第17話 いつもと違う様子だから贈り物をする

 探索を終えて、家に帰って。

 アイリスのただいまを聞くと安心した。

 死の荒野に危険はない。そうわかっていても否応なく緊張していたようで、その緊張がほぐれていくのがわかった。


「お湯、沸かしてある」


 部屋にある衝立の向こうにあるタライからは湯気が立っている。


「おお、ありがとう」

「…………」


 砂や塵などで汚れたからこれはありがたい。

 早速使わせてもらうことにする。荷物を置いて、衝立の向こうに。

 そこで服を脱ぐ。

 前はもう色々と恥ずかしがっていたが、なにも起こらないことは確定しているから慣れたもの。


 ……いや。慣れていない。嘘を吐いた。心臓はいまでも早鐘を打っているし、今にも口から飛び出していきそうな勢いだ。

 だって、健全な男の子なら衝立一つ挟んだ向こう側に女の子がいる状態で裸になって体を拭くとか興奮しないわけがないだろう。


「…………外出てる」


 けれど、今日はアイリスが外に出るらしい。

 今までなにも気にしなかった彼女が今更こんなことを気にするはずないから何か用事でもあるのだろうか。


 ――そうだ。そろそろグスタフさんが来る時間なんだ。

 ――俺が恥ずかしい思いをしないように外に出て彼に知らせてくれたんだろう。


 うん、絶対そうだろう。

 今更恥ずかしがって外に出たとかそういうわけはないはず。

 変わらない無表情は健在で、いつも通りだったから。


 それでも彼女がいないということで、何も気にせず体を拭くことが出来る。もし叶うなら風呂に入りたいと思うが、この辺りはそういう文化がないようす。

 水素使いを仲間にしたらアイリスに頼んで沸かしてもらって風呂を創ろう。きっとみんな気に入ると思う。


 そう思いながら、いつもより気兼ねなく身体を拭けることを堪能するために、時間をかける。


「ふぅー、さっぱり」


 いつもより丹念に身体を拭いて、気分も爽快だ。


「アイリス、終わったよ」

「…………」


 声をかけると鍋を持ったアイリスが入ってくる。


「どうしたんだ、それ?」

「ああ、すまん。戦利品があると思ってな。今日はそれを持ち帰るからな。先に作って持ってきた。明日、鍋は回収していくから。今日は二人で食べてくれ」


 そういって俺が持ってきた竜の素材を手に彼は帰って行った。

 なにか戦利品があるなら確かにこんな小屋にはいつまでもおいておけないから、当然。


「…………」

「食べるか。腹減ったー」

「……ん」


 アイリスが木の皿に鍋の中身をよそってくれる。どろりとしたシチューのようである。色的にはビーフシチューの方が近いか。

 よく煮込まれていておいしそうであるが、竜を食べた俺の舌はこんなもので満足できるか微妙! と叫んでいる。

 手間暇をかけていることがわかるというのに、焼いただけ素材単体で上回る竜の肉は頭おかしい。


 まあ、それも当然なのかもしれない。俺はそう思い始めている。

 グスタフさんに色々と聞いた話。

 この世界の食材の話。普通に家畜もいるらしいけれど、この世界で美味しいのは魔物と呼ばれるものの素材らしい。


 ゴブリンだとか、そういう魔物の肉は源素を多く含んでいるからとても美味しいのだという。

 それはつまるところ強い魔物ほど美味いということであるらしいのだ。竜が美味い理由はその種族的に大量の源素をその身に有しているからということ。


 申し訳ないと思いつつご飯を食べて、片づけをする。

 あとはもう寝るだけ。


「アイリスも身体拭いておけよ」

「…………………………」

「……?」


 なにやら歯切れが悪そうな感じ。いつもと変わらない無表情であるが、何かあるのだろうか。


「…………」


 しばらく止まっていたが、その後なにごともなかったかのようにアイリスは衝立の向こうに行った。

 俺は、ベッドの隅で目と耳をふさぐ。

 しばらくすれば、アイリスがベッドに入ってくる。それから寝息のはず。

 彼女はとても寝つきが良いから。


「…………」


 そう思って安心して寝返りをしたわけなのだが。


「…………」


 アイリスと目があった。

 彼女は寝るとき服を着ない。だから、慌てて目をそらそうとしたが、気が付いた。

 彼女、服、着ている。


 ――え、あれ……?


 いや、当たり前のことなのだが、初めてのことだった。

 俺といるとき彼女はいつも服を着ないで眠っていたからそういう趣味なんだろうと思っていた。

 けれど、今日はなぜか服を着ている。なぜ……? 俺がいない間になにかあったのだろうか。


「えっと……何か、あったのか……?」

「…………」


 俺の問いに彼女は無言。


「…………なにも」

「そうか……」


 ――え。

 ――それだけ?


 何かこうあるものじゃないのかとも思ったけれど、彼女はやっぱりいつも通り。

 いつも通りの表情で、いつも通りじゃないのは格好だけ。

 でも、考えてみれば別に悪いことではない。服を着てくれるおかげでどぎまぎせずに済むわけで。

 男の子の部分は少し残念に持っているけれど、それくらい。


 というか俺もそうかじゃない。もっと深く踏み込んでも良かったんじゃないだろうか。

 けれど、それで今の関係が崩れてしまうのも怖い。なにせ、俺は彼女がいなければ普通に生きていける自信がないのだから。


 だから、結局この時はなにも聞かずにそのまま目を閉じることにした。彼女もそうしたようで、すぐに彼女の寝息が聞こえ始めた。


「…………」


 これで良いのかわからない。

 何か気の利いたことは言えなかったのだろうか。

 例え彼女が何かに悩んでいたとして、俺はいったいそれでどんなことが出来るというのだろう。


 わからない。わからないから、明日、起きてからグスタフさんに聞いてみることにした。


「――贈り物とかどうだい、レイ少年!」

「贈り物……?」

「女性は贈り物をもらうと嬉しくなるものさ」

「え、いや、そういう話というわけじゃなく」

「落ち込んでいる時も、贈り物をすれば気がまぎれるものだよ!」

「そういうものですか……」

「そういうものだよ少年!」


 本当にそうかは疑わしいけれど、妻子持ちの人がいうのならきっとそうなのだろう。先達の言う通りにとりあえずやってみよう。

 といっても贈り物。そういえば用意していたものがある。


 鎧と武器。そんなもので良いのか、もっと何かネックレスみたいなものとかの方が良いんじゃないか? とか思うのだけれど。

 彼女の好みがわからない。だから、うん、とりあえず用意していたものを渡すところからにしよう。


 探索に行って、帰って。家に行く前に工房で注文しておいた武器と鎧を受け取る。

 エルフさんはとてもいい仕事ができたと言っていた。見た目も良いし、注文通りだ


「――というわけで、これ……色々なお礼に……」


 そして、早速、俺はアリシアにそれらを渡した。


「………………わたしに?」

「そ、それ以外にないだろ?」


 ヤバイ、恥ずかしい。もう消えたい。このまま走り去りたい。


 ――やっぱりだめだったか?

 ――もっとアクセサリーにするべき?

 ――でも女の子の喜ぶものなんてわからないし。


 言い訳をして、慌てて、そのあと何を言ったかわからないまま、その場にいられないからベッドに飛び込んで目を閉じて、耳もふさいだ。

 だから、俺は聞き逃してしまった。


「…………ありがとう」


 アリシアのその言葉を。

 どこか弾んだような言葉を。

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