1-3 瑠唯と高貴

 高貴と瑠唯の喧嘩はある程度の場所で終了した。


 双方の合意によって終わったのではなく、テイルの使い過ぎはそもそもの任務に支障がでる。さすがに任務の失敗が自分のテイル粒子不足が原因では、クビだけではなく責任を問われることにもなる。それは2人にとっても、遥かにマイナスな事態なので、牙と盾を収め敵の襲撃に備えることになったのは不自然な流れではなかった。


 もっとも、2人の喧嘩の余波で、雑魚敵はほとんど撤退を余儀なくされる怪我を負わされているため、あながち先ほどの喧嘩は無駄というだけではなかったようだ。


「高貴先輩」


 瑠唯は敵のそんな様子を見て、高貴に提案する。


「もう少し暴れても良かったのでは?」


「お前がさっさとくたばるか、俺にこれからはつつましく先輩の奴隷になりますって宣言すればこんな暴れることはなかったんだよ」


「うわ、趣味悪」


 廃屋の屋根の上で、2人立って迎撃のために待機している。


「で、これ何待ちですかね。なんか敵も撤退しちゃったし」


「さあな。もしかすると、全軍撤退したかもじゃね?」


「それなら僕もとても嬉しいですけどねー。まあ、馬鹿な先輩が言ったことだから、たぶんはずれなんだろうなー」


「てめえ……!」


 高貴が睨むものの瑠唯はそれを華麗に無視する。そして無限に広がっているのではないかと錯覚するような廃街を見渡しながら敵を探す。


 瑠唯はこんな性格だが一応独立魔装部隊の幹部としての意識は多少あるので、任務は果たすつもりではある。


 反逆軍にいるからといっても瑠唯は〈人〉を倒して人間を救おうとか、人間を守るヒーローになろうなどという大きな目標はない。独立魔装部隊を志願して幹部になった理由は2つ。自分だけの特別な武器を手に入れられるから、そして給料がいいから。


 反逆軍の技術を結集して作成した、瑠唯に合う自分だけの実験武器。集団戦の連携技術と継戦能力を求められる通常の実働部隊に対して独立魔装部隊が使うのは、個人戦、つまり1人で強敵や大多数と戦うために調整されたものだ。瑠唯としてはまず自分の生存率を上げるためにその武器が欲しかった。そしてお金もいっぱい欲しかった瑠唯としては、両方が叶うこの職場は自分の望むものがすべて手に入る場所だった。


 儲けたお金はすべて自分の人生をおもしろくするために一杯散財して何か面白いことをしようと考えていた。生存率が高くなるための武を手に入れたのも、その野望を邪魔する敵を排除するために使う予定だったのだ。


 しかし、瑠唯にとってとても予想外だったのは、この独立魔装部隊が、瑠唯にとってとても面白いことばかり起こる変な勤め先だったことだろう。


 自分を嫌いだとして、ことあるごとに『本気で』遊んでくれる先輩。その他狂人2人とそれをまとめる人殺しが大好きな副隊長。そしてヤバイ案件ばかり持ってきて、毎度死にかける思いをさせてくる隊長。


 現状独立魔装部隊は非常に瑠唯にとって、益をもたらす勤め先なので、クビにならないよう最低限の義務くらいは果たそうとは思えているのだ。


「瑠唯、今日はどんなトリック使ったんだよ。どう考えても弾貫通してただろ」


「先輩は万千男先輩と同じ脳筋だから言ってもわかんないと思いますけどー?」


「あの全身筋肉だるまと一緒にすんなボケ」


「しつれーしましたー」


「心が籠ってねえな。許さねえ。このままだと癪だし、絶対暴いてやるからな」


「やめてくださいー、バトルマニアさん。これ、一応見破られたら次のネタ考えるの面倒なんで」


 今瑠唯にバトルマニアと呼ばれた高貴。それは間違いではなく、この危険な任務ばかりの独立魔装部隊にいる理由は、正義の名のもとに熱い戦いができることが好きだからだ。


 高貴は元々別の実働部隊だったところを隊長にスカウトされた経緯でこの独立魔装部隊にいる。


 彼の言い分では、実働部隊は隊員の安全が第一に考えられていて、危険な相手には基本的に挑まずに逃げたり、多人数で1人を確実に殺したりで動く。しかしそれは高貴の性に合わなかったのだ。高貴が望んだ戦いとは、誰かを救うという大義名分のもと敵とバチバチに戦いあう、まるで少年漫画のような熱い戦いだった。


