第14話 アメリカ流の乾杯!

   1


 地獄の門は地下に安置されているとヘンリーは話した。そのため二人は古い建物から地下へと降りる。

「まぁ少々、遠回りですが、ここからなら邪魔もなくいけるでしょう」

 そう言って降りた先は下水道。ランタンを片手に進む。

「よくこんな道を知ってるな」

「言っていませんでしたが、協力者はカーター教授以外にも大勢いるんですよ」

 確かにここはヘンリーのホームだ。悪魔と戦いには、少なからず協力者が必要だ。ヘンリー曰く、その一人に下水の地図を手配してもらったのだという。当初の計画通り進んでいれば、カーター教授とこの下水を進み、門の所までたどり着くはずだった。

 ルーヴィックは脂汗を拭い、ふらつく頭を振ると、ヘンリーに渡された薬瓶から錠剤を一つ取り出して飲んだ。平気な顔をしているが、相当辛(つら)かった。

「大丈夫ですか? もう生きてるか死んでるか分からない顔色ですよ」

「心配してくれんなら、持ってくれてもいいんじゃないか?」

 ルーヴィックは背中に背負った大きな荷物に視線を向ける。

「残念ながら、私は育ちがいいので、そのような重い物を持てません」

「くそ、この薬はホントに効くんだろうな?」

「えぇ、ちゃんと鎮痛薬です・・・・・・まぁ、馬用ですけど」

「なに?」と言いかけたところで、ヘンリーは片手を挙げ遮る。前方に光が見えたからだ。ヘンリーは、自身の持つランタンの火を消すと周囲は一気に暗闇になる。前にほのかに光る明かりは、恐らくランタンなのだろう、ゆらゆら動いている。

「こんな所に人が来るとは思えないのですが」

「お前の協力者ってわけじゃねぇんだよな」

 二人は声を押し殺す。ランタンを使うということは悪魔ではないだろう。それに硫黄の臭いもしない(下水でだいぶ鼻がやられているので自信はない)。

 二人が近づくと男女の言い争う声が聞こえてくる。そっと角を曲がり、ようやく光の持ち主を確認できる。若い男女の会話を要約すると、地上に上がるか、このまま進むかを言い争っているようだ。

 暗いため見えにくいが、男の方はそこまで大きいわけではないが、良く引き締まった体つき。作業現場で見られる大槌(ハンマー)が持っている。そして女の方は、小柄で腰ほどまで長い髪、よく見なければ分からないが地味なシスター服を着ている。

「お二人さん、何してるんですか?」

 ルーヴィックがどうしようか考えているうちに、ヘンリーが角から身を出して気軽に話しかけていた。話しかけられた二人は、いきなりのことに驚き、声も出さずに固まっている。人間、本当に驚いたらこんなもんだ。ルーヴィックも角から出て、二人を観察する。すると一人は見覚えがある。ユリアだった。

 向こうもこちらに気付き「ブルーさん」と驚きの癒えぬ状態で言う。一方、ヘンリーと男の方も知り合いだったらしく「レイ君、無事だったんですね」とか「ヘンリーさんだったんですね。驚かさないでください」などを話す、どうやら、この青年がカーター教授の息子、レイ・カーターのようだ。

