3 「選別」

 頭から赤黒い液体と、ピンク色の何かをき散らしたクラスメイトは床に倒れたまま動かない。


 赤黒い液体は今もなおそのクラスメイトから流れ出ているようで、床にゆっくりと広がっていく。濃厚な、鉄錆てつさびのような匂いがクラスを蹂躙じゅうりんしていく。

 その匂いのせいか俺は視界が歪み地面が揺れているかのように錯覚してしまう。近くの机に勢いよく手をつきなんとか倒れないように支えるが、眩暈めまいと汗が止まらない。心臓が爆発するのではないかと疑うくらいに早く動いている。


「う、おっ、ぐうぇ…。」


 前の席、つまり俺よりも倒れたクラスメイトが良く見える位置にいたもみじが急にうずくまり昼に食べたカレーを吐いていた。


「汚いなぁ。死体ってのはやっぱ虫だろうが人間だろうが変わらず汚いだけだよ。」


 紗希さきの声はけっして大きいものではなかったのだが、あまりの非現実な出来事に椛の吐く音以外なくなっていた教室ではその声はよく響いた。


 見ると紗希は不快そうに顔をしかめていて、倒れたクラスメイトを見ている。


 いや、『倒れたクラスメイト』ではない。




『死んだクラスメイト』だ。




「「きゃあぁぁぁあああ!」」

「「なんだなんだ!?」」

「「やめてくれぇぇぇええ!!」」

「「誰だお前ら!?」」

「「何だ何だ!?」」

「「不審者発見!不審者発見!」」


 不意に教室の外、恐らく他の教室からの怒号や悲鳴が聞こえ出す。


「「渡辺ぇぇええ!!」」

「「ヒィィィィッ!」」

「「おいあれ銃だ!!」」

「「これ血ぃ!?」」

「「いやぁぁぁあ!!いやぁぁぁあああ!!」」

「「こっちくんなよ!」」

「「助けて助けて助けて!!」」


 その外から聞こえて来た悲鳴につられてか、時間が動きだしたかのように再びこの教室でも悲鳴が巻き起こった。


「おいおいうるさいな元気いっぱいか!? 元気なのはいいことだが黙らないと殺すぞ!? 私の声聞こえてるかお前ら!!」


 赤髪の女は大声で何かを言うが、クラスメイト達の悲鳴でよく聞こえない。拳銃をもった赤髪から少しでも離れようとクラスのみんなが俺達がいる方、教室の後ろ側に逃げてくる。


「う、うぼぉぁああ!」


「お。椛から貰いゲロしてる人いるね。」


「やばいやばいやばい!」


「どけよでれねぇだろうが!」


「痛い痛い踏んでる踏んでる!!」


「いやぁぁぁあ!!いやぁぁぁあああ!!」


「あぁもうやっぱこれ駄目だ私の声が全然聞こえてない!! あっ! こらそこ教室から出ようとすんな! 絶対に生徒を外に出さないようにしろ!!」


 中には後ろの、俺が出ようとした出入り口から逃げようとした奴もいたが、先ほど俺とぶつかった白いガスマスクをした不審者が赤髪と同じように拳銃を見せたことにより、クラスの皆は唯一の出入り口に近付けなくなった。当たり前の事だが、この不審者も赤髪の仲間らしい。


