5 「事故」

「「「「「あぁぁあああ……」」」」」


 5体程のゾンビが通り過ぎるのを確認してから、物陰に隠れていた俺達3人はまた歩みを進める。


 ゾンビ達はクレアの説明通り、大きな音を立てなければある程度は俺達に気づくことは無く何処かにフラフラと歩き去って行ってくれる。


 ただし足が遅いので歩き去るのを待つのは時間がかかり、その間に別のゾンビが後ろから不意に現れたりするので一切警戒を解くことはできない。


「ゾンビ多くね? ゾンビにとって今日は祭りかなんかか?」


 何度もゾンビの群れを同じように隠れてやり過ごす事に嫌気が差してきたのか、椛が不満の声をあげる。


「ゾンビにはこれでもかってくらい遭遇するが、それに比べて生きてる人間には一切遭遇しない。生存者はどこにいったんだ?」


 俺はゾンビの数よりも、生存者がいないことが気になる。


 いつもなら誰か1人くらいはどの時間帯にでも人がいるような道でも今は誰ともすれ違わないのだ。


「ゾンビ達は産まれてまだ48時間も経っていないはず。ゾンビ達にとっちゃそれこそ誕生祭の真っ最中なんじゃないのか? それと、人類の半分以上は今やゾンビなんだ。ゾンビはフラフラと外を出歩くが、生存者はゾンビから隠れて行動をするはず。必然とゾンビに会う方が多くなるのは当たり前だろう」


「俺様だって外にゾンビの群れが行進していたら家に引きこもるわな」


「よかったな椛。引きこもる理由が出来て。……あれ? ならなんで家の中とか調べたりしないんだ?」


 椛の言う通り、ゾンビが外にいるなら生存者は怖がって家に避難し鍵をかけて閉じこもってるはずだ。


 俺達はここまで来るのに家を何軒か素通りしている。


 クレアと椛の話しを聞くならば一軒一軒家を調べないとだめだと思うのだが、それなのにクレアは一切家の中を見ようとしない。


「屋内は先行隊が軽く調べてるはずだし、そうじゃなくても高希と椛は初めての探索だ。色々と危険が増える屋内の探索はせず今回は外の探索をメインとしている。初日から狭い屋内で襲われたらたまらないだろ?」


「カカッ。要は俺様達が足手まといだから家の中を調べられないってことだろ? まっ、外の方が自由に逃げられるから俺様はそれで賛成だがな」


 なるほど。確かに狭いとそれだけで出来る事が限定されるというのはその通りだ。

 

 まともに戦えるのが今はクレアだけだから、椛の言う通り俺達は戦闘時はクレアの足手まといにしかならない。


「……なら、外から家の中に声をかけながらとかは駄目なのか?」


 俺は少し考えてから提案してみる。声をかけるくらいなら別に狭い家の中に入る事もないし、それでもし生存者がいるなら家から出て来てくれるかもしれない。


「やってもいいが、割と家の中にいると外の声に気づけないものだぞ? 声量を上げて呼びかけてもその声で生存者の代わりにゾンビ達が寄ってきたらどうする? 責任とって高希が全部処理してくれるのか?」


「やめておきます」


「即答だな。まぁそれに、家の中に生存者がいる可能性もそんなにないがな」


 クレアはそう言い近くにある家を覗き見る。


 俺もつられてその家を覗く。


 だがその家は特にどこか特徴があるような家ではなく、どこにでもあるようなただの一軒家である。


 ……いや、違う。

 よく見ればその家の窓には大量の血が付いていた。


「家の周りにはゾンビがいないのにどうして血が?」


「高希。血の付いている部分をよく見てみろ」


 クレアに言われ俺は大量の血がついてる窓を凝視する。


 そしてしばらく凝視した俺はある事に気付き、背筋に冷たいものが走る。


「もしかしてあの血、家の『中側』から付いているのか?」


「そうだ。……ゾンビが発生する前に人口などを調査したんだがな。ここらは家族で住んでる人達が多いみたいだ」


 クレアは目を細める。


 確かによく子供連れの家族が公園で遊んでいたり買い物をしているのを見かけるけど、クレアは今なぜそんな話を……?