「ブルーさん、無事だったようでホントによかった」

「まぁ、無事ではないけどな」

 安堵の笑みを浮かべるユリアに、軽く笑ってみせる。

「教会が焼けたと聞いたので、あなたもやられたとばかり」

 ヘンリーの言葉に、レイとユリアが教会での出来事を話す。

鍵は奪われたが、事前に鍵と指輪を分けようと判断したアントニー神父が、偽物の指輪を用意し、本物をユリアに託してレイとともに逃がしていた・・・・・・。

「ちょっと待てください」「ちょっと待て」

 ヘンリーとルーヴィックは同時に話を遮った。

「あなたは、指輪を事前に持って、逃げていたんですか?」

「じゃぁ、奴らが持ってる指輪は偽物?」

 コクリと首肯するユリア。それを見た二人は同時にガッツポーズした(ヘンリーとしては珍しいが)。

「では、奴らはまだ門を開けられないと言うことですね」

「で、本物はどこか安全な場所に隠してあるんだよな」

 だが、ユリアがストアに包まれた指輪をポケットから取り出すのを見て、「あぁー」と振り上げていたガッツポーズを同時に力なく下ろした。。

「どうしてあなた、そんな大事な物を持って、こんな所にいるのですか?」

 肩を落とすヘンリー。答えたのはレイだった。

「親父の手帳に鍵と指輪があれば、門を消せるとあった。俺にはできないけど、ユリアならできるって言うんだ。だから、悪魔達が門を開く前に、鍵を奪って、ユリアに門を消してもらおうと」

 言葉で言うほど簡単なものではない。悪魔達も指輪が偽物と分かれば、奪いに来るだろう。それを掻い潜り、相手から鍵を奪わなければならない。話すレイもそれは分かっているのだろう。アントニー神父ですら殺されたのだ。失敗する可能性の方が高い。だが、彼らも知っている。今やらねば、もう後がないということに。

「で? そのハンマーで戦うってのか?」

「武器になりそうなのが、これぐらいしかなかったんで・・・・・・」

 ルーヴィックの青白い顔にギョッとしながらも、レイは答える。なんの細工もしてない道具で悪魔達と渡り合うのは自殺行為だ。

 ルーヴィックは再度、レイの姿を観察してため息を吐くと、腰の道具箱から少し取り出してポケットに入れ、道具箱を取り外して彼に渡す。始めは理解できてなかったが、ゆっくりそれを受け取った。

「相手は複数だ。人手は多い方がいい。だが、足手まといはごめんだ」

 彼はレイに、中の道具を一通り説明する。道具箱自体にも祈りの言葉を刻んであるので、多少だが悪魔の攻撃への耐性のある代物だ。

 説明が終わりレイにお礼を言われて戻ると、ヘンリーがニヤニヤして見ていた。

「そんな余裕は、あなたにはないでしょうが。全く優しいんですねー」

 ツンと口元を尖らせて言うヘンリーに、笑ってナックルナイフを握りながら「早く案内しろよ」と答えるルーヴィック。慌てて道案内に戻った。


   2


 下水を進むと、造りの違う場所へ出る。明かりのなかった下水と違い、所々に明かりがともされ、石の組み方もしっかりとしたもの。どこか神聖さを感じさせる空気が流れるが、似つかわしくない臭いもする。硫黄の臭いだ。

 そして臭いが強くなると共に、そこここに炭化した物が転がる。それが人だった物だと気付いて、ユリアとレイは息を飲む。この場所を守護していた者たちだろう。

 さらに奥へと進むと、怒鳴り声が聞こえる。四人は物陰に隠れて様子をうかがうと、開けた空間の中心に巨大な彫刻が鎮座する。黒曜石で作られたような黒光りするそれは、細やかな装飾があるものの、一見して「デカい石板」とルーヴィックは思った。だが、その石板こそ地獄の門だろう。門の前には、三人の男と女性が一人立っていた。男には見覚えがある。スキンヘッドに蜘蛛のタトゥをするメーメンと、若い悪魔のレオゼルだ(なぜか左腕がないが)。黒いコートを着たもう一人は見たことがないが、おそらく悪魔だろう。そしてルーヴィックを襲いに来た四体のどれかだ。

 一体の姿が見えないが、この状況で姿を隠しているとは考えにくいので、アントニー神父が送り返したのだろうと、判断した。

 そして一番、門のそばに立つ女。純金でできたような長いブロンドに、首回りが大きく空いたドレスを着た美しい女が、今回裏で糸を引いた天使だろう。指輪を嵌め、その手にはキューブが握られていた。

