第13話 昇格試合2戦目

 久しぶりにカサンドラの姿を見た『火炎舞踏会』も終わり、私は再び訓練と試合に明け暮れる日々に戻っていた。


 試合という名の実戦と、そのフィードバックを活かしたジェラールとの訓練によって、私の双刃剣を扱う技術は着実に上達を続けていた。


 その甲斐あって最早レベル2の魔物は完全に敵ではなくなりつつあった。それを察したジェラールからは、そろそろ次の段階・・・・へ移行する準備と覚悟をしておけと忠告された。


 この闘技場の試合において『次の段階』という言葉が意味する物は明白だ。案の定それからいくらも経たない内に、私の『昇格試合』が告げられたのであった。




「【アデプト】階級ではレベル3の魔物との戦いが解禁される。『昇格試合』は実質的に一つ上の階級として扱われるから、恐らく相手はレベル3の魔物と考えていいだろう」


 ブロルから昇格試合の実施を告げられた翌日、私はジェラールから試合についてのアドバイスと訓練を受けていた。


 今の【見習いアプレンティス】階級ではレベル2までの魔物としか戦えないが、その上の【精鋭アデプト】階級ではレベル3の魔物との戦いが主体となる。


 レベル3というと、これまでの【個人規模の危機】から【集落規模の危機】に脅威度がランクアップする。それだけ手強い相手になるという事だ。


「どんな魔物が出てくるかは例によって解らんので、事前の対策は立てようがない。だがお前がこれまで培ってきた技術と経験を発揮できれば必ず道は開けるはずだ。とにかく基本は、相手に呑まれず冷静に対処する事だ。それが出来れば勝てるだろう。お前は既にそれだけの強さを身に着けている」


「……! 解ったわ。ありがとう、ジェラール」


 不思議な事に、それだけで私の中にある過度な緊張や不安が薄れていった。適度な緊張感は勿論必要だが、過度の怖れは実戦においては動きを鈍らせパニックを誘発するマイナス要素にしかならない。


 ジェラールのお墨付きで私はそうした不安を払拭して、ベストなコンディションで試合に臨む事が可能になった。後は彼の言う通り、これまでの経験と訓練で培った技術を信じるだけだ。


 それにこれに勝てば【アデプト】への昇格……。つまりあの女へとまた一歩近づく事が出来るのだ。その意味でも絶対に勝ちあがらねばならない。


 私は憎き女の顔を思い浮かべて自分を鼓舞すると、万全の態勢を整えて昇格試合の日を迎えるのだった。



*****



『紳士淑女の皆様! 今日は恒例の特別試合の日です! 既にお聞きのように本日はかの魔女の「昇格試合」となります! 力を増した魔女相手に最早レベル2の魔物では役不足だと判断した支配人の判断により、ワンランク上の相手との対戦になります!』


 アリーナの中央に立つ私に向かって、観客共から相も変わらずの罵声が浴びせられる。それと同時に今までよりも手強い相手が登場し、確実に苦戦するだろう私の姿を想像して歓声を上げる者もいる。


 お前らを愉しませるつもりも思い通りになるつもりもないが、こればかりは相手次第でもある為、私は周囲の反応には構わず対面の門だけを睨み据えていた。



『さあ、それでは昇格試合の対戦相手が登場です! 水辺に潜む龍の眷属! その硬い鱗と柔軟な筋肉を併せ持つ生粋の戦士! 脅威度レベル3の魔物、リザードマンだぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



「……!!」


 対面の門が上にスライドして開き、そこから1体の魔物が出現した。それは一見すると四肢を備えた、人間に近い・・シルエットを持っていた。しかし違う。


 人間よりかなり重心が前に来た前かがみの姿勢。太くて長い尻尾が生えており、それでバランスを取っているようだ。体長はかなり大きく尻尾の先まで入れれば恐らく3メートルを越えている。そして脚の形状も異なっており、手と足の先には太い鉤爪が生えている。


