第19話 神殿の奥には竜がいたから対策するために読書する

 眼だ。大きく燃えるような瞳がそこにあった。

 いや。いいや瞳だけじゃない。

 暗がりの中に巨体が横たわっている。大きな。とても大きな身体がある。


 ランタンのわずかな灯りでもそれはよく見えた。

 黒々とした鱗に覆われたもの。鋭い牙が生えた巨大な咢。爪は鋼の剣よりも鋭く光源を受けて鈍く光を反射させている。

 そして、その背には翼がある。強靭な骨格と分厚い皮膜で形作られた彼らの象徴が。


 竜だ。竜がそこにいる。世界最強と謳われる怪物がそこにいた。


 目の前にいるだけでわかる格の違い。生物として根本から出来が違うのがわかる。

 こんなものを狩るなど不可能だ。傷つけることすら出来るはずもない。ここで逃げたところで俺は殺される。

 そう明確な光景が見えた。俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。俺は次に何が起こるのかを想像して目を閉じた。


 竜は俺を引き裂くだろう。

 その鋭い爪で。その鋭い牙で。物語に登場する竜そのままに俺を殺すだろう。


『ようやく来たか』

「え……」


 けれど、次に訪れたのは俺が想像したようなものはなく。

 言葉だった。

 それは俺にもわかる言葉で竜は言葉を紡いで見せた。

 はっきりとようやく来たかと。まるで俺を待ち望んでいたかのように。


 ――本当に?

 ――咆哮がたまたまそう聞こえただけじゃないか?


