第30話 エピローグ

 あの後、どうやら何体かウェイカーが逃げ出していたらしく、別の領地の人がエントを見に来て、その惨状を報告したらしい。

 突如として消えた住民に貴族として大々的に国中に触れが出されたという。


 俺たちは俺たちに与えられた土地にいたことにして、何も知らないで通した。

 信じてもらえないかとも思ったが貴族でない者にそのようなことが出来るとは思わないというところで特に問題にはならなかった。

 あとは竜人と称したシトリンがいたからかもしれない。

 あとから聞いた話なのだが、竜人は割と敬われる立場であるらしい。それが本物の竜だったとわかった日にはどうなっていただろうか。


 きっと大問題になったに違いない。

 エントの復興に新しい人が送られてきて、よその土地からも様々な人が移り住んできて、復興は進んでいるという。


 俺たちはというと、俺の念願を叶えるべく竜を育成中だ。

 捕まえてきた竜をそのまま食べるのではいつか無理が出てくる。というか竜の数自体が少ないので、シトリンが借り続けてはいずれ絶滅するだろう。

 それにシトリンばかりに働かせてストライキでもおこされたらたまったものではない。


 唯一良かったことといえば、竜の成長が異常に早いことだ。

 竜は一か月もあれば成竜とほとんど変わらない体つきになる。シトリン曰く、数が少ないが故の早熟であるということらしい。


 生まれにくいが早熟で、超強い種族。

 ――これ養殖したらヤバイことになるのでは……?

 そう思ったけれど。


「問題ないのじゃ。わらわが食うし、増えた分どうせお主らも食うんじゃろうが」


 すべては食欲が解決する。


「というわけで、頼む」


 竜たちには悪いが、あの美味しさは無類である。

 どの肉よりも美味い。初めて食べていこう、全ての料理が微妙に感じる程度には。


「……ん」


 竜を捌くのはアイリスに任せる。送り人としての火の源素を失ったことで力は落ちているらしいが、その刃物捌きは衰えてはいない。

 竜鱗を断ち、その肉を捌けるのは同じ竜の素材を使って作られたショーテルだけだ。それを扱えるのも彼女だけなので彼女に任せる。


 舞い踊るような型で竜を下ろしていく。


 俺はといえば、料理担当である。

 このメンツの中でまともな料理を作れるのが俺だけなので仕方ない。俺もあまりそういうのは得意ではないが、何もやることがないというのだけは勘弁なので引き受けている。


 最近はコツもわかってきたので凝ってみようなどと。時には一日かけて作ったことも。

 料理をすると凝ってしまう気持ちはなんなのだろうか。


 生食は怖いのでやめておく。

 というか、この世界生食は厳禁であるらしい。

 さもありなん。

 死んだものは全て起き上がる可能性がある。そうなる前に浄化の火で焼く。

 殺した魔物を例外なく食べる習慣があるのもそのせいであるらしい。その際、必ず火を入れる。

 熱しなければ腹の中で起き上がり、食い破られて死んだケースもあるという。


 ――あまりにも恐ろしくて。

 ――この世界で生食は絶対にしないと誓った。


「ん、捌けた」

「良しそこ置いておいてくれ」


 竜の肉は生半可では腐らないが、あまり長く置いておくというのも心情的に微妙であるためすぐに調理する。

 じゅうじゅうと焼ける肉を見ているだけでよだれが止まらなくなる。今まではきちんと料理していなかったものでもあの美味さなのだ。

 今、ここには胡椒などの香辛料も揃っている。


「さて、さて……できたぞ、食べてみよう」


 そうしたものを振りかけて、さあ、いざ実食。


「…………」

「…………」

「あむ」


 約一名一口で食べたがそれはそれ。


「…………微妙?」

「……あー、うん、確かに美味いんだが」


 食べたわけなのだが、美味いわけなのだが。


 ――微妙?


 確かに美味い。

 それは間違いない。間違いないが、どこか何か違うという感覚。


 ――微妙というよりは、何か余計?


「おかしいな……?」


 こんなはずではないとちょっと何もつけていないものを食べてみる。

 何もつけてないものを食べてみると、こっちは普通に美味かった。


「あ、これそういう……」


 調味料が竜の肉の味についていけていないやつだ。たぶん。


「…………」

「…………どうする?」


 普通の調味料では竜の肉の方がおいしすぎて、負けてしまっていることが判明した。

 これはどうしたものだろう。


「べっつにいいじゃろー。普通に食って。それでうまいんじゃし」

「いや、毎日、ただ焼いただけの竜の肉とか飽きるだろ」

「……毎日食べるつもりなんだ」

「いや、言葉の綾というかなんというかで、実際に毎日食べるわけじゃないから、たぶん」

「…………そう」


 毎日食べたいけれど、流石にただ焼いただけのものを食べ続けていては飽きてしまうだろう。

 それに今後、竜の肉を使った様々な料理を作りたい。ステーキばかりではなくもっと別のものも。


「そうなればやることはひとつか」

「わらわはやらんぞ」

「うまいもの食べたくないのか?」

「食べたい!」

「じゃあ、手伝ってくれ」

「仕方ないのーう」


 ――ちょろい。


 ないのならば探しに行けばいい。

 この世界は源素というものがあり、それが多く含まれるものほど美味い。

 ならば香辛料の代わりになる魔物がいてもいいはずだ。いなかったのなら栽培するかどうにかする。


「……わたしは?」

「ついてきてくれるから聞かなかったんだが」

「……ん、行く」

「じゃあ、問題ないな」

「ん……」


 さて、そうなるとどこへ行くのがいいのだろう。

 まずは香辛料だ。香辛料の代わりになる魔物とかいるのかっていうのが気になるところだが、世界中探したら何かいるだろう、たぶん。


 移動はシトリンに乗ればすぐだ。竜の飛行速度はかなりのものだし。

 養殖で順調に増えて手懐けられたら、竜の郵便とかはじめたら儲かる気がする。

 ただし、戦争に利用されそうな気がしまくるので俺としてはやらないでおこう。


「それじゃあ、早速準備していくとしますか!」


 美味しく竜を食べるため、料理のレパートリーを増やすため、竜に負けない食材を集めに――!


 

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