でこらてがて

岡口雪里

はじまり

再会

 命がいつ終わるかなんてわからない。なんてことは誰でも知っていることで、でも誰でも忘れていることだ。テレビや雑誌またはSNSでそれらの題材があがる時だけ感化されて、一晩経てばもう忘れている。

 20数年生きてきた僕もそんなことを繰り返し、それなりに生きてきてこう思う。


 人生の終わりが突然きてもどうしようもないよなぁ。


 諦め癖だけは立派についているもんだ。だって未確定のこと、何が起こるか分からないことについて考えたってしょうがないし。

 そんなことを思う僕の生活はどうしようもなくだらしがなかった。何か起きたときはその時の自分が対処してくれるだろうと、現在の自分にとことん甘かった。受験はギリギリに必死こいて勉強したら何とかなったし、「これからは自己責任です。誰も助けてはくれません」なんてさんざん言われた大学生活だって友達と助け合って何とか切り抜けたし。就職活動もみんなより出遅れてスタートしたけど結局すぐに決まったし。いざとなったら何とかなるという短絡的な考えを持ってしまっても仕方がない人生を送っていた。


 仕方がない……か。

 僕は数週間前に起こった出来事を思い出していた。始めて仕事をしたあの場所。仲が良かったオーナー。メモをたくさん書いたノート。桜が舞っていたあの景色。でも、一時は忘れよう。今の僕には関係ない。あのとき決断した自分の考えを否定するつもりはない。これから先何か起ころうとその時にしかどうなるかわからないし。いや、でも親に小言を言われるのは勘弁だな。


「ドアが閉まります。次は筑紫野。次は筑紫野です」


 はっと気づくと目的地を通り過ぎてしまっていた。アナウンスが耳に入ってきた時にはもう出発間近だった。焦って行動すると恥ずかしいかなと思い、いかにも「次の駅が目的地だから動く準備をしますよ」というアピールを込めて背伸びをした。

 もちろん周りは誰も僕なんか見ちゃいないし、ましてや取り繕った仕草なんか何の意味も無い。それでも焦った気持ちをどうにかする為には重要な行動だったのだ。多分。


 次の駅に着くとぞろぞろと人が出て行く。住宅街が近くにあるので、田舎だけどこの駅は利用者が多い。人の群れを追いかけるように僕もホームに降り立った。反対方面の電車に乗るには階段を上がってもうひとつ隣のホームに行かなければならなかった。

 めんどくさいなと思いつつ階段に足をかけたとき少し風が吹いた。それと同時に焼きたてパンのいい匂いがした。どうやら駅のすぐ傍にパン屋があるらしい。匂いを意識するとお腹がぐぅっと鳴った。腕時計を見ると時計の針は五時を指そうとしている。

 そういや昼ごはんは食べてなかったな。せっかくここまで来たのも何かの縁だし買ってくか。せっかくだし。おいしそうだし。せっかくだし。

 お腹の欲望に忠実な僕はすぐに行動に移した。追加代金を払い改札を出てふと立ち止まる。案内板には右が北口、左が南口と書いていてどちらがパン屋に続く出口かわからない。

 辺りを見回すと左の階段前の壁にパン屋のポスターが貼ってあるのが目に付いた。ご丁寧に「階段を下りてすぐ正面!」と案内まである。

 案内を見た僕はすぐに階段を下りて駅を背にした。ロータリーの向かい側に目的地が見える。こじんまりとしているがおしゃれな雰囲気のきれいな店だった。

 窓には広告なのかでかでかとメロンパンの写真を貼っていた。おいしそうな写真にこれは買うしかないな仕方がないな止むを得ないな是非も無いなと足を速めた時だった。


 目の前に人が飛んできた。バック転をしたみたいで着地と同時に靴と地面が弾けあう音が聞こえる。その勢いのまま少し跳んで手を地面に着けて体を浮かし足をぶんぶん振り回し始めた。


 いきなり強烈な動きをされて戸惑いを隠せない。なんなんだいきなり……! 一人で暴れまわってやがる。うわ、次は仰向けでぐるぐる回り始めた。

 危ない人だったら怖いし、目を向けずにお店へ急ごう。


「あれ、真島じゃん」


 そそくさと歩き始めたが、自分の名前を呼ばれたので恐る恐る振り向く。そこには同世代くらいの茶髪の男が立っていた。Tシャツにスウェットの動きやすい格好で傍ではスピーカーからアップテンポな曲が流れていた。一瞬誰か分からなかったものの、整った顔立ちにキリっとした目つきと右目の下の小さなホクロに覚えがあった。


「え、……加持?」


 ほんの少し時が止まった。いや、本当は止まってないんだけど。そこにいたのは高校時代の同級生だったのだ。しかもそんなに話しをしたことが無い同級生だった。

 一瞬の静寂が訪れ、夕暮れに染まった景色に目を細める。駅前の雑踏が動き始めたと同時に僕たちの物語が始まった。

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