第22話 女王快進撃

『さあ、勝利の余韻も冷めやらぬ内に続けて2戦目です! 無機質なる多脚の狩人! その爪牙と猛毒に狙われて生きて帰れた者はいない! レベル4の魔物、ウェブスピナーだぁぁぁっ!!』



「……!」


 私が余計な事を考えている内にも事態は進んでいた。アナウンスと共に新たな魔物が投入される。本当にインターバルなしでやる気か。


 現れたのは体長が3メートル以上はあると思われる蜘蛛型の魔物であった。8本の脚には毛がびっしりと生えており、その先には凶悪な鉤爪を備えている。


 露出度の非常に高い『鎧』しか身に着けておらず、素肌を大胆に露出している今のカサンドラがあの爪に引っ掻かれたら、それだけで只では済まないだろう。またその大顎と牙も、カサンドラの胴体など容易く挟み込んで両断できるだろうと思わせるデカさだ。


 ウェブスピナーは多脚をわさわさと蠢動させ、その巨体からは想像も付かないスピードでカサンドラに襲い掛かる。私は観客席から見ているだけだというのに、ゾッと鳥肌が立った。どうも脚が沢山ある奴は苦手だ。あの女はよくあんな魔物と相対できる物だ!


 その気色悪い化け物が間近に迫って来ても、カサンドラは平然とした物だ。剣と盾を構えて魔物を迎え撃つ。



 ウェブスピナーが接近しながらも牽制とばかりにその口を開いて、何かの液体を飛ばしてきた。やや緑がかった見るからに剣呑な液体だ。当たったら只では済みそうもない。


 カサンドラは冷静な体捌きでその液体を躱す。液体は地面に付着すると耳障りな音と煙を上げながら石畳を溶かしてしまう。どうやら強酸か何かのようだ。


 魔物が追撃で同じような酸唾を次々と吐き飛ばしてくるが、その全てをカサンドラは盾で受ける事もせずに回避する。


 やがて両者が至近距離まで近付く。魔物は前脚を伸ばしてカサンドラを攻撃してくる。軽いがその分非常に速い一撃だ。カサンドラは後退しつつ盾でその爪撃を防ぐ。流石にあれは受け流すという訳にも行かないようだ。


 ウェブスピナーは調子に乗った訳でもないだろうが、前進して距離を詰めつつ2本の前脚を振るって矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。その度にカサンドラは盾でその攻撃を受けて、まるでそれに押されるように後退していく。


 一見まるであの女が押されて劣勢に立っているかのような状況に、観客席の間から不安の声が上がり始める。だが私の隣にいるジェラールとレイバンは、2人共至って落ち着いたものだ。つまりあのカサンドラの『劣勢』は……



「けけっ! レベル4の魔物相手に演出・・する余裕まであるとは恐れ入ったぜ!」


「……!」

 やはり。


 レイバンの言葉に私は唇を噛み締めた。カサンドラは一見押されているように見えても、その実全ての攻撃を巧みに盾で防いでいた。また決して壁に追い込まれないように位置取りも上手く調節している。



 やがて一向に攻撃が当たらない事に焦れたのか、ウェブスピナーがその多脚を撓めると凶悪な大顎を開いて、一気に飛び掛かってきた。あの大顎に挟まれたら一巻の終わりだ。


 だがその時カサンドラが初めて能動的に動いた。あの女は何と避けるどころか、飛び掛かってくる魔物に向かって自らも前に踏み出したのだ!


「……っ!」


 無茶だ! 私は思わず拳を握り締めて立ち上がっていた。いや、私だけでなく大多数の観客が同じような反応となった。


 しかしカサンドラはそんな周囲の反応には構わず、まるで地を這うように大胆に身を屈める。飛び掛かってきたウェブスピナーが一瞬だけ無防備な腹部を晒した形となった。カサンドラはその隙を逃さず下から突き上げるようにして剣を一閃。


 ウェブスピナーは自らの飛びつきの勢いも相まって、顎の下から腹部までを縦一直線に斬り裂かれて、臓物をぶちまけながら地面に墜落した。当然即死だ。



『な、何とぉ! ウェブスピナーをカウンターで一閃! す、凄まじいまでの体捌きと剣閃だぁ! こ、これが我等が女王! 【英雄殺し】の真の実力だぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 観客達が一様に熱狂する。アリーナにいるカサンドラは臣民達の歓声を浴びながら、視線を巡らせる。そして……


「……っ!?」


 あの女と目が合った・・・・・。間違いない。あの女はこの大勢の観客の中から私の姿を見つけて、確実に私を見据えていた。或いはどの辺りに座るのか事前にジェラールに聞いていたのかも知れないが。


「く……」


 私は気圧されまいと無意識の内に唇を噛み締めていた。

 

 何だ、その目は? カサンドラの分際で……! 今はお前がアリーナで戦っていて私がそれを見下ろしている立場なのに、何故お前の方がそんな挑発するような見下した目で私を見る!?