 その全身は人間のような皮膚ではなく緑がかった鱗のような物に覆われていた。あの鱗が伊達ではないのなら、かなり防御力が高そうだ。それでいてアナウンスの言う通り鱗は動きを阻害せずに、柔軟性も併せ持っているようだ。


 そして何よりも人間と異なるのが、その頭部。人間より巨大なトカゲの頭がそのまま付いている感じで、勿論この頭部も細かい鱗に覆われていた。


 大陸南部の湿地帯にのみ生息する魔物で、龍の最下級の眷属と言われている。



 その人間ではありえない、縦長の瞳が私の姿を捉える。すると奴は狂乱したように私に向かって突進してきた。その両手には長い槍のような武器が握られている。


「……っ!」


 その巨体と歪なフォルムからすると、ゾッとするような速さで迫ってくるリザードマン。そしてその手に持つギザギザの槍を突き出してきた。


「くっ!?」


 まだかなり距離があると思っていたのに、そのリーチは私の想像を上回って槍の穂先が迫ってきた。目測を誤った私は思わず呻きながら慌てて後方へ飛び退る。


 リザードマンは奇声を上げながら追撃してくる。矢継ぎ早に槍の穂先が突き出される。かなり鋭い突きだ。やはりレベル3は伊達ではない。


 しかも私にとって先日のゴブリン戦を除けば数少ない、武器を持った人型の相手だ。正直かなりやりにくい。


 何度か後ろに下がって突きを躱していると、業を煮やしたのかリザードマンは何と槍を旋回させて薙ぎ払ってきた。


「う……!?」


 急に今までと違う攻撃パターンに私は咄嗟に判断が追い付かずに、双刃剣の刃で薙ぎ払いを受けてしまった。直後に武器越しに凄まじい衝撃を感じ、双刃剣の柄が私の手から離れてしまう!


 しまった……! 敵の攻撃の威力が想定よりも強かった!

 


 ――ワアァァァァァァッ!!



 武器を取り落として丸腰になった私の姿に、観客共が総立ちになって歓声を上げる。勿論構っている余裕などない。


 リザードマンは容赦なく追撃してくる。私は必死に逃げ回る事しかできない。結果として取り落とした武器からどんどん離されてしまう。


 魔物の体力は底なしでどれだけ武器を振るっても疲れる事がないようだ。このままでは大仰に躱して逃げ続ける私の体力の方が確実に尽きる。既に心臓が早鐘のように脈打って息苦しくなりかけている。かなりマズい兆候だ。体力が尽きれば勿論リザードマンの槍の餌食だ。


 しかし私と落ちている双刃剣の間にリザードマンが立ち塞がっている位置関係だ。



「……っ!」

 私は決断した。この上はリスクを避けてばかりはいられない。私は逆に自分の方からリザードマンに向かって突進した。観客席が再び沸き立つ。


 当然リザードマンはお構いなしに槍を薙ぎ払ってくる。防御力に難のある『鎧』しか身に着けていない私がまともに食らえば一撃で致命傷だ。だが私はその事実を意図的に忘れて相手の槍の軌道にのみ意識を集中させる。


 これまでに何度も躱した事でリザードマンの槍の動きはある程度見切れてきている。


「うおおぉぉぉっ!!」


 私は普段の自分ならまず出さないような気合の叫びを上げて、大胆にリザードマンの薙ぎ払いを屈んで回避する。槍の穂先が私の髪を掠って僅かに切り払った感触があったが、ギリギリで回避に成功した。


 そしてそのまま勢いを殺さずに、前に向かって身体を前転させた。結果として私はリザードマンの真横をすれ違いながら通り抜ける事ができた。かなり際どいアクロバティックな挙動に観客席が再び沸き上がる。


