小さな子の小さな疑問
以下のお題をもらって書きました。
「猫が顔を洗っていた」「ごりら」
◆
「おかあさん、タマがずっと顔いじってる」
化粧鏡に向かい口紅を塗っている最中、幼稚園の制服に身を包んだ息子の声がリビングの方から聞こえてきた。口紅がしっかりと塗れたことを何度か確認した後、私は息子の下へと向かう。
タマは猫なんだから、そりゃあ顔のひとつやふたつ洗うだろうと思いつつリビングの扉を開く。やはりというか、念入りに何度も顔を洗ってみせるタマの姿と、それを不思議そうに見つめる息子の姿があった。
「本当ね。こりゃ雨が降るかな」
「あめ? なんで?」
我が息子は、様々なものをよく観察している。
そして、それらの理由を『なんで?』と私に尋ねるのがお決まりだ。
散歩中に犬の姿を見かければ、『いぬさんはどうしていつもベロを出してるの?』と聞く。テレビで花の特集を見れば、『どうしてアジサイは色がみんなちがうの?』などと聞いてくる。
「猫さんの髭はね、とってもすごいんだよ。雨が降る前のじめじめっとした感じとか、そういうのを感じられるの。だからね、『じめじめしてきたなあ、やだなあ』って思うと、猫さんはこうやって顔をごしごしするの。タマもきっと、じめじめを感じてるんだよ。じめじめしてきたってことは、雨が降るかもしれない、ってことでしょ?」
その度に私は、単純かつ素朴な質問でもしっかりと答えてやっている。答えがわからない時は、ネットで検索したりもする。こうして知識を増やしてやること、知的好奇心を刺激してやることは、息子にとって必ずプラスになると思うからだ。
「じゃあじゃあ、ごりらさんがこうやってたたくのは?」
私の回答に満足した息子は、両の手で何度も胸を叩いてみせる。彼の背後にあるテレビをちらりと見ると、そこではとある動物園の紹介がされていた。なんでもその動物園には、えらく人気者のゴリラがいるそうだ。
息子はこの映像を見て、ゴリラが胸を叩く習性――ドラミングに興味を持ったようだ。
「ちょっと前まではね、『俺は強いぞー!』って意味だって思われてたんだよ」
「おとうさんもよく、ちからこぶを見せてくるね」
「そう、それと同じ。けどね、実は違ったんだって。ゴリラさんが胸を叩くのは、『ぼくはここにいるよー!』とか、『遊ぼうよー!』とか、色んな意味があるんだってさ」
私の言葉を聞き、息子の顔がぱあっと明るくなる。
一つ疑問が解消され、楽しくてしょうがないといった感じの表情だ。
「さ、もう幼稚園のバスきちゃうよ。お家出ようか」
「うん」
笑顔の息子の手を引いて、私たちは家を出る。
ふと空を見上げてみると、灰色を帯びた雲が薄く広がっているのが確認できた。タマは確かに、これから一雨くるのを予測していたようだ。
「ねえ、おかあさん」
送迎バスの乗り場までの道のりを歩いている最中、腰のあたりから息子の声がした。彼の顔を覗き込んでみると、その視線は私の顔に注がれている。正確には、私の顔にある、唇が気になって仕方がない様子だった。
「どうしたの?」
我が息子は、様々なものをよく観察している。
そして、それらの理由を『なんで?』と私に尋ねるのがお決まりだ。
私はそれらの質問に、必ず答えるようにしている。
「なんでおかあさんは、たまに口紅の色がちがうの? きょうって、金曜日だよね。このまえも、金曜日だけ口紅の色がちがったよ。そのまえの金曜日も。ねえ、なんで金曜日だけちがう口紅つけるの?」
だけど、この質問だけは、答えられそうにない。
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