第23話 落胆

「……」


 儲けは無し。そして、一人が意識不明の重体。

 ローゼリカの表情は暗く、俯いているのでいつもより小さく見えた。


「クーリャなら治せるだろう? 診てもらおう」

「……」


 無言で頷き、ローゼリカはアランを抱き抱え直した。

 昔から彼女は力持ちだった。大人でも持てないような荷物を背負い、いつも驚かれていた。


 大の男を小柄な少女が背負って歩くのは、異質な光景だった。

 救児院への道を歩く中、多くの人とすれ違った。

 下手をしたら通報されそうなほどひどい格好だった。こういう光景は、まれに見かけるが、見るたびに胃が痛くなる。

 今は、自分たちがそうだった。


 子供たちは学校に行っているので、救児院は静かだった。鍵を使って裏口から入るのは、いつものことだった。


「クーリャ、帰ったけど……」

 

 院長室の扉の前で、ローゼリカは弱々しげに呟く。


 普段なら、院長室で事務仕事をしているか、診療所として開放されたここで、怪我人病人の相手をしている。

 今日はその日ではなく、したがって今は仕事中なのだと思われた、が。

 返事はなかった。

 本当に誰もいないようだ。物音一つしない。


「いないか……」


 ノブを捻ると、あっさりと開いた。

 中はいつも通り。机には様々な手紙や書類が積み上げられている。


 机の上を漁ると、置き手紙があった。


「組合呼ばれた 夜には帰る」


 急いで書いたのか、インク染みがポツポツと文字の端にあった。


「組合に呼ばれたってさ」

「院長先生の件だな……」


 アランを背負ったままにしておくわけにはいかず、ひとまず空き部屋のベッドソファに転がしておいた。


「もう、疲れた」


 ローゼリカは上着を脱ぎ、靴下も脱いでしまって完全に部屋で寛ぐ格好になっていた。ヤルキンはというと、似たようなものだ。


「私っていつもそうだ。誰かに助けてもらわないと、何もできない。まともに会話できない。怒りっぽくて、協調性がない。魔物相手に十分に立ち回れないし、みんなのお荷物だ」

「……ロゼはまだ、これから成長するんだよ」

「……だといいけど。仲間にアテがあるって言っておいて、結局無理だったし……私は、どの職にも向いていないんだ」


 大きな目は今にもこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれている。

 少し不謹慎だが、懐かしいと思った。

 大昔、こんな顔をして痛いのを堪えていたことがあった。


「……一生無職だ。笑えないな」


 ローゼリカはそういうと、自室に入ってしまった。


 どうすればいいのだろう。自分にはもう、どうすることもできない。


 

 クーゼリア・モレスンが組合の管理室に呼ばれ、個室に閉じ込められたからすでに一時間が経過した。

 目の前には組合の調査員二人がいて、座っている椅子は柔らかく、出された茶は一級品だった。

 部屋の中には甘い香草を焚いたような匂いが充満していて、医術に聡いクーゼリアは、それが幻覚・幻聴などの症状を取り除く効果のあるものだと気づいていた。


「ご協力感謝する。クーゼリア女史」

「……やるなら手短にどうぞ」


 以前、救児院に押しかけて捜索を行ったユウゼンというのと、もう一人似たような出立の男がいた。


 術式によって、この部屋の会話は全て記録されている。らしい。

 下手に嘘をついても、意味がない。というか、する意味がない。

 

 小説の読みすぎか、と頭を抱える。


「さて、今回呼んだのはお察しの通り、ベルベネット・ネムに関することなんだが……」

「もう何も言うことはないですよ。私たちだって何も知らされていないのだから」

「いや、その話じゃないんだ」


 ユウゼンは、傍らの男に目配せをする。

 瞬間、部屋の中の魔力が弱まった気がした。


「……代表者が犯罪者である、そんな施設を、組合としては支援するわけにはいかないんだ」


 今まで、必要最低限の暮らしができていたのは、何も探索者の稼ぎだけではない。組合からの援助あってだ。

 クーゼリアが恐れていたのは、これだった。


「……私が、次の院長になります。なので、これまで通り……お願いします」

「そうしてやりたいのは山々だが、流石にこれは、な……」


 書類の束の中から、ユウゼンは一枚の紙を取り出す。


「君は、医術士免許を持っているだろう。それに、医術士学校を主席で卒業したーーその資格を使わないと、腐らせているのと同じだ……悪いことは言わない。もう子供の面倒をみるのはやめて、自分の腕を磨け」

「……でも、子供たちは」

「引き取りさきは、精霊教会だ。何、悪いところではないさ。向こうでなら金の心配もいらない。ただ、信仰の自由はないかもしれんが……まぁ、学校もきちんと卒業させてもらえるだろう」

「確かに、今の私たちの状況は苦しいですけど……頑張れば!」


 大事な居場所だった。ずっと帰るべき家がある。それがどれだけ、心の支えになったか。

 ユウゼンはそれを見て、悲しそうに首を横に振った。


「今回は、それを言おうと思ったんだ。裁判でも有罪で、おそらく懲役刑か追放刑だろうな。弁護人は用意できるが、どうする?」


 クーゼリアは、何も言えなかった。無言でうなずくことだけが、残された気力で

行える唯一の行為だった。


「……今回は、これだけだ。飛燕、送ってやれ」

「はいはいっと……クーゼリアさん、出口までお送りします」


 部屋から出ると、飛燕と呼ばれた長身の男が小声で教えてくれた。


「ユウゼンの旦那、あれでもすごい心配してたんで、救児院、どうにかなるといいっすね」


 その体格に、少し前の出来事が思い浮かぶ。


「……夜中に院長先生のこと知らせたのは、貴方ですか?」

「ははっ、なんのことだか」


 とぼけたように誤魔化す姿を見て、クーゼリアはどうでも良くなった。

 

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