さらに激しい雨そして寂れた街へ

案の定、新幹線は発車までに自由席がほぼ埋まってしまう。

2番列車の自由席を待つ列に並んだので、立ち席は免れたが、京都からは完全に席は埋まった。

名古屋からは通路にまで人が溢れるまでの盛況ぶりだった。


身体は眠りを欲しているはずなのに、脳と精神がそれを易々とは許してくれない。

喫煙ルームまで行きたいが、通路に埋め尽くされた人垣をかき分けるのも面倒で、

とにかくやる事が無い。


スーツの内ポケットから、ガラケーを取り出してはフリップを開き、メール、着信の類が

届いていないことを確かめては、ポケットへ戻す。

そんなことを5分もおかずに繰り返すくらいしかする事がない。

すでに深夜に訃報を受け取っている以上、他に急を要する連絡が入る見込みもないのだが。

いっそ眠る事ができればどんなにか楽なことか。


新幹線を降りたら、まずマネージャーに連絡を入れなければなるまい。

今日は早番シフトで9時開始の予定なのだから、新幹線を降りる頃に連絡ができれば

ギリギリセーフといったところか。


外は名古屋を過ぎてもずっと激しめの雨が車窓を叩いていて、富士山を拝むなど

絶望的な状況。

やはり太ももから下を襲う寒気は、未だに収まらない。

この寒気を経験したのは、祖母の(ついさっき亡くなった父の母である)

死にたち会ったとき以来だ。


14年前の七夕の頃、

当時私はすでに故郷を離れていたのだが、私の実家へ静養に来ていた祖母が

風呂場で倒れた。

一命は取りとめたものの、絶対安静、一進一退の状況が1週間ほど続いた。

いわゆる植物状態がしばらく続くだろうとの医者からの見通しを受け、

仕事もいつまでも放っておけないので、一旦帰阪することを決めたその日の朝だった。

朝6時にイエデンが鳴った。

「危篤です!今すぐ来てください!」

病院へ母と一緒に駆けつけたが、心電図はすでに一直線の波形を示していた。

私と母の参上を待ち受けていた医師がやって来て、ペンライトで瞳孔を照らし、

臨終が確認された。

堪らずに溢れて来た涙を抑えながら、「ばぁちゃん」泣きながらその手を取り

握りしめた時、一直線だった心電図の波形がピクりと動いた。

その時の手の温もりは、今でもはっきりと思い出し、手のひらに甦らす事だってできる。

私が帰阪する日の朝だっただけに偶然とは処理できず、その日を選んだ祖母の

何かしらの意図なり意志のメッセージを、感じないわけにはいかなかった。

その経験からのち、3週間ほどは外気は蒸し暑いはずなのに、太ももから下に寒気を

ずっと感じていた。


そんなことを考えているうちに、30分ほどのショートスリープに落ちたようで

気づくと熱海を通過するあたりだった。

ほどなくして新横浜に着くと、通路に群れていた乗客が一斉にホームへと

はけていったので、要約タバコをすいに行けると小躍りしたのも束の間、

今度は新横浜から大量の客が乗ってくるので元の木阿弥。

タバコは諦めて、1ミリも倒していなかったリクライニングシートに

浅く座り直して、真っ直ぐ前を見つめ、正面の出入り口の上に流れる電光掲示板の

ニュースをずっと睨んでいた。

今となってはどんなニュースだったのか、全く思い出せないけれど。


品川に着くと通路の人々はようよう、ホームへはけて行き、人が行き来するのに

支障ない程度に空いたので、一足先に荷棚からトランクを下ろし、降車準備をして

喫煙ルームへ向かった。

久々に乗る新幹線の喫煙ルームの窓がとても小さく感じられ、息苦しささえ覚える。

四十九日の法要などで今後も往来する必要があるなら、拘束時間が半分以下で済む、

飛行機にしようと思った。


東京駅に降り、在来線に乗り換えてもよかったが、ラッシュ時間帯でもあるので

避けたいがため、もう一本新幹線を乗り継ぐことにした。

こちらの新幹線には、喫煙ルームもなく完全禁煙、失望した。

ここで思い出して、マネージャーに電話を入れる。

・父が深夜に亡くなり、朝一で今東京にきていること。

・葬儀の日程などにもよるが、しばらく出社できないことを詫びる。


「死に目には間に合うたんか?!」

私の伝え方が悪かったのかもしれない。

「いいえ、今朝2時頃だったので無理でした。」

「そうかぁ。会社からの花や香典もあるし、日程決まったらまた連絡ちょうだいな。」

「忙しい時にすみません。」

詫びて電話を切った。


2本目の新幹線を2つ目の駅で降り、在来線へ乗り換える。

ここからは完全に郊外へ向かう、下り列車なので車内はガラガラに空いている。

雨はこちらも相変わらず降り続いている。

ガラケーのフリップを開き、母へ在来線に乗り換えたことをメールで知らせる。

それとともに、駅からはタクシーに乗るので迎えは要らないことも伝える。

6年ぶりに降り立った地元の駅は、やはり錆び付いている。

錆び付いた匂いを懐かしみながら、列をなしているタクシーの先頭まで歩き、

私のトランクを仕舞いたい、意思表示に車のトランクをノックして運転手に開けてもらった。

雨は一段と激しくなってきたと感じて、確かめるように傘もささずに空を見上げた。

10時を過ぎようかという時間なのに、薄墨色の暗い空が広がっているだけだった。

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