3 「副作用」

「爆発したんですけどぉ!? 頭がパーンってなったんですけどもぉ!?」


 俺が力任せに殴ったゾンビは一瞬で首から上がなくなり、残った体はまるで糸が切れた人形のようにその場でドチャリと崩れるように倒れた。


 目の前の自分が起こした状況があまりにも現実離れをしていて、大きな音でゾンビが集まるということすら忘れ大声をあげながら後ろにいるクレアと椛を見る。


「うぉ!? いきなりこっちに振り返るなよ高希!? お前の顔や服、返り血とか脳みそみたいなのとかが付着してヤバい事なってんぞ! 気持ち悪い!」


「『副作用』の能力か。校門で渡された高希の書類には私も軽く目を通してはいたが中々凄い腕力じゃないか。だが今はとりあえず顔が酷い。……高希、あまり私に近づくんじゃない。こら、近付くなと言って、ちょ、待ってそれ以上私に近付くんじゃない! ほら! このタオルで血を拭きなさい!」


 目の前でゾンビの頭が爆発するというトラウマものの体験をした俺に2人は容赦なく言う。

 椛の反応はいつも通り酷過ぎるし、クレアにいたっては持っている鞄からタオルを取り出し俺に投げつけ露骨に距離をとっている。


 投げられたタオルを片手で受け取り黙って顔を拭く。


 この2人はもうちょっと思いやりとか学んだほうがいいと思う。


「……じゃなくて! この棒はなんなんだクレア!? こめかみを殴っただけでゾンビが爆発したんだが!? もしかして先端とかに火薬とか仕込んでるのか!? あっ、このタオル返しますね有難う御座いました」


「その特殊棍棒はただの鈍器だ。というか、特殊棍棒が壊れてるじゃないか……。 とりあえず、これには触れたものが爆発するような機能はついていない。今の攻撃は高希が無意識に使った副作用が原因だ。あとタオルは汚いから洗ってから返してくれ」


 俺から特殊棍棒だけを受け取り鞄にしまい、別の特殊棍棒をクレアは取り出した。


 え、じゃぁ俺は学校に戻るまでこの血まみれのタオルを持ってなきゃいけないの? 

 別にこのタオルも一緒に鞄に入れてくれてもよくない?


「高希の副作用だと?」


「あぁ。今のを見る限り、≪身体強化≫だろう」


 俺がどうやってタオルをクレアの持つ鞄に入れてやろうか考えていると、椛とクレアが気になる話をしだした。


「≪身体強化≫って、あのレベル6って書かれていたやつか?」


「あぁそうだ。高希の副作用である≪身体強化≫がこの力の正体だ。簡単にいえば常識を外れた筋力とでもいえばいいか」


「常識外れの筋力ねぇ。……え、俺これ大丈夫? 夢中ではあったけど、殴っただけで人の頭がパーンってなるほどの筋力とか日常生活に支障とかあるんじゃないの?」


「そこら辺はうまく調節しやすいように解剖・実験を高希が寝てる間にしていたはずだが……。説明しなかったか?」


 クレアは俺の疑問に眉をしかめて言う。

 その時俺の脳裏に学校から出る前に言われたクレアの言葉がよぎる。


『2人が寝てる間にちょっとした解剖・実験をして、そこからどんなタイプの副作用かは大まかに分かってるし、意識のズレを警戒して元の人間の身体能力・感覚器官になるよう変な薬を入れあるぞ』


「説明されてる!? 割と雑に!!」


「だよな? まぁ何をしたのかは私の分野じゃないからよくは分からないが、日常生活をおくる分には問題はないはずだ。慣れてくれば、意識下でスイッチをON・OFFするかのように副作用が使えるはずだぞ」


「使えるはずだぞとか言われても俺には限りない不安しかないのだが?」


「高希の言う通りだな。それと、その場合俺様の副作用はどうなるんだ? スイッチのON・OFFなんて不可能だと思うが?」


「高希の不安はわかる。私も最初は不安だった。だがこういうのは慣れるしかないんだ諦めてくれ。あと椛の事は知らん」


「おい。うすうす感じていたが俺様に少し冷たくないかクレア」


 クレアは椛の言葉を無視する。


 賢明な判断だと思うね。


「とりあえず、高希は副作用がどんなものかは体験したな? 先程みたいにゾンビ2体以下の場合は積極的に高希と椛に処理をさせるから、その際に副作用を意識下でON・OFFにすることとどう副作用を使えば効率がいいかを探っていくように。では行くぞ」