 そして後から来たのか2人も同じような不審者が増えていた。


「ちょ、暑苦しいしうるさいんだけど。僕の席に皆来ないでくれないかな?」


 クラスメイト達は拳銃から遠ざかるために必然的に紗希の席、クラスの窓側の一番後ろの席に追いやられた。


「だぁもうほんとうるっさいな学生諸君は!? ったくおいそこのうずくまって吐いてる男! 名前はなんだ!?」


 吐いていたことにより、動けなかった椛が赤髪の次の標的にされた。


「うげぇ…。 ウップ…。お、俺様か?」


 椛は顔を青白くさせながら何とか立ち上がる。ふらふらとしていて今にも倒れそうだ。


「椛ってこんな状況でも一人称は俺様なんだね。」


 紗希が押し寄せて来たクラスメイトの集団の中からなんとか抜けだし、少し離れた場所に立ちつくしていた俺に近づいて来る。


「そうだお前だ! 早く名前を言いな!!」


 赤髪はずんずんと椛に近付き、最初のクラスメイトにしたように胸倉をつかむ。そして驚いたことに片手で椛を持ちあげた。


「ちょま、俺、俺様は…い、『五十嵐いがらし 健二けんじ』だ。」


 スゲーあの野郎。

 あの状況で嘘つきやがった。


 椛から偽名を聞いた赤髪は後ろにいるメイドに視線を送る。


「…。」


  メイドはバインダーをめくり、また戻すを繰り返している。


「どうした? 聞こえなかったのか? こいつは『五十嵐 健二』らしいぞ。」


「…この学校にはそのような名前の人物はいません。」


 赤髪の言葉にメイドはバインダーから顔を上げ言う。


「…てめぇ嘘ついてんじゃねぇよ!?」


「すみませふぐぅ!?」


 椛は謝るが言い終わる前にゴミのように横に投げ捨てられた。


 机と椅子を巻き込みながら椛は転がる。


「次嘘ついたらマジ殺すぞ!? 無駄に殺させんじゃねぇぞ!?」


 転がり倒れる椛に馬乗りになり、赤髪は目を回している椛の額に銃口をおしつけながら言う。


「くっそ女に馬乗りになられるとか趣味じゃねぇんだよ俺様はよぉ!!」


「いまそんなこと聞いてないんだけど!? お前状況分かってんのか!? 痛い目みないとわからないのかい!」


「痛いのは勘弁してくれ!! 『毒島ぶすじま 椛もみじ』だ! 本名だ!!」






「 『0』 」






 椛が情けない声を出すのと同時に、メイドの凛とした声が響いた。


「…え、今なんて?」


 その声に聞き返したのは、何故か赤髪の女だった。赤髪の女はそれこそ耳を疑うという表情をしている。


「『0』です。」


 だがメイドは先ほどと同じように『0』と言い、持っていたバインダーにペンで何かを書き込む。赤髪は何とも言えない表情で下にいる椛を見降ろす。


「…お前みたいなのが奇跡の存在かよ。いや、まぁでも変な奴だからこそ?」


 赤髪はどこか納得できないようにを呟きながら椛の上から立ち上がる。


「まぁこいつの事はあとででいいんだよな? おいすみわめいている集団! 誰でもいいから前に来て名前を教えろ!」


 赤髪は銃口を椛から教室の隅で固まってる集団に向ける。


 だが教室の隅に陣取るクラスメイト集団は、向けられた銃口により一層叫び声を強くするだけで赤髪の言葉に応えない。


「…クレア様。時間がかかるようでしたら1人ずつこちらに連れてきて私が名札を確認してはいかがでしょうか?」


「…それもそうだな。おい、適当に連れてこい。」


 メイドが赤髪に提案し、赤髪もそれに賛成し下っ端であるらしいガスマスクの3人に命令する。


 白いガスマスクをつけた3人のうち1人が銃を向けながら集団に近付き、一人の男子を引っ張りだしてきた。


「やめろよ! 何で俺なんだよほかにもいっぱいいるだろ!?」


 叫びながらも連れて来られた男子生徒の胸辺りにつけられた名札をメイドは確認する。


「『佐々木 要』『3』」


「なぁいったい何なんだよお前ら! 殺すのか!?」


「そうだ。残念だがギリ殺せって言われてんだよ。」


「ふざ」


 男子生徒が言葉を言いきる前にまた乾いた音が響いた。


 男子生徒は続きの言葉を永遠に無くし、最初のクラスメイトと同じように赤いものを頭から垂れ流しながらその場に倒れた。


 その光景をみた俺を含む生徒全員は今度こそ完全に言葉を無くした。


 聞こえてくるのは嗚咽とカチカチという歯が鳴る音だけだ。


「泣き叫びやがったら殺す。私からの質問に答えなかったら殺す。逃げだしたら殺す。分かったか?」


 その静かになる瞬間を待っていたかのように赤髪は静かに、だが力強く言った。こちらを見る目には本気だと、そんな殺意が感じられる。


