冷酷無比な殺人剣が綴る殺し屋稼業

@hiiroLeaf

はじまり



 その事件は、この世界で最も大きい王国、シャロンにて起こっていた。


 そして今、二人の男がその事件の末端を目撃した。


「クソッ! まただ、またやられた!」


 そう憤慨しているのは、まだ青臭さが見える若い青年だ。

 目前には、人相の悪い男が血塗れで倒れていた。


「落ち着け新人。喚いても状況は変わらん」


 初老の男は死体となった男を見ても動じる様子はない。


「力のある魔術師が何度も何度も同じやられ方で死んでいるってのに、落ち着いていられますか!?」


「今まで死んでいった魔術師は、元々非道な行いを繰り返してきた奴ばかりなんだ。今になって報いが来た、それだけの話だ」


「呑気してる場合ですか! 性根が腐っていようと、実力だけは我々保安魔術師を遥かに上回る魔術師達ばかりがやられているんですよ!? そんな奴らを叩き伏せる得体の知れない魔術師の所在が明らかではないという事実がどれほど大きいものなのか、貴方にも分かるはずです!」


 そう、この王国シャロンに起こっている事件とは、国家からの指示により指名手配されている凶悪な魔術師達が各地で次々と殺されていくというものだ。

 国が指名手配するだけあって、その凶悪度・危険度は折り紙付きであり、目撃が確認された地域には厳重な警戒令が出される程である。


 そしてこの二人は保安魔術師本部から凶悪な魔術師の確保を命じられている。


「実力ある魔術師を叩き伏せる、得体の知れない魔術師……ねぇ」


 初老の男は何かを考え込んだような顔になり、そして青年に険しい表情を向ける。


「本当にそう思うか?」


 青年は呆然とする。男の言ったことを理解しきれてなかったのだ。


「……どういうことですか?」


「こいつらの死因は喉を鋭い刃物のようなもので斬りつけられたことによるものだ。それが本当に魔術師の仕業だと考えてるのか?」


「当然でしょう。刃物や鋭く磨いた石を風魔法で操り、喉に目掛けて発射すれば人間の身体程度、容易に切り裂けます。それだけの風を起こしながら、正確に急所を狙う精度……恐ろしく実力のある魔術師の連続的犯行だと考えるのが妥当です。」


 自信有り気な回答を出す青年。心なしか、胸を張ってるようにも見える。


「では問おう。なぜこいつらは? そしてこの魔術師達全員がなんの抵抗も警戒もせずに外を歩いていたと思うか?」


 男は、相も変わらず険しい表情をし続けている。


「そ、それは……もしかしたら背後や側面からの不意打ちによって殺されたのかもしれませんし……」


「今回殺されたのは魔力探知に長けていた"百目のライザー"だぞ?しかもここは横道などが一切ない路地裏だ。魔術師としては魔力が少ない落ちこぼれの俺達がライザーの捜索にあてられた理由を忘れたのか?」


 落ちこぼれ、と言われた事にショックを受けたのか、青年の顔がひきつる。

 身体に蓄えられるエネルギーである魔力。それの上限が多い人間ほど優秀は魔術師となる素質があり、逆に上限が少ない人間は落ちこぼれとして後ろ指を指されることになる。


「ッ!……しかし魔術師以外で魔術師を殺すなんて……」


 しかしそれでも思考は青年なりに冷静だ。常識的に考えて、魔術師でない人間が魔術師を殺すなど不可能。羽虫がドラゴンに噛み付くようなものだ。


「そう、そこなんだ。魔術師以外が魔術師を殺すなんて不可能に等しい。たとえ不意打ちをしたとしても、魔法無しで正確に喉を抉り、そのまま抵抗を受けずに逃げ出すなんざどう考えても無理だ。」


 青年の意図を読み取り、認めた上で男は語る。そう、どう考えても魔術師でない人間は魔術師に敵わない。それがこの世界では当たり前なのである。


「だが、ライザーの死体の存在が魔術師の仕業であることを否定する。こいつは僅かでも魔力を持つ人間が傍に近付いてきたら遁走を選択するほどに臆病で警戒心が強く、それでいて残忍な男だ。気付かれないで近づける人間は魔力を持たぬ人間くらいだろう。」


 魔術師が絶対的な力の象徴であるほど、その力を察知する能力が高いライザーが死んだ事に対する疑問が湧いてくる。警戒心の強い人間が、それに見合う力を持っていたのに何故殺されたのか、男はそれを考え続けていた。