「カッ。思考が平和な世界のまんまになってる高希の為に教えてやる。もし最初からゾンビにならない奴がいても、家という狭い場所で親や子供という親しい相手がゾンビ化したらどうなるよ? 答えは簡単だ。いきなり襲われたらそら噛まれてゾンビになるか死ぬかになるだろうよ」


 俺の察しの悪さに不機嫌になりながらも、何故クレアがその話をしたのか椛は教えてくれた。


 そうか。家族がゾンビに、か……。


「俺の両親は……」


「高希。気持ちは分かるが、今は家族のような限定的な人達の事を考えるのはやめろ。遠くの親しい人より今は近くにいるかもしれない生存者を助けるのが先決なんだ。いいね?」


「……わかった」


 俺の不意にこぼれた両親という言葉に厳しく、だがどこか俺を気遣うようにクレアが言う。


 遠くにいる生きてるかもわからない両親の元へ行くよりも、今は近くにいるであろう生存者を探して助ける方が良いのはわかる。


 そう頭ではわかるのだが、それでも俺は両親が無事なことを祈ることしかできないのが悔しい。


「そろそろ日が落ち出す時間帯だ。まだ作戦は成功していないが、それでもすぐに撤退できるように後方にも注意を払っておきなさい」


 暗くなってしまった場の雰囲気を変えるためかクレアはそう話題を変えた。


「俺様は最初から撤退する準備は出来てるぜ? というかいつになりゃ俺様は学校に帰れるんだ?」


「朝のうちに出ていた他の探索班である1班・7班と合流したらだ。先行隊である1班・7班はきっと生存者を連れているはず。私達はそれを護衛しながら学校に戻るんだ」


「つまり、帰宅時の護衛が俺達の任務だったのか」


「それ俺様と高希いるか?」


 俺も椛と同意見だ。


 ゾンビとの戦闘もろくに出来ない俺と椛が護衛として来てもその先行隊にとってはむしろ足手まといになるんじゃないのか?


「いるに決まっているだろう。先行隊は進軍で疲れてるはずだからな。それに少なからず生存者も見つけているはず。進軍の時はただ生存者を見つければいいが、撤退時は無力な一般人の面倒を見ながらゾンビに警戒しなければならない。だから例えゾンビとの戦闘ができなかろうが、目が増えるだけでもありがたいんだよ」


 俺の心配をよそにクレアはきっぱりと言った。


 言われてみれば先行隊は行きよりも帰りの方が生存者を守りながらになるからきついのか。


 だったら戦闘ができない俺でも生存者の面倒をみたり、ゾンビが近付いてきていないかを警戒したりと役目はありそうだ。


「俺様達3人が合流する予定の班って何人でつくられてるんだ? あまり大所帯になってもいい事は無いだろう?」


「そう言えば教えていなかったな。学校の生徒2人と私達『カール傭兵団』の人間が1人、それと『人類最終永続機関』の人間が2人の5人編成となっている」


「つまりそれで俺様達が合流するのは1班と7班の2組だからそれを合わせると10人で、それに+生存者が何人かってことか。おいおいそんなに集まって大丈夫か? ゾンビ共は音に反応するんだろ? 足音も10人以上ともなれば騒音なんだぜ」


 椛が苦虫をかみつぶしたような表情で言う。


「確かに人数が増えると椛の言う通り音も大きくなるし、隠れるのも困難になるだろう。だが私達『カール傭兵団』はこれでも場馴れはしている。安心してくれ」


 クレアは自信ありげにそう言うが、俺には傭兵団ってのがどういったものかがよくわからないので何とも言えない。


 そもそも傭兵っていうものがなじみがなさすぎる。

 アクション映画とかでたまに見かけるが、お金を払えば戦いをしてくれる団体って認識でいいのだろうか?