 別に死にたがりというわけではない。しかし、自分の理想を一番叶えられるのが、この独立魔装部隊だったということだ。


「お前に一泡吹かせないと気が済まないんだよな。こうやって後れを取ってばかりだと、どうも気が収まらない」


「なら裸で踊ってればいいじゃないですか。嫌でも自分が狂ってるって気づきますよ。冷静になるいいチャンスですよ?」


「ならお前もやれよ」


「はぁ? 変態ですか? 馬鹿なんですか? そんなのに付き合うって本当に思ってたんですか?」


「殺す」


 自分が楽しむけど命を賭ける気と任務への積極性はほとんどない瑠唯と、やる気と戦いの気が高ぶり命がけのスリルと共に任務を楽しむ高貴。


 2人のモチベーションは決定的に異なっており、2人は初対面から最悪な化学反応を起こして、こうして瑠唯がからかい甲斐のある先輩をからかっては、高貴はその挑発に乗って瑠唯を後輩教育の名のもとに攻撃する。これは様々な任務や日常でいつも見られる光景だ。


「あ」


「なんだよ」


「先輩ストップです。遊ぶのは後ですねー」


「てめえ、俺と遊んでたってのか?」


「前、前。敵さん来てますよー、1人ですね」


「はぁ、早々に片付けててめえを殺す」


「はいはい」


 瑠唯と高貴の2人に近づく人影を発見。


 さすがに2人も敵と遭遇すると、個人的な諍いを一度停止して敵に備える。


「あれ……覚家の〈人〉様じゃないっすか?」


「おお、俺達が当たりみたいだな」


「じゃあ、早速ちょっかいかけますー?」


 2人が見る先に、廃街の道をゆっくりと歩く1人の〈人〉が存在した。2人が言う通りそれは覚家の〈人〉だった。


 今までの〈人〉と思われる雑魚兵とは話が違う。基本的に、領地を任されている家の本家に連なる〈人〉は通常の兵士に比べて格段に強い場合が多い。


 遊び感覚だった心境を一転、武器をしっかりと構え、高貴はその照準を近づいてきている覚家の〈人〉へと向ける。瑠唯もまた高貴と共に相手の攻撃に備える。


 覚家の〈人〉もまた、廃街にいる瑠唯と高貴の姿を捉える。


 そして、何を企んでいるのか、なんと2人に話かけてきたのだ。


「おい、俺が道を歩いているのに、何見てんだ?」


 瑠唯が反応する。


「元々ここにいたんだししょうがないのでは?」


「はぁ……。無礼な人間は塵芥よりも劣るというが、これを見るとつくづくそう思う」


 覚家の〈人〉は不愉快そうな顔を浮かべ、堂々と宣言した。


「〈人〉である俺が通るときは、その場でひざまずくのが当然だろう。そしてなぜ俺が許していないのに俺へと返答している。道具以下が勝手に口を開くな、俺にその聞くだけで魂が穢れる声を聞かせるな」


「うわー」


 相手を不愉快にさせる悪口を言うのが得意な瑠唯でもドン引きした、完璧な差別発言。


「これは、先輩より嫌いだわ。先輩、相手こっち見て止まってますし、もうやったれ」


「やったれって、俺は先輩だぞ!」


 高貴は、先ほどまで瑠唯を追い詰めるために使っていた銃を、今度は目の前の〈人〉を殺すためにそのトリガーを引いた。


 数多くの光弾が、覚家の〈人〉へと向かって行く。


 一直線に飛んでいくものもあれば、銃の特性付与によって、飛翔軌道を変える弾丸もあり、覚家の〈人〉を囲み、空間的に全方向からの光弾包囲による同時不可避攻撃を実現させた。高貴があえて相手に姿を見せていたのは、射撃の方向を相手に印象付けて、意表を突くためだ。銃の光弾による包囲攻撃は反逆軍でも高貴と他数名しかできない高度なテクニックだ。


 さらに高貴が使っている銃は、実働部隊が使うものよりも威力が3倍ほどある。その分コストが3倍なので使っていればいずれは体内のテイル粒子が尽きてしまう。


 1発1発が並みのテイル耐性のシールドを一撃で貫通する攻撃。その包囲攻撃となれば防ぐことは難しい。この包囲攻撃が〈人〉を確実に殺すために編み出された奥義の1つだ。


「あり?」


「せんぱーい、全く傷が入ってません」


 覚家の男は自分を書こう用に紅い炎のバリアを纏い、難なくその攻撃を防いで見せる。


「せんじゃなくてお前も手つだえよ」


「僕パワータイプじゃないので、たぶん手伝い無駄だと思うけどなー」


 渋々武器を出す瑠唯。


 しかし、瑠唯の攻撃が始まる前に、覚家の〈人〉である男は宣言する。


「どんな攻撃が来るかと楽しみにしていたがこの程度か。失望した」


「ならどうなるんすか?」


 瑠唯が尋ねると、敵は言う。


「もう死ね、反逆軍なる不敬極まる汚物は見るに堪えん」


 次の瞬間。


(あ……なんでだ?)


