらしいし、意外と隠れるのがうまいのかもな」

 「もうティア様の勝利は確定ですし、ここは手分けして探しませんか?」

 「そうだな、シルヴィにも頼もう」


 再び馬小屋に戻った啓太は、シルヴィに声をかけ、そのまま3人で屋敷の中を手分けして探した。


 「……見つからないな」

 「ケータ、これで屋敷の中は全部探しましたよね?」

 「ああ、隠し部屋でもなければ一通りは探したはずだ」


 なんとなく拗ねた顔をしているクロエも、頷いている。

 これだけ手分けしても見つからないとは、かくれんぼの天才か。


 「流石にルールを破って、庭に隠れていたりはしてないと思うが……」


 啓太は、そう呟きながら、窓の外の広大な庭を見た。

 遠くの方でポールとセシルが植栽の剪定をしているのがみえる――


 あれ?

 セシルは確かさっき――


 「食堂だ!」


 啓太が言ったのと廊下を駆け出したのは同時だった。

 後ろからシルヴィとクロエがついてくる足音を確かめながら走り、啓太は食堂に転がり込んだ。


 「いた」


 相変わらず、食堂ではが掃除をしている。


 「セシルと入れ替わるのは十八番だな、ティア」

 「さすがね!ケータ!」


 金髪メイド――メイド服を着たティアが振り返った。


 「今回は俺の負けだよ。一番最初に来た時、先入観でお前をセシルだと思ってしまったよ」


 それを聞いたティアは、満面の笑みを浮かべるのであった。


 「さあ、隠れるだけじゃつまらないわね!今度は私が探す番よ!」

 「ケータ、その次は私が探します!」

 「わ、私もケータさんを探したいです!」


 いたずらっぽく笑うティア。シルヴィもクロエも、楽しそうだ。

 半分くらい思いつきだったが、このかくれんぼはどうやら成功のようだった。


***


 ヘリアンサス王国の北に広がる大国、シレーネ帝国。

 大陸有数の賑わいを誇る帝都アークも、真夜中になれば人影は無い。

 日が沈んだ後も灯りをつけてにぎわっていた出店も畳まれ、今は月明かり以外に石畳の道を照らすものは無かった。

 そんな街の裏路地の一つに、月明かりすら避けるように佇む男が一人。

 髪にはうっすらと灰色が混ざり、顔にしわが刻まれているこの男は、路地の奥をじっと見つめたまま、何かを待っていた。


 「……来たか」


 いつの間にか、男の前には黒ずくめの人物が立っている。

 顔には仮面をかぶっており、年齢はおろか性別も不詳だ。


 「お待たせしました、プレディガー様」

 「あまり大きな声を出すな。それで、どうだった」

 「はい、王国への妨害工作は上手くいきました。賢者召喚の儀式は失敗し、代わりの者が呼び寄せられました」

 「代わりの者?」

 「はい。ケータと名乗る若者です」


 プレディガーが思い出そうとするも、これまで読んだどんな文献にも心当たりはない。


 「そいつは何者だ?」

 「素性は全く分かりません。黒髪に黒い目をしており、この辺りでは見かけない顔立ちでした」

 「なるほど。そいつを気にする必要はないんだな?」

 「はい、彼は間違いなく賢者ではありません。しかし――」


 黒ずくめの人物は、ためらいがちに続けた。


 「潜り込ませた物からの報告によると、彼は非常に聡明で、早速王国貴族の不正を一つ暴いたようです」

 「マンサールの件は聞いている。そうか、奴があの件に噛んでるんだな」


 プレディガーは、国外追放になったというその領主を思い出した。


 (いい手駒だったんだが……)


 「報告は以上になります」

 「わかった。引き続き、王国の監視を続けろ。特に、そのケータという男には要注意だ」

 「かしこまりました。我々『影』の名に懸けて必ずお役に立つ情報をもって来ます」


 そこまで告げると、黒ずくめの人物は現れた時と同じように音もなく消えた。


 (賢者の召喚を失敗させるところまでは上手くいった。だが、代わりに召喚された奴が賢者並の知恵を持っているとすると厄介だな……)


 路地を抜け出し、月明かりの中王城への道を急ぎながらプレディガーは思考を巡らせる。


 (マンサールの奴、失敗しやがって。せっかく王都のすぐ近くに帝国の前線基地を作れる手はずだったのにな)


 「プレディガー様、お疲れ様です!」


 プレディガーが王城の門をくぐろうとした時、控えていた警備兵が直立不動で敬礼した。


 「皇帝陛下に至急ご報告したいことがある。今どちらにいらっしゃるか知ってるか?」

 「はい!陛下でしたら、この時間は私室にいらっしゃると思います」


 警備兵たちに礼を伝えると、プレディガーは皇帝の私室に向かった。

 

 「陛下、失礼致します」


 扉をノックし声を掛けると、


 「ユリアンか。入ってくれ」


 返答と同時に扉が開けられた。


 「それで、報告したいことがあると?」


 ゆったりとソファに腰かけたまま、シレーネ帝国皇帝エーベルハルト・ゲラルト・ファイト・ライストが問いかけた。

 燃えるような赤毛に王冠を被ったエーベルハルトはまだ弱冠20歳。蒼い目は瑞々しい野心に濡れていた。


 「……なるほど、賢者に匹敵するかもしれない存在か」

 

 プレディガーの報告を聞いたエーベルハルトは、腕を組んだままそう呟いた。


 「はい。引き続き影のものを張り付けておきます」

 「そうしてくれ」


 エーベルハルトは、そこで一旦言葉を切ると、


 「ユリアン、私の方からも一つしらせがある」

 「は、何でしょうか?」


 エーベルハルトは薄い笑みを浮かべると、たっぷりと貯めるようにしてこう言った。

 

 「賢者ゲーベルの召喚に成功した」

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