 その認識を当てはめて考えると、『人類最終永続機関』はゾンビと戦う為にクレアが所属する『カール傭兵団』を雇ったってことになるよな。


 俺は最初てっきりクレアも『人類最終永続機関』の一員かと思っていたが、クレアの口ぶりや話をまとめると俺の考えはあながち間違ってはいないような気がする。


「班と言えば、因みに高希と椛の班のことなんだが」


 俺が『人類最終永続機関』と『カール傭兵団』の関係性を予想しているとクレアが何かを言おうとする。


 だがそのクレアの声をかき消すように、突如地面が揺れたのかと錯覚するほどの大きな音が鳴り響いた。


「何の音ぉ!?」


 椛はそれに驚き声をあげ即座に道の端側に逃げる。


 椛のように情けない声を上げ端側に逃げこそはしなかったが、俺はあまりの音の大きさに一瞬その場から動けなくなった。


 そんな状態でもなんとかクレアの様子を横目で確認すると、流石は傭兵団の一員といったところか即座に動けるような体制をとり何事かと油断なくあたりを見回していた。


 そして空気すら大きく揺れたようなその音は一瞬で過ぎ去り、それから間隔をあけずに今度はラッパのような音が鳴り響きだす。


「この音は……クラクションか? それとこのガソリンの匂い。車か?」


 辺りを警戒しながら呟くクレア。


 その言葉通りどこからか強烈なガソリンの匂いがしてくる。

 ラッパのような音、クラクションの音の聞こえ具合から案外近いのかもしれない。


 そしてあたりを見渡す最中、空に黒煙が立ち上っているのが見えた。


「2人とも! あの煙り!!」


「炎上事故か!!」


「おいおい結構近いな!? というか、火とか大丈夫なのか!? 消防隊が機能してるとは思えないんだが!?」


 2人も俺の声で煙に気付く。


「あの方角は……先行隊との合流地点の近くじゃないか!」


 クレアはそう言うと黒煙に向かって走り出す。


「はぁ!? わざわざあそこに行くのか!? 帰ろうぜもう!!」


 走り出したクレアを信じられないという目で見ながら椛は叫ぶが、その情けない声は車のクラクションの音で聞こえなかったのかはたまた無視をしたのかクレアはそのまま走り去っていく。


「椛! 追い掛けるぞ!!」


 いくらクレアでもあんなに音が鳴り響く中で1人になるのはまずいはずだ!

 いつ近くにいるゾンビが音につられて集まるのかわからない!!


「ちょ、お前らすこし冷静に……あぁクソッ! 俺様を1人にすんなっての!!」


 椛も遅れながらこちらに走り出すのを確認し、俺は副作用が使えないのを恨めしく思いながらも走る足に力を入れた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――



「クレア!!」


 思ったよりも近くにいたクレアを見つけ俺は声をかける。


「高希か! これは思ったよりまずい状況になったぞ……!!」


 クレアの目の前では3つの車が折重なり炎を上げていた。


 クラクションはいつの間にか鳴りやんでおり、聞こえてくるのは炎が燃え上がる音だけだった。


「ハァ……ハァ……。走り過ぎで死ぬ……。……おいおい、結構派手にやってるじゃねぇか。ゾンビ誕生祭の会場はここだったのか? 案外近かったみたいだな」


 椛も遅れながらも追いつき息を荒げ膝をブルブルと震わせている。

 というかもう倒れ込みそうだ。


 日ごろの恨みとして椛の体力の無さをバカにしてやりたいのだが、今はそんなことにかまっている暇はなさそうだ。


 最初の大きな音か、先ほどまで鳴っていたクラクションの音が原因かでゾンビが炎を囲むように集まってきているのが見える。


『パン』『パン』『パン』『パン』『パン』


 その時、場違いなような軽い、しかし大きな音が鳴った。


「なっ!? この音はまさか!?」


 音が何処から聞こえたのかとクレアがあたりを見回す。


「デイブ!?」


 そして音の発生源を見付けたらしくクレアが叫びまた駆けだす。


 駆けだしたクレアの後を追うと、そこには血だまりの中座りこむ白いガスマスクをした人がいた。


 その人の周りには数にして6人もの死体あり、1つの死体を除きすべて頭が吹き飛んでいる。


「ハァ! ハァ! お、お前、クッ……クレア、か……?」


 その人は何かを喋るのだが、息が荒くてうまく聞き取れない。


 声を聞き取ろうとさらに近付き、俺はその人の左足のすねの部分から先がありえない方向に折れ曲がっている気付いた。


 その折れ曲がった部分が男の周りに血だまりを未だに作り続けている。


 しかも、そこからは赤い肉のこびりついた白い棒のようなものが突きでて……。


 俺は思わず視線を逸らした。


 ゾンビの頭が目の前で爆発したりするのを見てこういうのには耐性が付いたと思っていたのだが、生きてる人間が苦しそうな声をあげてるのを聞きながらだと精神に来るダメージも違うらしい。


 そうして視線を逸らした先では、俺の身の丈よりも大きく炎が燃え上がっておりまるで壁を作っている。


 その揺れ動く壁の向こうがチラリと見えた。


「……おいおいマジかよ」


 炎の壁の奥には、今まさにゾンビに群がられる直前の生存者がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る