第2話 どこへ行こうか?

「救世主であるこの俺のパーティーに魔剣使いはいらねぇ」



ガナードのそのひと言で、俺は本職の剣士を辞めざるを得ず、それからは商人としてパーティーを支えるよう命じられた。 


 冒険に必要な武器やアイテムを安価で手に入れるための交渉。それと、その日に泊まる宿屋の手配。……あと、ガナードが調べておけと言った、娼館のチェックまで。


 俺は寝る間も惜しんでパーティーのために尽力した。

 

 元々、実力のあるパーティーだったため、モンスター討伐クエストは順調にこなしていけた。難関といわれるダンジョンも次々と攻略していき、目覚ましい活躍ぶりで世間から注目を集め続けた。


 だが、それに合わせて少しずつ不安の芽は出ていた。


 第一は、リーダーであるガナードの素行だ。

 さっきも言った通り、娼館へ通ったり、町で見かけた美人に声をかけたり、とにかく女性に対する執着が凄かった。何より厄介なのは、ガナードが狙う女性のタイプ。彼は必ずと言っていいほど、恋人や夫がいる女性しか狙わなかった。

 自身の地位や強さで強引に女性を奪い、奪ったら奪ったで、すぐに興味を失い、別の女性に声をかける。

 それはだんだんと目に余るほど酷くなっていった。

 タイタスやフェリオもそれに気づいているが、止める気配はない。というのも、ふたりも似たようなことをしていたからだ。まあ、異性絡みばかりというわけじゃなくて金銭や暴力沙汰とかだけど……問題行動であるには変わらない。


 ……神に選ばれたと言われる救世主パーティー。 

 だが、俺には到底そうは思えなかった。



  ◇◇◇



 まぶたに突き刺さる陽光の眩しさが、朝を伝えてくれた。

 ゆっくり目を開けると眼前に広がるのは広大な畑と点在するいくつかの風車。牧歌的な空気が漂う場所だった。

 

「ふあぁ~……」


 勢いでパーティーを抜け出た俺は、結局夜の間ずっと歩き続け、たどり着いた小さな村のベンチをベッド代わりにして就寝していた。

不幸中の幸いと言っていいのか、ほぼ手ぶらでの離脱だったため、物取りに狙われることもなく、安全に一夜を過ごすことができた。


 というわけで、まだ半覚醒状態ながら、今後俺はどうやって生活をしていくのか、じっくり考えることにする。


「はあ……せめて、朝飯用のパンくらい持ってくればよかった」


 あの時はガナードに対する怒りで、突発的な行動を取ってしまったこともあって、目についた物を適当に詰め込んできたからなぁ……まあ、だからといって、今さら戻る気はないけど。

 ともかく、今は生きるために、食料を手に入れる方法を考えないと。……もちろん、合法的なやり方で。


 しかし、そんな妙案がすぐに浮かぶはずもなく、途方に暮れていると、目の前を馬車が通過した。何気なく、その場所の進路を目で追っていると、村長宅と思われるひと際大きな家の前で停止。荷台から降りてきたのは髭を蓄えた恰幅の良い中年男性だったが、俺はその人に見覚えがあった。


「あれ? ――キースさん!?」

「ん? おおっ! アルヴィンくんじゃないか!」


 天の助けだ、と思った俺はキースさんへ駆け寄った。

 キースさんとは、以前、救世主パーティーとしてスタートした直後に偶然出会い、俺の境遇を知ってからはいろいろとアドバイスをくれたり、格安で貴重なアイテムを売ってくれたりした、まさに恩人だった。


 商人になれと言われた日から、俺は勉強に明け暮れた。

しかし、本から得た知識だけではうまく立ち回れない。

剣術や魔法と同じで、こうしたことは実戦を積み、経験値を得て成長していくものだと教えてくれたのが、とある商会で偶然出会ったキースさんだった。おかげで、各地の商会や冒険者ギルドに多くの伝手ができた。剣の師が元聖騎士であるロッドさんなら、交渉術の師はこのキースさんってところかな。


 

 そういう経緯もあって、俺はキースさんと再会できたことが本当に嬉しかった。追い出された件を抜きにしても、いつかもう一度会って、きちんとお礼をしたいと考えていたからだ。


「君がここにいるということは……他の救世主パーティーのメンバーもこの村に?」

「いえ、違います」

「そうか……」


 うん?

 心なしかキースさん……ホッとしたような?


「なら、ここへは何しに? 君が単独で動くというと……偵察かい?」

「ああ……それなんですけど……」


 俺は、この町に流れ着くまでの経緯を、キースさんに説明した。


「そうだったのか。……しかし、魔剣使いとしての技量も高い上に、裏方の仕事をすべてこなしていた君を辞めさせるとは……それで円滑に物事が進むとは思えん」

「でも、ガナードが言った通り、今や救世主として名前が通っていることもあって、どの店も代金を受け取ろうとしなかったんです」


 こうなっては、商人としての役割を果たせない。おまけに魔剣の使用を封じられているため、満足に戦えない。こうなると、ただの役立たずでしかない。それなら新しい戦闘要員でも雇った方がマシ――きっと、これが、ガナードの出した結論なのだろう。


「ふむぅ……」


 腕を組み、何やら悩んでいる様子のキースさん。 

 その時、


「キースさん、こっちの積み荷はどこへ運びますか?」


 御者をしていた若者が、大きな声で尋ねる。


「ちょっと待っていてくれ。すぐ行くから」

「あ、す、すみません、お仕事中に……俺はこれで――」

「ちょっと待って。……なあ、ちょっと手伝ってくれないか?」

「えっ?」

「荷物が多くてなぁ、少しでも人手があった方が早く済むし。もちろん、働いた分の賃金は支払うよ」

「!」

 

