オリエンテーションの次の日。早速講義が始まった。

 実習は来週火曜日にあるので、水曜日である今日は、講義ばかりだった。

 正直言って眠たくなりそう。


 大学生活って、もっとらくそうかなと思ったが、医療系は全然違う。特に看護学科は。

 看護学科の時間割りは、1から4限目まできっちり埋っている。一コマ90分授業なので、4限目を終える頃には、夕方になっているのだ。

 むぅ………なんか違う。前世で聞いた、他の学部に通う先輩は、「楽になるから、受験勉強頑張れ」と言ってたけど、看護は受験時代よりも大変。


 サボるという手もあるが、看護の授業はほぼ必須。逃してしまえば、その時の授業内容は、クラスの子に教えてもらわない限り、知らないまま。オリエンテーションの時に、テストは授業内容からも出題すると言っていたので、休むなど言語道断なのである。


 看護、鬼畜。なめてたかも。

 そんな中、疲れた様子もなく、1週間を過ごしていた人がいた。ショアさんである。


 彼女はすがすがしい姿で、居眠りすることなく授業を受けていた。小テストも満点。

 なんなんだ、この人。

 そして、迎えた実習の日。1年生はナース服に着替え、実習室に集まっていた。


 「3人1グループになって、1つのベッドを使ってもらいます」


 3人1グループ。出席番号順で分けられるのではなく、シャッフルでグループを作るようだ。あとの2人は誰になるんだろう??

 私は実習室の黒板に張り出された表を見る。8番ベッドの所に私の名前があった。

 あとの2人は……………………え??


 私の名前の下には、サーニャ・フリッドと書かれていた。確か、赤茶色の髪の子だったような。オリエンテーションの時にちらりと顔を見た気がする。

 そして、もう1人の名前がフロレンティア・ショア。私、ショアさんと一緒のグループなの??


 先生が自分の担当のベッドに集まるよう、指示してきたので、私は8番ベッドの所に向かった。そこにはすでに、黒髪ロングのショアさんとフリッドさんがいた。ショアさんは相変わらず私に冷たい目を向けてくる。

 うーん。なんかこのグループ、心配だな。

 3人集合すると、フリッドさんが名乗ってきた。私も習って、挨拶をする。


 「……サーニャ・フリッドです。よろしくお願いします」

 「ルナメア・バーンです。よろしくお願いします」

 「私はフロレンティア・ショア。よろしく」


 それぞれが軽い自己紹介をすると、先生が今日の授業内容について、説明し始めた。

 今日は看護の基本となるベッドメーキング。

 事前にどうやって行うかは、各自で調べ、ノートにまとめるよう言われていた。そのまとめたノートは今、手に持っている。


 「今日は2人で行ってもらいますが、中間テストの時には1人で行ってもらいます。今日はしっかり覚え、今後練習してください」


 先生がそう言うと、各グループでの活動となった。

 先に勉強してきたとはいえ、ちょっと自信ないな。

 すると、恐る恐るフリッドさんが尋ねてくる。


 「誰からしますか…………??」

 「私からするわ。フリッドさん、一緒にやってもらえないかしら」

 「…………はい」


 すぐに名乗りでたのはショアさん。ちらりと覗くと彼女のノートには、たくさんのメモがされてあった。

 ショアさんは、オーバーテーブルにそのノートを置くと、ベッドメーキングを始めた。


 下シーツ、防水シート、中シーツ、上シーツと順にメーキングをしていく。フリッドさんは少し戸惑っているときがあったけど、ショアさんには迷いがなかった。他のグループはかなり時間がかかっていたようだったけれど、ショアさんたちは20分くらいで済ませてしまった。