「で、では! 今まで魔術師達を殺してきたのは、魔術師でも何でもないただの人間とでも言うつもりですか!?」


「……可能性の話だがな。ともかく、俺達はこいつの死体を本部へ運ぶ。本部への応援要請を頼む。」


「……分かりました。」


 二人の胸中には疑問と若干の恐怖が渦巻いていた。魔術師でない人間が殺したのならばどうやって殺したのかという疑問。恐ろしいほどの実力を持つ魔術師が居るのならば、いつその力が国に、自分たちに向けられるのかという恐怖。


 二人はただ、己の出来る職務をこなす事しかできなかった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ここは王国シャロンの場末にある、小さな酒場。


 金も地位もない者達が集って騒ぐこの酒場にて、一人の身の丈ほどの大太刀を背に抱える青年がカウンターで酒を呷っていた。


「今日も血生臭い仕事をしてきたのかい?えぇ?」


 意地が悪そうな、しかし悪意は込められていない笑顔で青年に話しかけたのは、筋骨隆々のスキンヘッドの大男、ギーハだ。この男こそ酒場の店主であり、青年―ファイナー―の理解者でもある男だ。


「はン、ツマミの味が薄いこの酒場には血の匂いでも付けたほうが華やかになるだろうよ」


 ファイナーもまた、ギーハに対してパンチをかけた返しをする。言葉だけ見れば挑発をしているようにも思えるが、二人の雰囲気は険悪なものではなく、むしろ気の良い喧嘩友達のようであった。


「ま、その様子なら仕事はうまくいったみてぇだな。どうだ、キンキンに冷えたメガチルでも飲むか?」


「冗談は止せ。そんなもん飲ませたらアンタの店は廃業だ」


「安心しろ、営業取り消しにやって来る役人なんざ力づくで追い払うさ」


「役人云々の前に金を払う客が俺以外居ないだろ。そんな店が営業出来ると思うのか?」


 軽快に、しかし強烈に皮肉のやり取りをかわす。しかし二人はクツクツと笑っている。こうしているのが楽しいと言わんばかりの顔だ。


「ま、冗談はここまでにしておくか。ほらよ、塩タマゴにエールだ。どうせこれしか頼まないんだろ?完遂祝いに奢ってやるよ」


「味の濃いツマミがこれしかないとも言うがな。まぁ有難く頂くぜ、今回の標的は中々面倒くさかったからな。」


「"百目のライザー"だったか? 魔力を持たないお前なら、むしろやりやすいと思ってたんだがな。」


「ンなわけあるかよ。そこらの魔術師より警戒心が強ェから、路地裏で待ち伏せしなかったら一生殺せねぇよ。いつも通り慢心してる魔術師ならもっと楽に仕事出来たんだがな」


「そりゃお疲れな事で。んじゃ、これが報酬だ」


 そう言ってギーハが差し出したのは、ずっしりと中身の詰まった革袋だ。

 ファイナーはそれを手に取り、懐へと仕舞う


「随分と報酬が多いな。本当に200万ゴールドだけか?」


「ライザー抹殺の依頼者は保安魔術師のお偉いさんだったからな、迅速な仕事に敬意を込めた追加報酬だとよ。お前の素性を明かせばもっと積んでくれたかもな?」


「冗談じゃねえ、素性が割れたら俺はもう仕事が出来なくなる」


「だろうな、こっちとしても金蔓を売りたくは無い。依頼者には申し訳ないけどな」


 申し訳ないと言うギーハの顔には少しの謝意は含まれていなかった。むしろ、その依頼者を嘲笑う意図さえ感じられる。


「国の治安を維持する保安魔術師様が非合法な殺し屋に依頼をするなんて、全く世も末だぜ」


ギーハの嘲笑的な意図はここにあった。清く正しくを世間に求める保安魔術師が非合法なやり方で動いてるという事実は堪らなく滑稽だと感じたようだ。


「国の平和などと嘯いてはいるが、結局は力の無い人間の理想論さ。強硬的な行動ができない時点で悪意のある魔術師を確保出来る訳が無いだろ?実際、俺が殺すより彼奴等の抱えるエリート魔術師に仕事を任せたほうが楽で安上がりなはずなんだからな」


「くっくっく、違いねぇや。さて、お前以外の客は居ないみたいだし、俺も呑ませてもらうとするか」


「じゃ、ささやかに乾杯するか。この国の平和を祈ってカンパーイ……なんてな」


「国の平和を乱す殺し屋が言っても説得力が無いだろうがよ、ガハハハ!!」


 ファイナーとギーハは夜が明けるまで呑み続け、朝日が顔を出す頃にはお互いカウンターに突っ伏しながら眠っていた。


 ファイナーに夢は無い。日銭を殺し屋稼業で稼ぎ、得たあぶく銭をその日のうちに使い切るという、堕落した現状こそがファイナーが願った物だからだ。


この物語は、此処ではない世界で殺し屋稼業を営む青年の生涯を記すものである。

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