第6話 泊まるために宿を探すことにした

 林を出て、街道へと合流する。

 街へ入る人たちの姿がこれでよく見える。髪の色がとてもカラフルだ。彼女も赤色だったけれど、緑とか青とか、二つの色が混じったような色も。

 それが全て地毛だとわかる。やはりここが異世界なのだなと思った。

 身に着けているものも剣や槍、斧などと言った武器を持った人たちもいる。そういったものを持たず馬車を進ませている人もいれば、大きな背嚢を背負って歩いている人もいる。


 街とは逆の方を見れば畑が広がっているようだった。穏やかな風が吹き抜けていく様は牧歌的でもあって民族音楽が聞こえてきそうでもあった。

 相変わらず向こう側には大きな山脈が見える。大きな山脈は雲の中にまで続いている。あそこには何があるのだろう。


「……よそ見してると転ぶ」

「あ、ごめん」


 あんまりにもきょろきょろとしているものだから、アイリスに注意されてしまった。

 アイリス。可愛い赤い髪の女の子。今は全身をすっぽりと覆う外套を身に着けていて、フードで顔を隠している。


 どうして隠しているのか、聞くことはしない。俺たちはつい先ほど出会ったばかりなのだから、各々の事情については聞かない。

 俺の事情を彼女は聞かないし、彼女の事情も俺は聞かない。もっと仲良くなってからだろう。


 ――さて。きょろきょろするのが駄目なら、今度は耳に集中してみる。

 話している言葉は俺でも聞き取れる。日本語に聞こえるし、俺の言葉は異世界の言葉に翻訳されているようだ。

 アイリスとも普通に会話できたことがその証拠だろう。


 だから、情報収集なども兼ねて聞き耳を立ててみる。旅をしている商人や、武装した戦士の話などを俺は聞くことが出来た。


 例えば、商人の話。

 小麦の売れ行きだとか。毛皮の相場だとか。貴族様が新しい御触れを出しただとか。あるいは取引先の人が結婚しただとか。

 商売に関わる話ばかり。中には日常会話としての情報交換もあったけれど、俺にはよくわからない。

 固有名詞を使われるとチンプンカンプンだ。


 例えば、戦士の話。

 どこそこにこんな魔物が出ただとか。どこかで戦乱が起きているだとか。稼ぎ時。夜の飯の話だとか。若い衆に語る自慢話の類、ギルドに対する愚痴だとか、女を抱ける下世話な店についての貴重な情報だとか。

 色々な話があって、こっちの方が割と面白いと思った。


 そんな話を聞いている間に、俺たちの番がくる。俺たち二人の前に衛兵がやってくる。


「見ない顔だな。それに変な服だ」

「ちょっと遠くの方からきたんだよ」


 あらかじめ用意していた言い訳を披露する。脳内で何度も練習しただけあって、声が上ずるだけですらすら言うことが出来た。


「そうか。持ち物は」

「これだけ。盗賊に襲われたんだ」


 骨と金の袋。

 俺の持ち物は現状これだけである。


「なんの骨だこりゃ。盗賊に襲われたって、よく金は守ったな」

「当然だろ。そうしないと無一文になるんだからな」

「…………」


 衛兵の顔は兜に覆われているからわからない。いぶかしんでいるのだろうか。それとも別のことを考えているのか。


「……まあいいだろう」


 思わずほっとする。


「それじゃあ、税だ。1000サントルだ」

「……こいつで支払う」


 革袋から銀貨を1枚取り出す。この銀貨にどれほどの価値があるのかわからない。だから、向こうに言わせるようにしてみる。


「おいおい、冗談だろ。ルード銀貨で払うなよ。釣りなんてでねえぞ。それともあれか? 俺にあまり分はくれるってか? 冗談だろ。おいおい、別の銀貨とかねえのかよ」


 どうやらこの銀貨は1000サントルより高いらしい。

 てか、口ぶりからして銀貨にもいくつか種類があるっぽい。待ってくれよ、わからねえよ、そんなの。


「……その鈍い色の銀貨10枚」


 アイリスが見かねたのか、そっと耳打ちしてくれる。

 言われた通り、俺は鈍い色の銀貨を10枚取り出す。


「シリック銀貨ね。おう、間違いない。ほれ、さっさと行け後がつかえてるだろ」

「あ、ああ、すまん」


 頭を下げて先へと進む。

 ここはまだ街中というわけではないらしい。どうやらこの街は複数の城壁に守られているようで、もうひとつ城門を越えなければ中に入れないようだ。

 ここにあるのは軍事施設みたいなものばかりで本格的な街に入るには次の城壁を越えなければいけないようだ。

 そして、そこでも税を取っているらしい。


「やれやれだ……」


 税金と聞いていい思いはしない。どうにも還元されてないような気がするからだろう。

 ファンタジー世界だともっとそう思う。


 そうだ、アイリスも無事通れただろうか。


「お、おまえは!?」

 