「そんな淡々と進めなくても」


「忘れているようだが私達には時間がないんだ。こんなことしてる間にも生存者は刻一刻とゾンビになっているんだぞ。……本当はゾンビが発生する前にこういうことを教えたかったのだがな」


「カッ。分かってるさ。俺様と高希の2人だけがゾンビが発生しても寝てたって話しだろ? でも仕方ねぇだろ。こちとらお前らに銃で撃たれたんだぞ? こうして生きて文句も言わず生存者探しを手伝ってるだけでも褒めてほしいもんだね」


 いや椛は文句どころか駄々すらこねてたよな?

 なんでそんな『やれやれしかたねぇなぁ』みたいな顔して言えるんだ?


「確かに椛の言うとおり高希の件に関してはこちらに非がある。が、椛は親友である紗希に撃たれていただろう? あれも私たちのせいになるのか?」


「おいおいそりゃ当たり前だろ。あの状況だったら紗希は撃つに決まってんだろ? つまりあの状況を作り出したお前らが全部悪い。……まぁ勿論、紗希が俺様を撃ったことについては殺し尽くしてやろうと思っていたのだが、後から聞いた紗希の残ったクラスメイトを自分の命を人質にして救うという判断は正しいからな。特別に許してやるさ」


 許してやるという言葉を聞き思わず椛を見る。


 心が水たまりのように小さいと言われている椛が『許す』と言う言葉を知っていたことに驚きを隠せない。


 クレアも信じられないって顔をして椛をマジマジと見ている。


「……自分を撃ち殺した友人を許すのか。椛は聞いていたよりも悪い奴ではないようだな」


「クッハハ。ようやっと俺様の聖人っぷりが分かったか」


「そういうところがなければ椛の評価を変えるのだが……。……む」


 クレアは何かに気付いたかのようにまた曲がり角を見る。

 すると少し時間を開けてまたゾンビが曲がり角から姿を見せた。


「ゾンビか」


「あぁ。だが1体だけみたいだな。もう曲がり角の奥にも周りにもゾンビはいないようだ」


 なぜ見てもいないのに断言できるのだろうか……?


「高希。ものは試しだ。自分の全力を知るという意味であのゾンビを思いっきり殴ってみろ」


 そう言いクレアはまた特殊棍棒を渡してくる。


「また俺か? 順番的には次は椛じゃ?」


「なんで俺様なんだよ余計なこと言うなよふざけんなよバカ野郎」


「確かに順番的には椛だが、まずは私が対処できる状況であるうちに高希の全力を見ておきたいんだ」


 真剣な顔で見つめられ俺は思わず顔を逸らす。


 べ、別に美人に真正面から『高希の全てを見たい』と言われたからって照れてなんかいないんだからね!!


「ま、まぁ? そういう理由なら別に俺も全力を出すのもやぶさかではないかな!」


 俺は軽く屈伸とかしながらゾンビを見る。

 ゾンビは先程と同様にこちらへゆっくりと歩いて来ている。


 よし。ちょっと俺のいい所でも見せてやるか!!