(せんぱい……、これ)


 瑠唯と高貴はまるで何かに生気を吸われたかのように、体に力が入らなくなってしまった。


 覚家の〈人〉から、赤い炎によって模られた三日月が飛来する。


 高貴は防ごうとしたものの、もはや体が動かない。


 三日月は、瑠唯と高貴の腹と頭を真っ二つに引き裂いた。


「……この程度か。本当に見るに堪えんな」


 覚家の戦闘隊長を誇るその男は、要塞を陥落せしめたという心躍る知らせを受けてここに来たが、敵のあまりの弱さに、失望を通り越して怒りを沸き上がらせる。


 そして要塞へと再び歩き出した。





 その一部始終を見ていた者がいた。覚家の〈人〉が通り過ぎた後、廃街の建物の中から姿を現す。


 その人数は2人。


 先ほど綺麗に切断された人型の何かを見物する。


「うわー、見てくださいよ。真っ二つじゃないですか」


「……てか、あの生気が抜けた感覚、どうやってやられたのかマジで判別つかなかったぞ」


 それは先ほど体を引き裂かれたはずの瑠唯と高貴だった。


「暇なうちに〈ドール〉を使っておいて正解でしたねー。これで任務終わったら先輩僕におごりで」


 〈ドール〉とは、瑠唯が使う専用の武器の1つ。否、道具と言った方がこの場合はいいだろう。自分や、他の人間と見た目が全く同じな人形をテイルによって作り出して、その人形を瑠唯や瑠唯が許可した者が操作することができる。〈ドール〉の機能は作成の際に参考にした人間と同じものとなり、〈ドール〉がテイル粒子を使う場合、操作者が代用する。さらに感覚は〈ドール〉と共有することもできれば、共有しないこともできる。


 先ほど覚家の〈人〉に斬られたのはこの〈ドール〉であり、本物は無事に先ほどの攻撃を安全なところから研究していたのだ。


「感覚の共有の気持ち悪い感じになったな」


「だから僕は共有切ろうって言ったじゃないですか」


「だけど、あの脱力感は共有していないと分からないだろ。おかげで奴が何かしらの方法で、敵の動きを止める手段があることが分かったんだ」


「でも、原因は分かってないんですよね?」


 高貴は瑠唯の頭をはたく。実際高貴は今、初見でいどんでたらやられていた事実、そして瑠唯の思い通りになっている事実に苛々を募らせていたのだった。つい手が出てしまったでも体罰は体罰だが、残念ながら独立魔装部隊では、愛のムチという扱いになり、体罰などない素敵な職場ということになっている。


「いたーい! 暴力はんたーい」


「うるせえ、減らず口をたたく暇があったら、〈ドール〉の記録映像見るぞ。原因を探らないと、他の連中が危ない」


「それはそうっすね。速めに」


 ドールの映像を開き、いよいよ覚家の〈人〉が使った、相手を無力化する手段を探っていこうとした。


 その時。


 遠くで大きな爆発音がした。


 瑠唯が何事かと見に行くと。


 なんと、要塞が完全に破壊された大爆発の音であることが判明した。


「……あー。隊長死んじゃったかな……?」


 少し心配になる瑠唯。


「あれくらいで死ぬかよ」


 一方、隊長がお昼寝をしている要塞まるごと爆破された割には、高貴はとても冷静だった。


「そういえば、僕って、隊長が戦ってるところ、見たことないんですよねー」


「この前の八十葉家の内乱の時は俺ら留守番だったもんな。なら、せっかくだし見るか? 結構貴重な映像だぞ? 近づいたら巻き込まれるかもだけど」


 瑠唯は、興味ありげに頷く。


「いいですねー先輩。じゃあ、行きましょう!」


「おう」


 先ほど喧嘩をして、そして一緒に負けて殺された割には、この時の2人は息ぴったりだった。


 なんだかんだ言って、瑠唯と高貴はある程度仲良しだったりする。

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