 勝ち誇るのはまだ早いぞ! まだ後3戦も控えているのだろうが! そうやって油断していると足元を掬われるぞ! お前が無様に失敗して魔物に殺される様を存分に拝んでやる!


 私は負けじとあの女を睨み返す。するとカサンドラが僅かに口の端を吊り上げた気がした。



『さあ、ガントレット戦も中盤の3戦目です! やはりレベル4から選出だ! 一度火が点けばその怒りと突進は誰にも止められない! その角は今日も人間の血に飢えているかぁっ! 荒野の重戦車、ブラッドホーンだぁぁぁっ!!』



 3戦目まで来てしまった。次に門からアリーナに飛び込んできたのは、一言でいうなら真っ黒い体色の巨大な牛であった。体毛が黒く目だけが赤く光っている。


 そして体長は優に3メートルを越え、体高も2メートルほどある恐ろしい巨体だ。その巨体に見合うかのように全身が鎧のような筋肉に覆われているのが解る。


 しかし何よりも目を惹くのは、その頭部の左右から突き出した2本の角だ。湾曲を描きながら前方に突き出した長く太い角は、1本だけでも人間を2人くらいまとめて串刺しに出来そうだ。いや、実際に出来るのだろう。でなければレベル4に振り分けられていまい。



 ブラッドホーンは鼻息荒くカサンドラにターゲットを定める。魔物の巨体に比して、人間の女であるカサンドラはいかにも小さく頼りない。あの巨体の突進をまともに受けたら、串刺し以前にその衝撃だけで吹き飛ばされて即死だろう。


 ブラッドホーンが唸り声と共に容赦なく突撃を開始した。その見た目通りの凄まじい迫力と突進力だ。私は直接相対していないにも関わらず、思わず身体が震えそうになったほどだ。


 だがカサンドラは極めて冷静に、まるで迎え撃つかのようにその場で剣と盾を構えた。馬鹿な! あの突進を受け止め切れるはずがない! 私があの女の正気を疑うのと同時に、観客席の中から悲鳴が上がる。


 果たしてカサンドラはギリギリまで引き付けてから、横っ飛びに突進を躱した。いや、完全な横っ飛びではなく、斜め横と言うべきか。カッサンドラはそうして突進を躱しつつ、すれ違いざまに剣を振るって魔物に攻撃までしていた。


 血風が舞う。しかし巨体の魔物の事。小剣で一度斬り付けただけでは致命傷には程遠いようだ。ブラッドホーンは即座に方向転換して、再びカサンドラに向けて突撃を仕掛ける。まさに猪突猛進だ。


 だが突進だけに特化すれば、それはそれで一つの武器になる。巨体にしては素早い方向転換に、カサンドラは横っ飛びに転がった体勢から、まだ完全に立ち上がってはいなかった。そこにブラッドホーンの再度の突進が迫る。


 カサンドラは体勢を立て直す間もなく再び横に跳んで突進を躱した。その際にやはりカウンターで剣を振るって魔物を攻撃していたが、やはり致命傷には遠くブラッドホーンは怒りの咆哮を上げて再びカサンドラに向けて突進する。


 カサンドラはやはり跳ぶようにそれを躱してカウンターで反撃する。しばらくその攻防の繰り返しとなった。ブラッドホーンにも徐々にダメージが蓄積しているようだが、カサンドラもアクロバティックな挙動で回避と反撃を繰り返しているので疲労の蓄積は免れない様子だ。



 ブラッドホーンの体力が尽きるのが先か、カサンドラのスタミナが尽きるのが先か。その根競べとも言える状況にもやがて終わりが来た。


 カサンドラに向けてしつこく突撃を敢行しようとしたブラッドホーンが、あからさまによろめいた。傷と出血の蓄積によって突進の勢いが衰えたのだ。それを狙って持久戦を仕掛けていたカサンドラがその隙を見逃すはずがない。


 あの女が初めて自分から能動的に攻撃を仕掛けた。動きの鈍ったブラッドホーンに素早く接近すると、その首筋目掛けて全力で剣を突き立てたのだ。小剣とはいえ首筋に根元まで深々と突き刺さっては、流石の巨獣も一溜まりも無い。


 倒れたブラッドホーンはしばらく痙攣していたかと思うとやがて動かなくなった。

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