 私は落ちている双刃剣に向かってダッシュすると、足を止める事無く柄を手に取って拾い上げた。



「はぁ……! はぁ……! ふぅ……!!」


 武器を取り戻した私だが、消耗した体力までは当然戻ってくれない。息は上がり身体は汗に濡れて、脚が疲労で引き攣る。持久戦になったら私に勝ち目はない。


 私は無理やり息を整えて、双刃剣を構えてこちらからリザードマンに斬り掛かる。持久戦が不利なら短期決着を狙うしかない。リザードマンも私に向き直って迎撃態勢を取る。だが私は怯まずに一方の剣を上段から斬り下ろした。


 リザードマンは中々の反応で、槍の柄で私の剣を受けた。だが私はそのまま剣の柄を捻ると、もう一方の刃で掬い上げるようにして今度は下から斬り上げた。この相手の防御を誘っての上下からの回転切りは双刃剣の真骨頂だ。


 案の定対処しきれなかったリザードマンの胴体を斬り付ける事に成功した。


「……!」

 だが硬い手応えに私は気を引き締める。直後に奇声と共にリザードマンが再び槍を薙ぎ払ってくる。警戒していた私はその薙ぎ払いを屈んで躱す事ができた。


 やはり鱗に覆われたリザードマンは天然のスケイルメイルを装着しているような物だ。かなり防御力が高く、女の細腕で一回斬り付けただけでは致命傷には程遠いらしい。



 だが、一回で駄目なら……死ぬまで何度でも斬り付けるまでだ!



 私は薙ぎ払いを躱して屈んだ状態から、上に向かって突きを放つ。剣先が魔物の身体に食い込む感触。だがリザードマンはお構いなしに槍を突き立ててくる。


 私は今度は横に跳んで突き下ろしを躱す。そして双刃剣を旋回させて薙ぎ払いを仕掛ける。私の斬撃が三度リザードマンを傷つける。だがそれでもまだ奴は死なない。


 何という硬さとしぶとさだ! だがダメージは与えているようで傷口からは血が流れており、怒り狂ったリザードマンが槍を振り回して私を攻撃してくる。


 押している時こそ焦りからミスが生じやすい。ジェラールからしつこいくらいに何度も受けた教えは私の中で確実に実を結んでいた。私は極力冷静さを保ちながらリザードマンの攻撃を躱し続け、反撃の刃を振るい続ける。


 どれくらい時間が経っただろうか。私の体力がいよいよ限界になろうかという時、遂に切り傷と出血の蓄積によってリザードマンが斃れた。


「……!」


 絶好のチャンス。魔物に情けは無用だ。私は倒れたリザードマンの後頭部辺りに剣の刃を突き立てた。リザードマンの巨体がビクンッと大きく跳ねて、それから完全に沈黙した。



「はぁぁぁ……! ふぅぅぅ……! はぁぁぁ……!!」


 リザードマンが死んだ事を確認して、直後に私はもう完全に体力が尽きかけていた事もあって、その場に座り込んでしまう。


 だが……斃した。レベル3の魔物を1人で斃したのだ!



『おおぉぉぉーーっ!!? 決着! 決着ですっ!! 何とクリームヒルト選手、レベル3の魔物であるリザードマンとの一騎打ちに勝利したぁぁっ!! これで彼女はこの闘技場の精鋭クラスである【アデプト】階級へと昇格を果たした事になります! し、信じられない……! 忌まわしい魔女の台頭はどこまで続くのかぁっ!?』



 ―ワアァァァァァァッ!!


 ――Buuuuuuuuuuuuu!!



 歓声やブーイングが会場全体に響き渡る。気のせいだろうか。以前よりも歓声の割合が増えているように聴こえる。


 いや、今はそんな事はどうでもいい。重要なのはこれで私は晴れて【アデプト】階級へと昇格したという事だ。つまりあの女……カサンドラへとまた一歩近づいたという事でもある。



 私は歓声と罵声を浴びながら、ようやく闇の中から抜け出して僅かに見えてきた山の頂を、この上ない高揚感を持って見上げるのだった……

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