 何やら騒がしい。どうやらアイリスが検査を受けているようであるが、あれが送り人がなんやらかんやらで、街の外で良いと言っていた理由なのだろうか。

 あまり歓迎された雰囲気ではないのはわかる。


「……払った。通っていい」

「あ、ああ……」


 アイリスは何食わぬ顔で税を支払ってこちらにやってきた。


「……なに」

「いや……」


 気になるがとりあえず街に入ろう。

 次の城門でも税を支払う。持ち物検査は特にされなかった。されたとしても特に怪しいものなんて骨くらいしかない。これも棍棒くらいにしか使えない代物だ。


 怪しまる、というか変人として見られながら俺はついに街の中へ入ることが出来た。

 日暮れのようで空が橙に染まっている。その時に気が付いたけれど、この世界、どうやら太陽は動かずにまるで瞼を閉じるように小さくなっていくらしい。

 不思議なこともあるものがだ、異世界なんだととりあえず納得することにしておいた。


 それから俺はようやくこの街の名前を知った。この街はエントというらしい。エント子爵が修めているらしい。


「おぉ……」


 街の中はまさしくファンタジー世界と言った風情。そこかしこに在るのは石造りの建物。街行く人たちも鎧を身に纏った人たち。

 獣の耳が生えた人なんかも見られて、本当に異世界なんだと念押しをしてくれているかのよう。

 もう日暮れも近いためか人通りはまばらだ。


「早く宿を探した方が良いよな」

「……こっち」


 アイリスの先導で通りを歩く。

 なにやら彼女を見てひそひそと住民たちが言っているような雰囲気だ。歓迎されていない、そんな空気。遠巻きにされている。


「ここ……」

「ありがとう」

「…………」


 アイリスに案内された三階建ての宿に入る。

 一階は酒場になっているのか、とても賑わっている。


 がやがやと響くのは談笑の声。旅人たちの土産話、自慢話、愚痴といったものから、どこの娼館の子がいいだのと言った下の話まで。

 食器の音も混じって、匂いもまた迎えてくれる。酒精の匂いを中心に、雑多な酒の匂い、食事のおいしそうな匂い、旅人たちの臭い。良いから悪いまで。


 壁には掲示板が立てかけられていて日銭を稼げるような仕事が紹介されているようであった。

 総じていい雰囲気の宿である。


「あの、泊まれますか?」


 そうカウンターにいる店主らしき人に話しかける。大柄な熊のような男。まるで視線だけで人が殺せそうなほどに強面で話かけるには勇気がいる。

 何とか話しかけるが相変わらず声は上ずるばかり。


「今日はいっぱいだ」

「そうですか……」


 愛想のない一言できっぱり言われてしまった。そうなるとすごすごと出ていくしかない。


「……どうだった」

「いっぱいだってさ」

「……そう」


 もう暗くなっている時間帯だ。今の時間から宿を探すのは大変かもしれない。


「そういえばアイリスは大丈夫なのか?」

「……わたしは……宿には泊まらない」

「泊まらないって……宿じゃない泊まる場所があるのか?」


 たぶんないと俺は思う。もしあるのなら街に入っているはずなのだ。


「…………ない」

「なら宿をとらないと駄目だろ。他に宿は?」

「…………」


 アイリスはあきれたように次の宿を指さす。

 そこの宿は泊まるだけの宿のよう。酒場などはなく、ただ受付だけがある。

 座ってるのは初老の男性。優しそうな人。これなら俺も話しかけやすい。


「すみません」

「おや、いらっしゃい。ひとりかね?」


 姿の通り柔和な声。優しさが声色にも出ている。


「いや、もうひとりいるんだけど」

「ふたりか。うむ、大丈夫だ。部屋は空いている」

「よし、アイリス行けるって」


 そういって扉の所にいるアイリスを呼ぶ。

 相変わらずのフード姿。すっぽりと覆う外套は夜にあったら死神と間違えそうだ。

 そんな彼女の姿を見た時、店主の様子が一変する。


「……ああ、そんな……すまないが……出ていってくれないか。この宿に、死神を泊まらせるわけにはいかないんだ」


 まるでおびえるようにアイリスを見て、出て言ってくれと懇願する。死神だと言って。


「…………」


 アイリスは無言で出て行った。


「ちょ、アイリス!」


 俺は思わず彼女を追う。背後で、店主の神へ祈る言葉が響いていた。それはあまりにも真摯であって、ひどく嫌な感じがした。

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