Section12『潮の風に吹かれて』~時系列『現在』~

 目を覚ますとミラはVTOLの機内で揺られていた。

 傍らにはカイルが突っ伏したまま気絶している。


「気がついたかね? ミラ・クラーク嬢」


 傍に来た巨体が言う。


「どこよ、ここ」ミラが尋ねた。


「我々、ヴィック・バンが保有するVTOL機の中だ。私はこういうハイテクは嫌いだがね」


 バーンズがニヤニヤ笑いながらミラの隣に座る。


「あたしをどうする気?」


 バーンズはすぐには答えずに手にしたセイコー製の時計を見た。珍しい秒針式だった。


「……MKウルトラ計画の事は知っているかね?」


「あ?」ミラが怪訝に聞く。


「CIAが過去に行った洗脳実験だ。対象に薬物を投与し、いたぶって精神を砕かせる実験だ。今でこそ人間兵器ヒューマノイドの造り方は多く流通しているが、二〇二〇年代の人間兵器はその計画の延長線上の実験の産物だったよ」


 バーンズがスキットルを取り出し酒を呷る。そしてミラを見た。


「クラークの娘といったな? 彼女について色々知りたいことがあるんだ」


「なんでそんなに母さんに執着しているの?」喧嘩腰の口調を崩さずにミラが言う。


「……恥ずかしい話だが、彼女、アンジェリカは私にずっと恋い焦がれていたみたいでね。……いや、回りくどい言い方はよそう。単刀直入に言う。君に精子を提供した父親は誰だ?」


「……ひょっとしておじさん?」


「……まぁこれは確定事項ではないがね。私も自分のDNAを無断で使われたことには憤っている」


 そう言うとバーンズはスキットルを再び口に運ぶ。


「……それで、どうする気なの?」ミラが再び聞いた。


「私は自分の子供が無断で造られている事実に激怒している。こう見えて、もな。だからどうしたものか、と考えているんだ。ただここで君を殺すと自分が殺されたみたいでなんとも気持ちが悪い。よって――」


 溜めて、またスキットルをひと呷り。


「君にはヴィック・バン側の人間兵器ヒューマノイドとして働いてもらおう」


 それを聞いた途端、ミラは頭が真っ白になった。


 両手をぐいぐいと動かせるが、バンドで縛られていることに気がつく。


「そう暴れるな。苦痛など一瞬だ。それを乗り越えれば皆、人知を超えた存在となるのだよ」


 バーンズがせせら笑い、スキットルの残りをミラが先刻受けた銃槍にぶっかけた。


 酸がかけられたような傷口の痛みに思わず涙がにじむ。


「……心配はご無用だ。カイルくんはそうはさせない。彼は私のお気に入りだからな」


 傍らのカイルを見やった後、バーンズは立った。


 そしてミラを一瞥する。底なし沼のような暗い目で。


「せいぜい、もがき苦しみたまえ」


 ミラははじめてこの男に恐怖を感じた。



 エルシュ島とは打って変わり、快晴の空の下でVTOLが潮風に吹かれて飛んでいる。

 向かう先には厚い雲とのどかな町並みが並んでいた。


 ロシア。テロ勢力『ヴィック・バン』の加盟国だ。

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