そして、神はようやく気付く。

 私はこの世界が好きだった。

 時折、神託を与え人を助けながら、だけれども必要以上に力を貸さないように生きてきた。




 それも、私の神託だけに甘んじて人々が悩む事をやめないようにだった。人は見ていて面白い。寿命も短いのに必死に生きている姿を見ているのが好きだった。




 この世界の神の一員として、私はこの世界をずっと見守っていたいと望んでいた。


 いつも、世界を見る。

 私の大切な世界を、愛しい子供たち(人々)を見るために。





 神界にある自分の空間の中で、私はのんびりとくつろぐ。目の前に浮かぶのは世界を映し出す幾つもの球体の物体だ。そこにこの世界のあり様が映し出される。






 人々がほほ笑みあいながら凄く様はひどく私の心を満たしてくれる。

 私は人々に慈愛の女神と呼ばれている。

 人の事を思いやり、手を差し伸べてくれる存在だからと人は言うけれどもこの大切な世界の愛しい子供達を思いやるのは当たり前のことなのだ。





 私以外の神々だって愛しい子供達の事を少なからず、愛している。大切に思ってる。





 『お父さんを助けて下さい』

 『今日も平和でありますように』

 『神様が見守ってくれるから――』





 私の神殿に訪れる人たちから様々な声を聞く。

 私に向かって投げかけられる声は、適度に私の元に来るようにしている。







 他の神は面倒だとかいってそこまで聞かないらしいけど、私は愛しい子供たちが私に向かって投げかけてくる言葉を聞くのが好きだった。





 だから私はいつも沢山の声を聞いていた。




 私に向かっての声を聞くのが好きだったのだ。どうしようもなくそれを聞いたら、満たされる気分になったのだ。


 私は下界の一部一部をそれぞれ見て回る。

 私はそうして見て回る中で、一人の人物を発見して目を疑った。



















 ハイエルフである少女が、『悪魔』と共に色々な場所へと旅をしていた。


















 「……どういう事?」





 思わず呟いてしまったのは仕方がない事だと思うのだ。

 本来『悪魔』とはこの世界で悪意を身にまとってしまった魂を浄化させるために生みだされた存在だ。







 悪意に染まり魂の穢れてしまった存在を『落ち人』とさせ、『勇者』に切らせる事でその魂を浄化させるためのもの。






 私の愛し子達が清らかな魂で生まれられるようにするための処置だった。





 ハイエルフは無条件に精霊に最も好かれる種族だ。そんな風に私たち神々が作り出した。その場に居るだけで精霊が寄ってきて、決して『落ち人』になどならないはずの存在。そのはずだ。




 それなのに確かに少女は『落ち人』としてではなく、『悪魔』と共に居る。


 そもそもそれがおかしい。そのハイエルフの少女は狂ったような様子ではない。正気を保ったまま『悪魔』と共にあり、街を行き来しながらもそれに気付かれない。


 それは異様な事だった。


 私達神々は『悪魔』を穢れた感情を好み、人を陥れる害意として生み出した。

 それなのに画面に映し出される『悪魔』はまるで人と変わらぬようにハイエルフの少女と共に旅をしている。




 あのハイエルフの少女と、『悪魔』の男はおかしい。


 ハイエルフと『悪魔』は本来相容れないはずなのに。それにどうしてあの子は狂っていないのだ。


 『悪魔』がどうしてその魂を汚そうとしないのか。まるでそのハイエルフを慈しむように見ているのか。




 「………」





 私は驚愕に口を閉ざしたまま、少女と『悪魔』の魂の記憶を見ようと思った。

 彼らは異常なのだから。どうしてそういう状況になったのか、私は神として知る必要があった。






 その記憶を見た私は思わず、「何て事…」と声を発してしまった。






























 あのハイエルフの少女の魂の記憶。





 この世界での少女の記憶。それは、本来ありえないはずのものだった。

 この世界は異物が入ってこなようにと結界で覆われている。異世界から誰も入ってこないようにだ。神によって管理もされていたはずだ。






 それなのに、少女はこの世界に自分の意志ではなく落ちてきてしまった存在だった。




 魂の記憶をさかのぼれば、少女が元々生きてきた世界はこの世界に呼ばれる『勇者』の出身地――――この世界の上位世界だった。





 落ちてきた少女は言語も通じず、性奴隷として絶望し自殺。

 次の人生で記憶を持ったまま転生し、精霊に嫌われ捨てられる。その後、『悪魔』と契約を果たしていた。



 その契約した『悪魔』は『悪魔』として異質な存在だった。人間をどうも思っていないのが『悪魔』のはずなのに、その『悪魔』は少女を大切に思ってた。





 ただ少女と『悪魔』は人を害する事なく生きていた。穏やかに生きる平穏な日常だった。




 それなのに『勇者』がこの世界に生まれた。

 その『勇者』は少女の前世の妹だった。それを殺せなかった少女は妹に殺される事を受け入れた。『悪魔』と約束をして。




 そして次の人生がハイエルフとしての生だった。




 生まれてすぐ、精霊からの祝福をもらえない事に周りに疎まれていた。幽閉されたハイエルフの、王族の姫。会いに来るのは家族だけの状況で少女は嘆いていた。


 現世では前世の記憶がなかったからか、どうしてなのかと悲しんでいた。いつからか自分を疎むようになった父親と母親。自分の家族が壊れたのが自分が原因だと嘆き悲しんでいた。


 少女の処分が決まり、母親は危険を冒してまで少女を逃した。帰って来ては駄目と告げて、ハイエルフとしてはまだ子供な幼いわが子を生かすために外に出した。





 それから少女は母親との約束のため、必死に生きていた。ハイエルフの証である耳が旅の弊害であったようだ。奴隷として売られそうになったり困難に陥るなかで、少女は魔法が使えない。





 剣をふるい、人を殺めてでも少女は必死に生きていた。





 そんな中で前世で契約していた『悪魔』と出会い、自分が受け入れられない理由を知った。

 それでも少女は抗おうとしていた。『悪魔』と共に旅をしながら、神様に会ったらどうにかなるのではないかと。








 それは一世紀以上続く少女の、この世界での魂の記憶だった。




























 「………イシュに会いにいかなきゃ。そしてこの子達に会わなきゃ」





 私は拳を握ってそういって、立ち上がった。


 これは完全にこの世界の結界の管理を怠ったイシュと、そして気付かなかった私達の落ち度だ。





 世界を神々の中でも私は誰よりも垣間見ていたのに、気付けなかった。今までイシュがこんな失敗を犯した事はなかった。

 だから、勝手に思ってたのだ。外から故意ではなく、事故で誰かが入ってくる事なんてないのだと。






 自分達の力を過信しすぎていたというべきか…、神であろうと万能ではないというのに私たちはそれを長らく忘れていたのだろう。




 「救ってあげなきゃね……」




 私はそう意気込んで、動きだすのであった。












 ―――――そうして、神はようやく気付く。


 (少女にとっては遅すぎたかもしれない。でも神がそれに気付いたのは奇跡にひとしかった)

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