 さすが首席。


 「次、私とバーンさんでやりましょ」


 ショアさんは、素っ気なく私を誘ってきた。

 さっきから思っているけど、私に対して冷たいような気がする。まぁ、いっか。

 ショアさんはベッドの右側、私は左側に立ち、ベッドメーキングを始めた。

 下シーツを広げ、マットの下に入れ込もうとした時、


 「ちょっと、雑にしないで」


 とショアさんが言ってきた。


 「雑になんてしてないわ」

 「いいえ、雑だわ。ここ見なさいよ」


 そう言って、彼女がさす部分を見る。そこには、ちょっとだけしわができていた。


 「あなた、分かってる?? メーキングに置いて、しわは禁物よ。ちょっとであってもね。褥瘡の原因になるから。実際に患者さんがいたら、誤魔化しでは済まないわ。褥瘡から、別の感染症にかかることだってあるのだから」


 と厳しい口調で言われた。彼女は「令嬢だがなんだか知らないけど、事前課題ちゃんとしてきなさいよ」と付け足してくる。見ていたフリッドさんは、口をあわあわとさせ、慌てていた。私は何も言えず、シーツを持っているだけ。


 「看護で行うことには、いつだって根拠があるの。それを調べていないだなんて」


 言い方はきついけど、ショアさんの言う通りだわ。私、大きなしわを作らなければいいっていう甘い考えがあったから。

 すると、生徒の様子を見ていた先生が、声を掛けてきた。


 「ショアさん、協力よ。協力」

 「先生、協力以前の問題です。事前課題をしっかりしないなど、言語道断ですよ」

 「そういう人がいたとしても、フォローするの。医療はチームだから」

 

 微笑む先生がそう言うと、ショアさんは大人しく「はい」と返事。そして、冷め切った目で私の方を見てきた。


 「私は庶民出身だけど、やっぱり貴族の人は嫌いだわ」


 ショアさんが小さくそう呟いたのを、私は聞き逃せなかった。

 

 

 

 ★★★★★★★★




 午前中の実習を終えた昼休み。

 ナース服から私服に着替えた私は、医学部内にある附属図書館に向かっていた。

 実習ってこんなに疲れるんだ。


 あの後も、ショアさんはずっと冷たい態度だった。

 昼食は、ベルガーさんから誘われていたが、借りていた本を返さないといけなかったし、そこまで食欲もなかったので、断った。


 「ルナメア??」


 私の名を呼ぶ声が聞こえた。その声は安心感のある、あの人の声だった。


 「お兄様??」


 俯き歩いていた私は、顔を上げると、前にお兄様がいた。あと、隣にもう1人。


 「ヴェス殿下っ!?」

 「どうもこんにちは、ルナメアさん。久しぶりだね」

 「こ、こんにちは」


 ヴェス王子は、優しい微笑みを見せる。柔らかな風が彼の黒髪をなびかせていた。

 きれい…………絶世の美少年だわ。

 美しい王子を前に見とれていると、ノエルの声が聞こえてきた。


 「おーい、ルナメア」

 「はひっ!!」

 「はひ??」


 ノエルは私の奇声に首を傾げる。

 こほん。

 私は気を取り直して咳払いをし、「それで何でしょう、お兄様??」とノエルに話を促す。


 「ああ。さっき落ち込んでいたようだったが、どうした?? 何か困ったことでもあったのか??」

 「それは…………」


 だんまりすると、ヴェス王子が顔を覗かせてきた。ち、近い。


 「これから、僕たちも昼食だし、その様子だとルナメアさんも食べていないでしょ??」

 「あ、はい」


 ショアさんに怒られて、あまり食べる気分にはなれなかった。


 「なら、これから食堂でご飯を食べながら、話さないかい??」

 「ルナメアが食べていないのなら、いいかもな」


 ノエルもヴェス王子の提案にうんうんと頷く。

 ちょっと………王子とご飯って。しかも食堂。変に人目を浴びそうだわ。


 「わ、私、ほ、本を返しに行かないといけなくて…………」

 「ここで待ってるよ、ね?? ノエル」

 「ああ、当然だ」


 ノエルは腕を組み、縦に首を振る。

 王子を待たせるって…………ノエルは待つ気満々だし。


 「………分かりました。すぐに返してきます」


 そうなると、王子を長い時間待たせるわけにはいかない。さっさと本を返却してこないと。

 私は急いで駆けて、図書館の中に入っていった。

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