04 『ガストン・マンサール子爵』

 「『回復ヒール』!」


 ティアの手のひらを中心とした緑色の光が少女に触れると、少女の全身にあった擦り傷や切り傷、軽いやけどの跡が徐々に消えていった。


 (初めて見たけど、これが魔法か)


 啓太を世界を超えて召喚するくらいだから、この世界には当然啓太の知らない法則に基づく魔法があるだろうとは思っていた。しかし、実際に目の当たりにするとその効果は目を見張るものがある。


 「こんな所かしらね。言っておくけど、『回復ヒール』で直せるのはあくまでも簡単な傷ややけど跡くらいよ。生命力までは回復できないの」


 ティアは啓太の驚いたような視線に気づき、そう言った。


 「この子は運がいいわ。大した傷を負ってなかったところを見るに、気を失っているうちに襲撃者に見逃されたようね。」

 「崩れた馬車の一番底にいたからな。昼ならいざ知れず、夜なら気付かないだろう」

 

 そう言って啓太は、今は心なしか安らかな表情をしている少女を見た。

 伸びたままに任せている褐色の髪の毛に、少し日に焼けた肌。ぱっと見はティアより少し年上に見える。

 

 「んっ……」


 少女が目を開けた。褐色の瞳をきょろきょろさせて啓太、続いてティアを見ると、


 「あの……」


 状況が理解できていないのか、戸惑ったような顔で口ごもっていしまった。


 「無理にしゃべらなくていい。怖かっただろ?」

 

 啓太の言葉に、少女はようやく状況を理解したのか、目に涙を浮かべはじめた。


 「ひっぐ、ひっぐ」

 「よしよし。もう安心していいわよ」


 ティアがそんな優しい言葉をかけて少女を抱き寄せると、少女の嗚咽は号泣に変わった。


***


 「助けて頂いてありがとうございます。シルヴィと言います。私の家族は、行商を生業としておりました」


 それからしばらく、ティアと啓太が交代で少女を抱きしめ頭を撫で(ティアは『疲れたわ、選手交代』といって途中で啓太に少女を渡した)、ようやく落ち着いた少女はぽつりぽつりと事情を話しはじめた。


 「シルヴィさん、俺は啓太、こっちのメイドが――」


 自己紹介を使用と口を開いた啓太は、そこまで言って口ごもった。ティアは今従者の振りをしている。さすがに本名を言うわけにはいかないから、何か偽名を考えた方がいいだろう。

 そう考えてティアに目で合図を送ると、ティアは大きく頷いてこう言った。


 「私はティアよ」

 

 そういうことじゃない。思わず頭を抱えた啓太を見て、ティアは今更ながら己の失態に気づいたのか、ハッと口を閉じた。


 「ティアさん……?王女様と同じ名前ですね」

 

 やけに鋭いシルヴィの疑問に、ティアは慌てて取り繕った。


 「い、言われてみればそうよね!いやー、まったく気付かなかったわ!でも、私はただのメイドだから!」


 はたから見ると苦しいことこの上ないティアの言い訳だが、


 「そうなんですね、これは失礼しました」


 どうやらシルヴィは納得してくれたようだ。それはそうだろう。こんな田園地帯に、王女様が従者も連れずにいるはずがない。


 「で、何があったのよ」

 「はい、先ほども申し上げましたように、私たちの家族は南の方の街に拠点をおいて、行商をしているんです。今回の旅の目的は、依頼されて南方で仕入れた香辛料を子爵様に売ることでした」

 「代わりに何か買ったのか?」

 「いえ、私たちはそのつもりでしたが、子爵様より今は売るものが無いといわれてしまいました。そのため、王都に寄って何か新しい商品を仕入れるつもりだったのです」

 「なるほどね。それで王都に向かっていたわけね」

 「はい。でもその帰り、あの河原で野営しているところを襲われたんです」


 そこまで言うと、シルヴィの目には再び涙が浮かんだ。


 「襲撃者の顔は見たのか?」

 「いえ……。ちょうど両親が見張りをしていて、私は馬車の中で寝てました。外が騒がしくなったかと思うとあっという間に馬車が壊され、私はそこで気絶してしまったので」

 「なるほど……」


 何か引っかかる気がするが、今は置いておこう。

 啓太はティアを手招きすると、耳元にささやいた。


 「で、どうする?さすがにあんな目にあったシルヴィをここに残しておくことはできないぞ」

 「そうね、少なくとも安全なところまでは連れて行った方がいいんじゃないかしら」


 話は決まった。啓太はティアとのひそひそ話を切り上げると、首をかしげているシルヴィにこう言った。

 

 「シルヴィ、俺たちはこれから子爵の屋敷に向かって用事を済ませ、それから王都に戻ろうと思う。付いてくるか?」

 「いいんですか!?王都まで行けば、何人か頼れる顔なじみもいますし、商業組合に話を聞けばさらわれた両親の情報も集まるかもしれません」

 「それなら話は早いわね!ケータ、さっさとマンサール子爵邸に向かいましょ!」


***


 マンサール子爵邸は、今にも傾きそうな家々が寄り集まったさびれた農村――ミアレ村――を見下ろす、小高い丘の上にあった。


 「村はあんななのに、ここはずいぶん立派だな」

 

 啓太のそんな皮肉に、ティアは肩をすくめて頷いた。立派な塀に囲まれた子爵邸は、王宮ほどではないものの、豪勢な装飾が施された3階建ての屋敷だった。門や屋敷の周りには兵士が配置されており、半分以上は全身鎧を装備している。

