第39話 ウルフ・クライシス

 ダイヤウルフとリュンクス。タイプの異なる2頭の四足獣に挟まれた私は、再びの膠着状態を余儀なくされる。機動力で圧倒的に劣る私がこいつらを引き離すのは無理だ。


 ならば同じ作戦を継続するしかない。即ち1体を倒して、補充の隙を突いて壁を登るのだ。狙うのはリュンクスだ。こいつの立体的な機動力は、壁を登るという垂直の動作中においては極めて脅威となる。


 当面の指標が決まった私は旋刃でダイヤウルフを牽制しつつ、リュンクスにターゲットを絞って攻撃を仕掛けていく。リュンクスの方も自分に向かってくる獲物に牙を剥いて襲い掛かる。


 前脚を振り上げて鉤爪で引っ掻いてくるのを、双刃剣の刃で迎撃する。前脚と刃が接触し、私は衝撃でよろめくが、前脚を傷つけられたリュンクスも怯む。


 追撃しようとしたところに再び背後にダイヤウルフの気配。くそ、邪魔だ!


 私は苛立ちと共に振り向きざまに双刃剣を旋回させる。しかしその時には巨狼は既に距離を取っていた。



 こいつ……私の動きを学習・・し始めている!? 



 私はダイヤウルフの動きを既に見切っているが、向こうも散々私の双刃剣の牽制を受けた事で徐々に私の動きに対応し始めている気配があった。


 だがその疑問を精査している余裕は無い。体勢を立て直したリュンクスが怒りと共に私に飛び掛かってきたからだ。


「ちぃ……!!」


 私は舌打ちして咄嗟に剣を掲げる。リュンクスが私に圧し掛かるように飛びついて……その勢いのまま剣に刺し貫かれた!


「……!」


 リュンクスは哀れっぽい鳴き声を上げて息絶えたが、弛緩した巨大な獣の死体がそのまま私に覆い被さってくる。私はその重さに耐えきれずに仰向けに倒れ、リュンクスの死体の下敷きになってしまう。



 ――ウオォォォォォォォッ!!



 観客席からは興奮した歓声が響く。だが私はそれどころではない。この状態は非常にマズい……! リュンクスは倒したがダイヤウルフは以前として健在なのだ。犬型の四足獣の前で地面に這いつくばった姿勢でいるのは自殺行為だ。


 案の定ダイヤウルフが、リュンクスの身体に挟まれて抜け出すのに難儀している私の頭に狙いを定めて牙を剥く。


 くそ! くそ! 抜けろ! 抜けろぉ!


「……っ!」


 私が必死に身体をもがかせた成果か、何とか双刃剣の握った右腕をリュンクスの死体から抜き出す事に成功した。


「寄るな!」


 私は未だに下半身がリュンクスの死体に挟まれた状態で、上半身だけを起こして剣を振るいダイヤウルフを牽制する。


 とりあえずの危機は脱したが、悠長に寝ている暇はない。何故なら既に次の魔物・・・・が『虫籠』の中に投入されていたから。


「……ッ」


 今度もレベル3の魔物、アラクニッドスパイダーだ。その名の通り蜘蛛型の魔物で、以前にカサンドラが戦っていたウェブスピナーよりもやや小ぶりで細身だ。しかしその分機動力には優れているらしく、多脚をせかせかと動かしながらゾッとするような速度で迫ってくる。


「ひっ……」


 私は押し殺した悲鳴を上げてしまう。私は脚が6本以上生えてる奴が大の苦手なのだ!


「ああぁぁぁぁぁっ!!」


 瞬間的に我ながら信じられないような力が出た。火事場の馬鹿力でリュンクスの死体から這い出る事に成功した私は、迫ってくる巨大蜘蛛から無意識に遠ざかるように『虫籠』の外壁に向かって後退する。


 早く壁を登って、あのおぞましい化け物から逃れなくては……!


 だがその前にダイヤウルフがその機動力を活かして、私と壁の間に割り込んで妨害してくる。くそ、こいつ、邪魔するな……!


 私は足を止めて双刃剣を薙ぎ払ってダイヤウルフを追い払うが、それによって蜘蛛の接近を許してしまう。



 ダイヤウルフはまるで私を足止めして蜘蛛に押し付けるのが目的だったように見えた。こいつ、もしかして……この試合のルール・・・・・・・・を理解したのか?