「そこのメガネ。こっちに来い。」


「っ…」


 メガネをかけた女子生徒はひきつったような悲鳴を漏らす。


「おい?」


「あ、や、ぃゃ…」


「こいっつってんだろ? 撃つぞ?」


 そんな女子生徒に銃口を向けながら赤髪は一歩近付く。


「ひぁっ!」


 赤髪が一歩近付くのと同時に、女子生徒は不自然な動きで前に転びそうになりながらとびでた。


「なんで! …あっ、ぁあそんな、あぁ…。」


 1度大きく叫び自分が先程いた集団を見るが、すぐに赤髪を前にしたことを思い出し震えだした。


 ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなっている。


「『椎名静江』」


 赤髪は女子の名札を確認し名前を言う。


「『2』」


それを聞きメイドは数字を言う。


「…よし。お前は泣き叫ばなかったし逃げださなかったから殺さない。そこに座って耳をふさいで目でも閉じてろよ。」


 ここで赤髪は初めて機嫌のよい声を出し、窓側の一番前の席を指さして言った。


「…え?」


「早くしろ。」


 殺されると思っていたらしい女子は呆然としていたが、赤髪の声を聞き慌てて指さされた席に着いた。


「あーそうだ。言い忘れてたが他のクラスや大人、先生達も今は同じようなことになってるから誰かが来てくれるとか思うんじゃねぇぞ?」


 赤髪は思いだしたかのように言う。


「さて、次はお前だ。」


 そして、先ほどの女子が席に着いたのを見届けた赤髪はまた1人手招きする。


 手招きされた女子が怯えながらも前に出る。


「『井口綾香』『2』」


「よし、じゃぁお前も命令聞いたから殺さないでいてやるよ。あいつの後ろの席に座ってな。」


 そして、また同じように赤髪は席に座るように促した。


「次…。」


 こうして、何人かが殺されずに席につきだした。


 先程まで叫んでいたクラスメイト達は怯え震えながらも赤髪の言うことを静かに聞く。


 大人しく、静かに命令を聞いていれば殺されないと信じ、ただただ黙って自分が指名されるのを待つ。




「『高田南』『4』」




 だが、5人目が席に着いたあと、あの乾いた音が響いた。


 倒れるクラスメイト、短くだが確かに上がる悲鳴、強さを増した不快な鉄錆の匂い。


「な、なんで撃った!? 命令は聞いていただろ!!」


 俺は咄嗟とっさに叫んでいた。


「そうだそうだふざけんなよてめぇこのクソババァ! 俺様達は言われた通りにしていただろうが! なんで撃ったか理由を言えや!! クソババァ!! ぶっ殺すぞ!!」


 そしていつの間にか俺の横に来ていた椛も俺に合わせ叫ぶ。

 そうだ言ってやれ椛! お前は煽り力と情けなさが売りのダメ人間だ! ここで煽らなきゃ生きてる意味が…。




 …?




 俺は違和感に眉をしかめる。

 最初に叫んだ俺が言うのもなんだが、いくらなんでもヘタレの椛にしては言い過ぎだ。


 椛は拳銃が怖くないのか?


「あー、なんだ。こいつの顔が気に食わなかったんだ。悪い。」


 だが俺の心配をよそに、赤髪は椛に温度を感じさせない瞳を向けるだけだった。


「…よし。」


 椛は小さく、本当に小さく呟いた。


 …やはりおかしい。


 普段の椛は臆病で矮小わいしょうで何もできないダメダメなクソのような無価値人間だ。


 だが、今のこいつの腐っているはずの眼は何かを探してるかのようにギラギラと怪しく光っている。


 友人の言動と雰囲気に違和感を覚えているうちに、殺されたクラスメイトは白いガスマスクによって窓辺まで運ばれていった。そして、下に窓から落とされる。


 俺達が最初に見た落ちて行く人は、このように落とされていたのか…。


「次。」


 自分の前から死体がどかされるのを待っていた赤髪は、また事務的に言った。


 しかし先ほどまでのように誰かが前に行くことはなかった。


 当たり前だ。先程までは言うことを大人しく聞いていたら殺されないと思っていたのに、それでも『気にくわない』という理由だけで殺されると知ったんだ。動けるわけがない。


「早く来いよ。殺すぞ?」


 拳銃を手でもてあそびながら赤髪はもはや聞きなれた単語を言う。


 そしてガスマスクの1人がクラスメイトを適当に選び、また赤髪の前に連れていく。ガスマスクに腕を掴まれた生徒は抵抗も出来ずに歩くしかない。




「『菅原陸』」

「『4』」




 そしてまた、乾いた音が鳴る。

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