 俺は助走をつけて攻撃をしようと足に力を入れダッシュする。






 すると景色がふっ飛び、気付いた時には何故か世界が反対になっていた。






「……ん?」


 そして俺が状況を理解する前に、近くで大きなものが倒れ何かが割れる音が響いた。


 横を見るとカーブミラーが倒れている。


「……え? 何でカーブミラーが? てかここはどこだ?」


 逆さまになっていた俺は態勢を直して座りこむ。

 周りを見渡すと、遠くには椛とクレアがいた。2人は動かなかったが、こちらに気がつくとすぐに駆け寄ってきた。


「だだだだだ大丈夫ですか高希さん!?」


「おま、カーブミラーおま、高希バカお前これこれ壊すと場合によったら10万円以上の賠償金なんだぞ!! どうすんだよお前これ!?」


「おおおち落ちちゅいてください椛さん! ここ高希さんがぶぶぶぶつかったらカーブミラーが壊れましたなんて説明をしても他人が信用してくれるはずがありません!」


「そ、そうか! クレアの言うとおりだな! ならとりあえずここからずらかるぞ!! 高希は証拠になりそうなものは全部撤去しろ! もしバレて事情聴取とかきても知らぬ存ぜぬ黙秘権を使え! それか俺様に言え! そしたら人間がぶつかっただけで壊れるとかカーブミラーの方に問題あったんじゃないですか危険じゃないですか管理とかどうなってたんですかとか言ってカーブミラーを設置したとこと全面戦争してやっからとりあえず今は警察が来る前に逃げんぞ!!」


 2人が珍しく取り乱しながらそうやって俺にまくしたててくる。


 クレアもこんな焦った顔するんだなぁ……。

 というかクレア、口調違くない? 俺と椛のことさんづけしてるし。


「なに呆けてやがる高希! 警察がゾンビとかにかまっている間にはやく……」


「高希さん! 早く立ってください! とりあえず学校に戻って」


「いやいや、まてまてまて。こんな状況だ。そうだ世界は終わったんだからカーブミラー1つ壊れたから何だってんだ」


「あっ」


「……」


「……」


「……クレア、椛。落ち着いたか?」


「「落ち着いた」」


 椛はおもしろくなさそうに、クレアは顔を赤くし同じことを言った。


「とりあえず……。カーブミラーも気になるけどさっきのゾンビは?」


 俺は再度あたりを見回すが、俺が殴ろうとしていたゾンビの姿が見えない。


「なんか……飛んでったぞ」


「車に思いっきり引かれた人みたいに飛んで、頭から落ちていた」


「えぇなにそれ……」


 つまりどういうわけやねん。


「高希。お前、何をしたんだ?」


 椛は膝をつき俺と視線を合わせ真剣な顔で聞いてきた。


 いや何をしたと言われましても……。


「普通に助走をつけて殴ろうとして、気づいたらここにいたんだけど……」


「まさか、瞬間移動でもしたのか?」


 真剣な顔でアホみたいな事を言うんじゃない。


 まさかまだ混乱してるのか?


「……高希。身体は無事なのか? 立てるか?」


「え? あぁまぁ無事だが?」


「本当か? なにか少しでも違和感があったりしたら言ってくれ」


「違和感といえば、さっきクレアの口調が」


「黙れ」


「ウィッス」


 威圧感凄いっすねクレアさん。


 とりあえずこうして座り込んでいるわけにもいかないと立ち上がる。


「む。汗が凄いな。息もあがっているようだが?」


「……確かに言われてみれば、なんか体力を凄いつかったみたいな感覚があるな。でも、歩けなくなるほどではないから大丈夫だ」


「そうか。なら少し来てくれ。見せたいものがある」


 クレアはそう言って、先程椛とクレアがいた場所に戻る。


 どうやら俺が逆さまにひっくり返っていた所はゾンビが現れた曲がり角の場所だったらしい。


「これを見てみろ」


 クレアはおもむろに地面を指さす。


「なんだ? 地面が削れている? いや、えぐれてんのかこれ?」


 確かにアスファルトでてきている地面は椛の言う通りえぐれていて、そこから広がるようにひび割れている。

 おかしいな。

 先程までここにいたが気付かなかったぞ。

 こんな地面が酷い状態ならすぐに気づけると思うんだが……。


「そうだ。高希があそこまで移動した瞬間、アスファルトにこのような痕ができていたんだ」


「……おいクレア。まさかこいつが?」


 椛が何かを察したのか口ごもる。


「そうだ。高希が私と椛の目の前から消えた瞬間の突風といい、このえぐれたアスファルトの地面といい……。さらには壊れたカーブミラーとその近くに瞬間移動していた高希だ。証拠揃っている」


 え、いまとんでもないことをサラリと言わなかった?

 消えたの俺?


「高希は、脚力だけで、それこそ体当たりだけでカーブミラーを壊したんだ」


 俺が消えたということについて詳しく聞こうとしたら、さらにろくでもない話になりそうな予感がすることを言われた。

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