 そう俺が聞きたいだけで、そのように聞こえていると錯覚しているのではないか。

 もし本当にしゃべっているのならば、俺が来るのをこの竜は待っていたということになる。


『ようやく。待ちわびた。幾星霜を』


 彼あるいは彼女はそういった。

 確かな言葉で。確かな発音で。確かに俺に聞こえる言葉で。俺が聞きとれる言語で。


『さあ、我を解放せよ。そのために我は貴様を呼んだ!』

「解放って……」


 俺は暗がりに目を凝らす。

 そうすると見えてくる。目の前の黒竜を拘束する鎖。目の前の黒竜を封印する檻。竜は囚われているようだった。

 そのおかげで竜は身動きすら出来ないようである。おそらく炎すらはけないだろう。


 そういう予感があって、それでも警戒はしなければならない。

 深呼吸をひとつ。落ち着くように深く息を吸って、吐く。

 これはある意味でチャンスだ。うまくやれば竜を味方に引き入れることが出来るかもしれない。


『そうだ。そこにあるプレートを操作し我をここから出すのだ』

「……地上が死の荒野だとわかって言っているのか?」

『無論だ。外の状況などここにいてもわかる。我はこの世界の外側から来た。故に死の荒野の影響を受けることはない』

「…………おまえを解放したらどんな得があるんだ?」

『なんでも望みを叶えてやろう。どのような願いも容易いことだ。おまえを元の世界に戻してやることも出来る』


 なるほど。と俺は頷く。

 よくある言葉だ。助けてくれれば願いを叶える。こういう場合、よくある。そして、拘束を解いた瞬間、大抵の場合殺されるのだ。


 相手が本当に俺の願いをかなえてくれる場合もあるけれど、俺が殺されない保証はどこにもない。

 そもそも生物としての格が違い過ぎる相手だ。俺ではどうやったとしてもこの黒竜には勝てない。


 だから、この場合の最善策は……。


「…………」

『おい、どうした何故、拘束を解かぬ』


 俺は竜の言葉を無視して、部屋の探索を開始する。

 この部屋にあるものをランタンを使って再確認。

 まずは目の前の檻。この部屋の半分以上を占めるのは竜の檻だ。格子によって区切られた。

 これには近づかない。引き込まれでもしたら終わりだから。


 他にあるものは檻の前にある石柱。俺の腰くらいまでの大きさの四角い石柱だ。これがプレートとやらだろう。

 これにも触らないでおく。下手に触って拘束を解放してしまっては大変だ。


『おい、おい! 聞こえておるのだろう! この都市は完全に埋まっている。出口などないんだぞ』


 黒竜が叫んでいる。

 俺は努めて無視をする。強大な相手だけれど、今はこちらの方が上位なのだと言い聞かせてまずは部屋の探索を済ませてしまう。

 TRPGの基本だ。情報がなければなにも出来ない。だからまずは情報を仕入れるところから。


 他にあるのは本棚だった。壁際に複数の本棚がおいてあって、百冊は越えてそうな本がある。

 ここが本命だろう。俺の謎翻訳で読めることに賭ける。


「どうやら賭けには勝ったらしいな」


 きちんとその本は読むことが出来た。

 研究日誌だとか、そういうものであるらしい。小難しい言葉や専門用語が出てきてさっぱりであるが、何とか読み進めていく。

 暗がりの中の読書でどれくらい時間が経ったのかわからないが、一冊読むころにはくたくただった。


「はぁ……」


 溜息を吐く。


『はぁ……』


 そうしたらなぜか竜も同じように溜息を吐く。

 重たく澱んだそれ。心底呆れたような。


『まったく、何をしている。とにかくそこのプレートを操作すればいいと言っているだろうに。まさか、それすらわからない馬鹿なのか』


 馬鹿と思われるのは癪だけれど、このままこいつを出すよりはマシだと思って我慢我慢。

 とにかく無視をする。


 それよりも研究日誌を読んで正解だった。 

 そこに書かれていたのは次元竜を使った次元転移についての研究であった。まったくもって大半のことはわからなかったが、次元竜――おそらくこの檻に閉じ込められているやつ――の力で次元を超えるぜ! という研究だったらしい。

 それは成功し、都市ひとつが転移した。それがこの遺跡ということらしい。


 役に立つようなものではなかったが、ここがどういう場所かわかってよかったと思うべきだろう。

 ここはどこか別の世界の都市で、次元転移の研究施設だ。そして、目の前でなにやら騒いでいる竜は次元竜という異世界でも最もヤバイ竜だという。


 ――次元竜。

 ――戦闘能力極悪。片手間でいくつもの国を滅ぼした。

 ――基本性格は傲慢で我儘。

 ――約束など守るはずもない。


 そんなことが書かれていた。予想通り、もし拘束を解いていたならば俺は殺されていただろう。

 拘束は解いてはいけない。


『おい、出せ。聞こえているのだろう。おい、殺すぞ』


 ――ほら、そんなことを言うからもっと出したくなくなる。


 けれど出せないというのは絶対というわけではな。

 ここに封じ込められているのを見る限り、そういうことが出来る方法があるということ。

 それが俺にも出来るかはわからないけれど。その方法をもし俺も使えるのなら心強い味方を増やせるということだ。


『ふん、もうしらん!』


 何かその方法がないか本棚を漁る。

 そこにあるのは研究資料とか堅苦しいものばかりで俺は読むだけで眠くなりそうになる。

 びっしりと羅列された文章が横滑りしていく。


 というか、眠気に負けてなんか眠っていた。

 今の時間がわからない。ここからでは太陽が見えないし、月も見えない。日暮れまでに戻らないのは初めてだ。

 アイリス心配するだろうか。


「いや、絶対帰るぞ」


 眠気覚ましに頬をばちんと叩く。


「いってぇ……」


 少し強くたたきすぎたけれど、おかげで眠気はどこかへ行ってくれた。

 俺は再び書棚の本を読んでいく。

 あからさまに違うような研究記録のようなものは読まずに目的のものを探す。


 違う。これじゃない。惜しい。ない。あれか。これでもない。あっちでもない。

 本が積みあがっていく。読んだものも読んでないものも床に積みあがっていく。

 ふと、こんなところで読書なんかせずにさっさと出口を探した方が良いんじゃないかと思い始めて来た。


 成果があるかもわからないものを探し続けるよりは出口を探す方が有意義ではないか。

 いや。いいや。黒竜が言っていただろう。ここに出口はない。完全に埋まっている。

 だから、ここから帰るには黒竜の力が必要。


「そろそろ見つかってくれぇ」


 ここにきてからとりあえず三回は眠ってる。時間がわからないから、俺が眠るまでを一日としている。

 つまり三日だ。食料は今日で最後。三日分。もっと持ってくればよかったと思う。


『もう良いだろう! そろそろ解放しろ!』


 眠っていた黒竜も起きたらいつまでもこれ。

 大音量で叫び続けている。よくもまあ疲れないものだと思う。おかげでこちとら寝不足だぞ。


「ん……?」


 その時、竜が叫んだおかげで本が少し崩れる。

 立つのもおっくうで這ってそれを見る。


「契約の仕方――これだ!」


 俺はついに突破口を見つけたのだと確信した。

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