 だがやはり深く考えている暇は無かった。至近距離までおぞましい蜘蛛が迫ってきていたからだ。


 私は半分泣きそうになりながら振り向く。感情の籠らない黒いガラス玉のような目。びっしりと毛が生えた身体と歩脚。そして何よりわさわさと気色悪い動きをしている8本の脚。それが手を伸ばせば届きそうな距離にいるのだ。


「きゃああああああっ!!」


 私は恥も外聞も無く絶叫しながら、殆ど無意識的な動きで双刃剣を振り回す。アラクニッドスパイダーは意外と戦術的な動きで、何と私の薙ぎ払いを回避・・した。


 技術も何もなく振り回した一撃だったので人間相手なら回避される事も仕方ないが、まさかこんな蜘蛛の化け物が回避行動を取ってくるとは予想外だった。


 アラクニッドスパイダーがその前脚に付いた鉤爪で反撃してくる。かなり素早い攻撃だ。


「うぅ……!」


 私は必死に後退しながら、双刃剣を旋回させて奴を寄せ付けまいと牽制する。蜘蛛はやはり素早い挙動で私に牽制を躱しながら、しかし私から大きく離れる事無く付き纏って圧迫してくる。勿論ダイヤウルフも周囲をウロチョロと走り回りながら私の隙を窺ってくるので無視できない。


 そうこうしている内に背中が『虫籠』の外壁に接触する。壁際に追い詰められたのだ!


 勿論この壁を登らなくてはならないので壁際に寄らなくてはならないのだが、それはこうして追い詰められてではない。


 半面背中から攻撃される心配がなく正面にだけ気を配って牽制していれば良いので、持久戦に徹するには都合がいい。だがこの試合のルール上持久戦は悪手なので、何とかこの状態から脱しなくてはならない。



 私は再びどちらかを集中的に攻撃すべく狙いを定める。おぞましい蜘蛛にはあまり近付きたくないのでダイヤウルフを狙おうとするが、狼は私の反撃の気配を察したのか素早く、まるでアラクニッドスパイダーを盾にするようにその後ろに回り込んでしまう。


 こいつ、やっぱり……?


 私の疑惑はほぼ確信に変わるが、アラクニッドスパイダーが飛び掛かってきてそれどころではなくなった。


「うわあぁぁぁっ!?」


 私はまた大きな叫び声を上げて無我夢中で剣を振るう。すると肉を斬り裂く嫌な感触が柄から手に伝わってきた。


 Gyuiiiiiiii!!


 アラクニッドスパイダーがこの世の物とは思えないような奇怪な叫びを上げて、怒り狂ったように歩脚を振り回す。


 くそ、こいつ! 死ね! 死んでしまえ! 


 斬り付けて負傷させた事である意味で踏ん切りがついた私は、こうなったらこのまま思い切って攻め立ててこいつを抹殺してやろうと、鉤爪を避けながら剣を振りかぶって蜘蛛の頭の天辺から双刃剣の刃を思い切り突き立てた!


 再び嫌な感触と音。見るからに汚らわしい体液が脳天から噴き出させ、アラクニッドスパイダーが激しく痙攣する。


 観客席から大きな歓声が沸き起こる。


 私は慌てて剣を引き抜くとその体液を浴びないように飛び退った。しかし何とかあのおぞましい魔物を退治できた。良かった。あんな奴にうろつかれていると試合に集中できなくなる。



 だが安心してばかりもいられない。既に次の魔物が入った鉄の箱がアリーナに運び込まれており、今まさに『虫籠』に投入されようとしていた。


 どうやらあの4台の台車が交代でひっきりなしに稼働しているらしい。あの係員達や裏方で魔物を準備しているだろう連中も、私ほどではないが大変だ。まあ皮肉だが。



 しかしそんな事を考えている場合ではない。この「次の魔物が投入されるタイミング」は、壁を登る為の絶好の、というか唯一の機会である。本当はダイヤウルフも倒したいが、欲を掻いていると次の魔物が来てしまう。


「うおおおおっ!」


 私は気合と共に壁に向かって跳躍して取り付いた。そのまま急いで登ろうとするが、やはり片手が武器で塞がっていると登りにくい……! だがこの状況で武器を手放すのには恐ろしい程の勇気がいる。


 Gururuuuuuuu!!


「……!」


 案の定、ダイヤウルフが壁を登る私に襲い掛かってくる。武器が無かったら一巻の終わりだった。


「くそ……!」


 私は上体を捻りながら双刃剣を下に向けて振ってダイヤウルフを牽制する。追い払う事は出来るのだが、牽制の間壁を登る動作を中断せざるを得ないのが痛い。



 そしてやはりダイヤウルフを追い払っている間に、次なる魔物の投入と接近を許してしまう。壁の途中に取り付いている私の更に頭上・・・・を大きな影が覆った。同時に翼の羽ばたく音・・・・・・・……


「……っ!」


 思わず振り仰いだ私は目を瞠った。壁を登っている私より高い位置に、人間ほどのサイズの超巨大コウモリが滞空していたのだ。


 レベル3の魔物、チュパカブラスだ! 


 闇夜に紛れて何匹かの集団で活動し、人間よりも家畜などを好んで襲う珍しい魔物だが、勿論人間を襲わないという訳ではなく、不幸にも遭遇してしまった人間は家畜と同じように身体中の血を吸い尽くされて殺されるのだという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る