「あの美人さんは誰?」

 声は小さいが、素っ頓狂な声をユリアが上げる。

「あの野郎が、今回、裏で糸を引いてやがった裏切り者の天使だろうな」

「天使? 天使が敵にいるんですか?」

「まぁ、天使にもいろいろいるんでしょうねぇ」

 驚くレイに、ヘンリーは冷静に答える。

 すでに指輪が偽物だと気付き、悪魔達は猛り狂っている。

「おい、俺が合図をするから、その時に距離を詰めて鍵を回収しろ。悪魔どもが追いかけてくるだろうから、とりあえず全力で逃げろ。天使は何とかしてやる」

 ルーヴィックは他の三人に呟くと移動する。

「合図って?」

「アメリカ流の乾杯って奴ですかね」

 レイの疑問にヘンリーは呟く。

「まぁ、粗暴な人ですから、盛大に始めるんでしょう」

 ヘンリー達がまだ何やら話していたが、ルーヴィックは構わず階段を上がり、先ほどいたところの真上に来た。門がある開けた空間は吹き抜けになっており、各階が円上に通路になっている。これほど深い地下なのに暗さをあまり感じないのは、光を効率的に反射させる構造なのか、それとも天使がいるからなのか。

 ルーヴィックは荷物を下ろして用意を整える。そして呼吸を整え、それを縁に固定して叫ぶ。

「イギリスの悪魔(ジョンブル)ども、女王陛下に乾杯!」

 悪魔達が振り向き何かする前に、ルーヴィックは目一杯ハンドルを回す。

 それは手回しのガトリングガンだった。ヘンリーが部屋のカーテンを引いたとき、そこにあった大量の武器の中の一つだ。既製の物に比べて小ぶりで、ヘンリーが手を加えた物らしい。が、死ぬほど重い。

 回し続けることで降り注ぐ弾丸の雨。悪魔や天使でも躱しきれる量ではなく、その肉体に数多くの弾丸を受ける。残念ながら弾丸には特別な細工をしていない。だからできる限りの祈りは加えたが、力は弱い。吐き出される大量の空薬莢の焦げたような臭い、降り注ぐ攻撃の音と悪魔達の叫び。大理石の床がえぐれ、周囲を白く染める。

 全ての弾丸を吐き出して銃口から白煙を上げるガトリングガンを脇に置き、レバー式のライフルを構える。これもヘンリーの部屋から持ってきた。

 白煙の中で動く影を見つけて発砲。レバーを引き再度引き金を引く。それを繰り返す。連射が止んだ時点で真下から飛び出した三つの影を撃たないように注意しながら発砲する。

 全弾撃ち尽くし、下の様子に注意を向けながらライフルに弾を詰めると、白い煙が次第に赤く染まり火柱が上がる。そしてその中から火の矢がルーヴィックに飛んでくる。火柱の中から、白い翼を持ち純白と金糸で作られたドレスに身を包んだ天使が現れる。羽の付いたフードを深く被り、表情は見えないが怒ってることは分かる。光の輪を身に帯びながら、手に持つ弓矢を構える。キューブを無いところを見ると、レイ達は無事に回収できたのだろう。

 ルーヴィックは天使が矢を構える前に、ポケットから瓶を取り出し投げつける。空中で受け止める天使の手を、ルーヴィックは狙いライフルを撃った。

 手を傷つける事はできなかったが、手の中の瓶が割れ、黒い靄(もや)が出てくる。それを吸い込んだ天使は激しくむせ、苦しみ出す。ヘンリーが地道に回収し、小ビン詰めた特製の悪魔の瘴気だ。

「もっと吸い込め。悪魔どもから集めた瘴気だ」

 瘴気を払おうともがく天使にルーヴィックは移動しながらライフルを構えて発砲。力が弱まっていることもあり、弾丸が体をえぐる。だが効果は薄い。

「人間の分際で!」

 綺麗な声で叫ぶと同時に、天使の周囲から無数の光輪が現れ、手に持った弓矢で矢を放つと同時に、光輪からも炎の矢が無数に飛んできた。

「あぁ、それは考えてなかった」

 慌てて通路の縁を乗り越えて回避。代わりに下の階へと落下した。受け身を取ったが、肺の空気が一気に押し出される。痛みにもがいているその時、炎の鞭が襲いかかる。身を回転させて、鞭を躱して起き上がれば、そこには白い悪魔、メーメンが煙を上げて立っていた。

