十七時三十六分 幹線道路

@ztusgjdjtj_

砂埃と傷痕

第一部 除隊

 RPGから一発のタンデム対戦車榴弾が自走砲に撃ち込まれた。轟音が二度鳴り響き、無人の町中で砂埃が巻きあがった。敵が前線から回り込んで、自走砲らの陣地付近に攻めてくることは例の自走砲が予測できなかったことではない。


 敵の照準が外れたのか、自走砲の砲身に榴弾は当たり、粉々に飛び散った。だが、これは自走砲にとって致命傷であった。砲門が破壊されてしまった時点で、反撃手段は機関銃しかなくなる。


 陣地の味方に信号を送りつつ、自走砲は煙幕を焚き、走りだした。陣 地はこの町から少し離れている。


 自走砲は敵の数を思い出した。RPG7を担いだ歩兵が六人、その他の歩兵が八人、装甲車が三両、あの曲がり角のむこうにいた。


 自走砲は煙に乗じて陣地とは反対の方向に撤退し始めた。履帯の跡は払わない。町が見える草むらにかくれてすこしすると、思惑通り敵が町から顔を出した。


 履帯の跡に沿って、取り逃がした自走砲が陣地に向かっていると思い込みながら慎重に進軍してくる。


 ここで自走砲はもう一度敵の数を数えた。まだ町のなかを詮索している敵はともかく、装甲車が二両こちらに向かってくる。このとき、陣地の司令部から、命令が入った。


 「応援を要請してある。だが、かなり時間がかかるようだ。暫く足止めをせよ」


 この一言で自走砲は応援が当分の間来ないことを察した。司令官の口調が妙に投げやりであった。


 「了解しました」


 ロボットアームを上手く操りながら、自走砲は弾倉を眺めて、信管を付けた榴弾を三発取り出し、ガソリン缶に巻きつけた。


 しばらくすると、敵の装甲車が茂みを包囲して、一斉に茂みを砲撃した。茂みの中で、何かが爆発した音が響き渡って、途端に茂みは燃え上がった。


 自走砲を撃破したと敵兵はつかの間喜んでいたのだが、茂みから延びるもう一方の履帯跡をみつけ、見事にだまされてしまったと悔しがった。 

 敵が茂みを包囲する頃に、自走砲はすでに近くの台地に着いた。履帯跡を故意に残していたので、敵が追いついてくるのは時間の問題だった。


 台地の上の町をみて、自走砲は驚いた。あちらこちらに人間やヒューマノイド、戦車の死骸が転がっている。味方もあれば、敵もあった。不規則に倒れている死骸は、ここがかつて激戦の地であったことを、語りかけてくる。


 自走砲は近くの死体から、ガラクタをかき集めた。地雷と砲弾が導火線でつながっている粗末なIED(即席爆発装置)が転がっている。


 自走砲もそれにならって、残りの榴弾と装薬を、町中疎らに仕込んだ。


 味方の死体に銃を持たせて、石や木で戦闘態勢に見せかけ、戦車の死体にまだ使える砲弾を装填して草を被せて、あたかも偽装を施しているように見せかけた。鉄条網を良い感じに配置すると、自走砲は三丁の小銃を構えて建物の影に隠れた。


 やっとのことで追いついた敵が、辺りに転がる大量な榴弾を見て、あしがすくんだ。砂ぼこりでよく見えない物陰のあちらこちらから、銃弾や砲弾が飛んでくる。

 敵装甲車はまさか主力部隊と鉢合わせになったと思いこみ、一目散に逃げ始めた。

 その時、精鋭部隊の司令官から全ての部隊に連絡が入った。


 「任務が完了した、撤退せよ」


 陣地の司令部から、自走砲に命令が入った。


 「撤退する精鋭部隊と合流せよ」


 しばらくすると、精鋭部隊が台地の町で犠牲になった味方の遺体を回収にきた。その時にはすでに、自走砲が建物内に遺体を安置していた。


 精鋭部隊の話によると、敵のごく少数が、前線を回り込んでいるのを発見し、一部を撃破したが、残りがすがたをくらましたらしい。


 陣地に戻ったら、修理ステーションに向かうように言われたが、自走砲は自分がすでに手遅れだということをはっきりと知っていた。


 自走砲はとても旧式で、自律システムを搭載した最初の世代であった。第三次世界大戦で使いつぶされた型番の最後の生き残りである自走砲に合う砲身は今はもう存在しない。


 修理ステーションに向かう。修理ステーションの装甲回収車が、自走砲に声を掛けてきた。


 「師匠、それは……」


 裂けた砲身の焦げ臭い塗装を見て、一番弟子の装甲回収車も事情を理解した。この修理ステーションの新兵たちは全て、自走砲が指導している。


 歴戦の自走砲は修理に関しては熟達者で、味方から頼りにされていた。自分の

身に何かがおこったときに備えて、持っている技能を少しずつ弟子たちにおしえていた。


 「もう分かっただろう。砲身に替えはない。これで除隊されてしまうと思うが、修理の技法は全て教えた。修理ステーションの仲間たちに、これからも励むようつたえてくれ。」


 修理ステーションを去る前に、自走砲は裂けた砲身を切り落として、装甲回収車に渡した。

 案の定、自走砲は司令部に呼び出された。自走砲の老朽化が進んでいることと、今回の損傷によって、除隊せざるを得ないと知らされた。砲弾と機関銃、銃弾の回収と書類の授与をもって、自走砲は傷痍除隊された。


 書類の注釈に、国の法律によって「全ての自律できる物体に人格に相当する権利を与える」と書かれていた。


 同時に退役したものは自走砲のほかにも幾らかいたのである。勿論兵士もいた。


 輸送船で本国へもどる途中、自走砲は途方に暮れていた。真っ赤な夕焼けが、船の欄干を照らしている。風が強く吹いて、除隊された人や物に積もった砂粒を、軽く吹き飛ばしている。

 


 第一部 over

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