携帯貸してよ

 車の音が後ろから近づいてくる。期待して振り返った僕の横を無情に通り過ぎたタクシーには、また客が乗っていた。

 やっぱり駅で待っていればよかったかな。

 いつもの終電に間に合わなかったせいで、最寄駅の三つ手前で電車は止まった。駅前ロータリーにはタクシー待ちの人が十数人。でも並んで待って10分で二台。この人数考えたらいつ乗れるかわからないタクシーよりも、ひょっとしたら歩けるかなって思ったんだ……三駅分。

 一駅歩いた時点ではゆとりがあった。でも……前に車で通った時はあまり気にしなかったけど、けっこうな坂道じゃないか。


 甘い見通しの自分を呪いながらなんとか登りきったところの交差点で、僕以外の徒歩の人発見。しかも女の子……制服っぽいし高校生? こんな遅くに出歩くの許すなんてどんな親だろ。

 僕の方が歩く速度が早いのか、だんだん距離が詰まってゆく。

 夜道で女の人の後ろ歩くのって嫌だよね。あとつけてるって思われたくないし。早く追い抜いちゃいたいななんて考えてたら、女の子はしゃがんだ。ほんの数メートル先。

 あ。そこに花束が置かれている。もしかしてここって……その瞬間また後ろから車の音。

 今度こそと振り返ってみたが……あれれ。車は居ない……幻聴?

 ちょっとぼんやり立ち尽くしてしまっていたからだろうか。


「携帯貸してよ」


 耳元で聞こえたその声に反射的に「あ、はい」と答えてしまった。

 そして響く携帯カメラのシャッター音……え、あれ? ちょっと待って。携帯、胸ポケットだったよな。

 慌てて取り出した携帯画面には「保存しました」のメッセージ。マジかよ。振り返ったそこには女の子は居ない。うわー。無理無理。遭っちゃったの?

 問題は画像だよ。絶対心霊写真だよな。見たらヤバいんじゃないか。でも消したりしたら呪われないかな。


「あの、もしもし?」


「うわああぁぁぁぁ!」


 恥ずかしいほどの叫び声をあげてしまった。

 僕を呼び止めたのは巡回中だろうか二人組のお巡りさん。苦笑いを浮かべながら事情を尋ねる二人に僕は全てを話してみた。

 そして三人で一緒にその画像を見てみることに。 


 あれ。撮影日時が……数日前?

 そんな不自然さを検討する間もなくお巡りさんにうながされて開いた画像には、一台の車が写っていた。しかも、制服の女の子が乗った自転車を轢く瞬間の。

 ナンバープレートもくっきり写っている。


「この日付、死亡推定時刻と一致しませんか?」


 二人は何やら話し込み、僕は駆け付けてきたパトカーに乗ることになった。




 後日、ひき逃げ犯が逮捕されたと聞いた。警察が家を訪ねただけで全てを自供したとのこと。

 あの画像はいつの間にか消えていたけれど、代わりに留守電が入っていたんだ。あの時の声で。


「ありがとう。今度お礼に行くね」


 って。

 ……お礼って言われても……考えたくないよ。

 僕は携帯を変えた。これで大丈夫……だよね?




<終>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る