 そうか。それをこれからの資金として使えってことか。何もないまま金を渡したのでは憐れんでいると思われるから、仕事を与え、その賃金として渡すという口実を持たせたのだ――と、俺は解釈し、キースさんの仕事を手伝うことにした。一応、エネルギー補給という名目で、パンをひとついただいてから仕事に取りかかる。


ちなみに、キースさんは定期的にこの村へ物資を運んでいるそうで、村人たちが出し合ったお金の分だけ、さまざまな生活必需品を置いていくらしい。ただ、その価格はどれも市場価格に比べて驚くほど格安だった。


「この村は都市部からも離れた辺境だろ? 若者も少ないし、お年寄りだけでは遠くの町まで買い物にいけないし、体力の低下から、仕事量も減ってしまうため収入も少ない。だからこそ、私たちのような存在が必要になってくるんだ」


 そう言いながら、同行していた若い衆たちに混じって汗を流すキースさん。大陸でも五指に入る大商会の頭取でありながら、熱心にこうした活動を続けている。本当に、頭が下がるよ。

その後、遅れて到着したものも合わせると、全部で七台となった馬車からすべての積み荷を降ろし終える頃には昼になっていた。


「ふぅ……とりあえずこれでいいかな」

「お疲れ様、アルヴィン。力仕事をしたから、腹減ったろ? これからみんなで飯を食おうと思っているんだが、一緒にどうだ?」

「いただきます!」


 正直、遠慮している余裕なんてなかった。

 それから、俺は村長の奥さんが用意してくれた、野菜と肉団子のスープに焼き立てのパンを腹いっぱいご馳走になり、改めてこれからのことについてキースさんへ相談することにした。


「おまえさんのことだ。何か考えはあるのだろう?」

「とりあえず、ここから西にある商業都市ダビンクへ向かおうと思っています」

「ダビンクか……なるほど、あそこには冒険者ギルドもあるしな」


 さすが、キースさんにはお見通しか。

 そう。

 俺はダビンクの町でしばらく冒険者稼業をしていこうと考えていた。その町を選んだのも、ただ近かったからってわけじゃない。単純に、冒険者ギルドだけなら、ガナードたちといた町にもあったし、なんだったらすぐ隣の町にもあった。


 だが、諸々の事情を考慮し、これまで訪れた町の冒険者ギルトを思い出してみると、今の俺にとって最適な冒険者ギルドがあるのはダビンクの町であると判断し、遠征していたのだ。


「……だが、ちょっと勿体ないなぁ」

「えっ?」

「君は交渉の経験も豊富だし、各都市に伝手も多い。その若さで、あそこまでできるのはこれもまたある種の才能かもしれん」


 キースさんはそう言ってくれたけど、恐らく、それは前世から染みついている営業スキルが原因なんだと思う。ダンジョンの中で、前世の記憶がよみがえってからは特にそう強く思うようになった。


「どうだろう。私のもとで働いてみないか?」

「キ、キースさんのもとで!?」

「君は魔剣使いとしても優秀だが、商人としての才能も十分に高い。どうだろうか。給金は弾むぞ?」


 予想外の申し出だった。

 とても魅力的な誘いだったけど……。


「すみません、キースさん……お誘いはとても嬉しいのですが、俺は……一度自由に世界を見て回ろうと思うんです」

「なるほど。確かに、君はまだ若い。商人はいくつになっても始められる。今しかできないことに力を注ぐ方が有意義というものか。……では、これを渡しておこう」


 キースさんは積み荷の中から何かを取り出して俺に差し出す。

 それは指輪だった。


「この指輪は、私が君の身分を保証する印のようなものだ」


 話は聞いたことがある。

 確か、このアイテムを使用するには、魔力を注ぐ必要があったはず。


 魔力には個人差がある。

 人それぞれ、性質が微妙に異なり、それを利用することで、このアイテムのように個人を識別できる。指輪にはすでにキースさんの魔力が込められており、そこに俺の魔力を注ぐことで、「商人キース」が身元保証人となるわけだ。


 これがあれば、冒険者ギルドに登録する際、さまざまな面で優遇される。クエストの内容次第では身分保証が必要になってくるものもあるためだ。



 当然ながら、この身元保証にはリスクも伴う。

 例えば、俺が何か犯罪に手を染めた時、身分を保証しているキースさんにも、商会の評判が落ちるなどの被害が出るのは間違いない。個人を識別できる特性から、盗まれて悪用される心配はないが、本人が落ちぶれてしまうという危険性がある。


 それでも、キースさんは俺の身元を保証してくれた。

 

「ありがとうございます、キースさん!」

「あと、ついでだ。こいつも持っていけ」


 さらに、キースさんは積み荷からアイテムを取り出す。今度は片眼鏡だ。


「こいつは魔力を含む物を判別できる探知機のような役割を持つ。冒険者として、採集クエストなんかを請け負う時には持ってこいだ」

「そ、そんな!? こんなにいただけませんよ!」

「前途有望な若者の再出発だ。これくらいさせてくれ」

「……ここまでしていただいて……本当に、どれだけお礼を言ったいいか……」

「いや何、むしろこんなことくらいしかできなくて申し訳ないが」

「そんなことありませんよ! とても感謝しています!」


 俺は何度も何度もキースさんに頭を下げた。




 その後、キースさんたちは商会本部へ戻るということで、俺も途中まで馬車で送ってもらうことにした。

 積み荷を届ける用を済ませるため、途中でいくつかの町へ寄るらしく、ダビンクの町にもっとも近い町へ着くのは二日後になりそうだという。


 前途多難に思えた俺の新しい旅路は、キースさんとの再会を経て大きく前進を見せたのだった。

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