 庭の植栽は形がいびつだったり雑草が生えていたりとそこまで手入れが行き届いていないようにも見えるが、それでも周囲とは別世界の様相だ。


 「ほらケータ、はやく行きましょう」


 国王からの紹介状を門番にみせると、約束が無いにもかかわらずすんなり門が開かれた。馬車を馬小屋に止め、シルヴィには御者と待っているように言い聞かせてから(シルヴィは不安がっていたが、)、啓太とティアは邸宅に入った。


 「ようこそ、賢者殿」


 ガストン・フェリクス・コランタン・マンサール子爵は、でっぷりと太った男だった。豪華な椅子に腰かけ、カールした口ひげを指で巻きながら啓太とティアに値踏みするような視線を送る姿は上から目線が透けて見え、第一印象ではあまり好感が持てない。


 「そこの従者と二人だけで来たのですか?」

 「あとは馬車に二人残しています」


 シルヴィの件は後にしようと一旦ぼかした啓太は、指定された椅子に腰かけると(ティアは従者ということになっているので、椅子の横に立っている)、本題を切り出した。


 「先日王宮で行われた会議のことはご存知ですか?」

 「もちろんですとも。まあ、私はしょせん子爵なので参加はしていませんが」

 「会議の結果、賢者として私が呼ばれたことはご存知ですね」


 ガストンは鷹揚に頷いた。


 「担当直入に言いましょう。現在、農業に詳しい人材を集めているのです」

 「農業……ですか」

 「はい。今回の国を挙げての改革を成功させるには、様々な分野に携わる人々の知恵が必要なのです」

 「賢者殿おひとりでは無理だということですか」


 痛い所を突かれた啓太だが、それでも平静を装ってこう切り返した。


 「もちろん私の持つ知恵も大いに役立てましょう。しかし、変革にまず必要なのは課題の洗い出しです。この国の課題が何なのかを一番よく知っているのはこの国の人ではないでしょうか」


 コンサルの世界には7ステップという問題解決のフレームワークがある。課題の設定・課題の分解・解くべき課題の絞り込み・仮説の構築と検証方法の設計・重要分析の実施・打ち手の実行・成果の評価の7つのステップが、問題解決を効果的に進めるための要素である。

 啓太の経験上、正しい課題を理解しなくては、とんちんかんな打ち手をうってしまう。それだけ、課題の洗い出しは重要な作業だ。


 「なるほど、賢者殿の言うことはよくわかりました。ただ、残念ながら私どもでは力になれなさそうです」

 「それはどうしてでしょうか?」

 「ご存知のように当家の領地も財政難です。丘の下の村の様子を見たでしょう。ここ数年あまり麦が取れなかったので、農家は皆何とかして生産量を上げようと働きづめです。それを監督する我々も忙しいのですよ」

 「なるほど、事情は分かりました。それでは、誰でもいいのでミアレ村の方をご紹介いただけないでしょうか?簡単に現状について伺うだけなので、お時間は取らせません」

 「ミアレ村ですか……。皆今は畑に散らばっておりますので、少し執事と確認してきてもよいですか?」

 

 ガストンはそういうと、啓太とティアに部屋で待っているように伝えると、そそくさと出ていった。


 「ティア、どう思う?」

 

 ガストンの足音が聞こえなくなった後、啓太はそばに立っているティアに尋ねると、ティアはとぼけた返答をよこした。

 

 「残念だわ。彼なら協力してくれると思ったのに」

 「そういう意味で聞いたんじゃないぞ」

 「――わかってるわ。何か匂うわね」


 すっとティアの目が細められる。さすがの彼女も、違和感を感じたのだろう。


 「いくら忙しくても、普通は国王からの依頼なら、少しは協力する姿勢を見せるはずよ」

 「そうだよな。子爵様はまるで協力する気がなさそうに見えた」

 「私もそう感じたわ。でもどうしてかしら……?」


 ティアが腕組みして考え始めるのをみて、啓太も目を閉じて思考の渦に身を投げた。


 (シルヴィの話を聞いたときに感じた違和感は何だったんだろう。それに、この屋敷とガストン子爵自体も何か引っかかるんだよな……)


 あと一つ何かパーツが足りない、そんなもどかしさで頭を抱えていると、


 「シルヴィ達に売るものさえ無い程、農作物が取れないってのも大変よね……」


 そんなティアのつぶやきが耳に入ってきた。

 その言葉を聞いた瞬間、啓太の頭の中で、カチリと音がするほど全ての謎がつながった。


 「ティア!それだよ!!!それ!」

 「え!?き、急にどうしたのよ、ケータ」


 啓太は、突然の大声にびっくりしているティアの手を取ると、こう言った。


 「ガストン子爵に一泡ふかせてやろうぜ」


***


 「いやはや申し訳ない。執事と確認したのですが、やはり村人たちもみな忙しくて賢者殿と会う時間はないようです」


 一時間程して戻ってきたガストンは、部屋に入るなり顔に申し訳ない表情を浮かべてそう言った。


 「残念ですが、それでは仕方ないですね」


 そう言って啓太は椅子から立ち上がると、ティアを連れて部屋の出口に向かった。

 啓太はそのままドアノブに手を掛けながらガストンの方を振り返ると、

 

 「ああ、最後に一つだけ質問があります」

 

 と断ってこう言った。


 「それで、あなたの兵士達はどこで我々を始末するつもりですか?」

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