 先ほどの天使の作ったあの火柱で、ダメージを受けたのだろう。ラッキーだ。視線を上空に向けると天使はルーヴィックではなく、他の者を追うことにしたようだった。さらに上空へ飛び上がっていた。自分も追いかけたい気持ちがあったが、メーメンがそれを許さなかった。両手の鞭を振り回し、口からも炎を吐き出す。ルーヴィックはライフルで鞭を受け、ヘンリーから借りた上等なコートで炎を弾いた。癪に障るが、なかなか着心地も効果もいい。帰ったら、一着新調しようと思う。

「あなたって、ホントに品性が無いんですね。なんですか、あの『乾杯!』って。あぁー、恥ずかしい。レイ君達に、私まであなたと同じと思われてしまうじゃありませんか」

 追い詰められるルーヴィックにのんきな声が聞こえてくる。それはメーメンの後ろから。もちろん声の主はヘンリーだった。メーメンは振りけりざまに鞭を振るうと、それはヘンリーの持っていた傘に絡まる。

「あなた(メーメン)。ドレスコードがなってませんね」

 ヘンリーは傘の柄を軽く捻ると、勢いよく引き抜く。そこには細身で美しいサーベルが握られていた。華麗な動きで身を翻し、素早い腕の動きでメーメンを切りつける。細く切られた傷口からは白い煙が出る。

「あ。あと、我々のことを蔑称を込めて『ジョンブル』と呼ぶのは構いませんが、(イギリスにいる)悪魔をそう呼ぶのは止めていただきたい。不愉快極まりないことですから」

 そう話ながらもヘンリーは素早い動きで切りつける。ルーヴィックも何もしていないわけではない。ライフルを弾切れになるまで撃ちまる。両側から挟まれ形の白い悪魔は、乱暴に鞭を振り回す。ヘンリーは細い刀身で受け流し、ステップを踏むような足使いで躱す。ルーヴィックはライフルを捨て、ナックルナイフを逆手に握りながら、近づき悪魔の足を切りつける。同時にヘンリーはサーベルとは反対の手に持たれた装飾品のような細工のある銃を足に撃ち込む。思わず膝をつくメーメンに、両者は追い打ちを掛ける。

 ルーヴィックのナックルナイフが脳天に突き刺さり、ヘンリーのサーベルは首へ押し込まれる。そしてルーヴィックが愛用のセミオートの拳銃を取り出し、悪魔の口内に突っ込むと引き金を引いた。

 その瞬間、メーメンは灰と火の粉を撒き散らし、大量の瘴気と共に爆散した。

 驚いたように目を丸くするヘンリーとルーヴィック。こんな感じで悪魔が消滅したのは初めてだった。

「わぁーお。その銃で撃つといつもそうなるんですか?」

「いや、初めてだ」

「何か特別なことを?」

「・・・・・・弾丸に、モルエルの血を混ぜたが、それか?」

「天使の血を混ぜたんですか? そんなぶっ飛んだ代物の効果はさすがに知りませんが、聖なる力はかなり強いみたいですね」

「これで天使も殺せたら、いいんだが・・・・・・」

「あまり滅多なことを口にしないでください。天使を殺すなんて。バチが当たりますよ」

 ヘンリーはサーベルを傘にしまいながら口を尖らせ非難する。それを鼻で笑うが、死後の自分の行き先が関わってくると思うと、そうもしてられなかった。小さく十字を切り、祈りの言葉を口にする。

「さぁ、レイ君とユリアちゃんが心配です。天使が追いついてなければいいですが」

 二人は天使を追いかける。

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