その三――Before the ice melts

 ガンマは、分かりにくい男である。

 それは奴が寡黙で無表情だからというだけではなく、自らについて語ることをしないからだ。故に出会った当初は、得体の知れない者と思っていたものだ。

 それこそ、氷のように冷たいのだろうと。



 五年前。第七の月。

「本日よりここ、オプセリオンの神官長を務めるイオタ・ルートだ」

 神官の正装たる、濃灰色のワンピースと聖印付きの白いショートジャケット。長く伸ばした紫の髪はきっちりと編んで纏め上げ、愛用の杖も飾り布を巻き直しておいた。この上なく準備を整えて壇上に登った私を、しかし集められた者たちは戸惑いを持って迎えた。

 理由は分かりきっている。今問題を抱えているこの神殿に配属された新しい神官長が若い女だというのだから、彼らにしてみれば決定した連中――大神殿のじい様方は何を考えているのだ、といったところだろう。

 当時、私は二十歳になったばかりだった。これまでの歴史を考えても若すぎる人選であることは自覚していたが、もっと若くして長を任せられた者が居ることも知っていた。その同い年の従姉妹は常人の枠には収まらないのだろうけれど。

「時期から外れたことであり、混乱する者も多かろうが。私も全力を尽くすので、先達方にも助力願いたい。よろしく頼む」

 想像通りの反応の中、予定通りの口上を淡々と述べる。そうしてぐるりと講堂を見渡して、ふと気になる姿が目に映った。

 神官の列の後ろ、屈強な者が多い中でも飛び抜けて体格のいい褐色の男。他と同じ儀式用の礼服が窮屈そうな、薄水色の頭髪を短く刈り込んだ男と目が合った気がした。……いや、正確に言うならば。

 藍色の瞳に睨まれた、そんな気がしたのだ。

 しかしそれも一瞬。再び視線を向けたところで、その先の仏頂面にはどんな感情も見受けられなかった。



 その翌日。

「彼が、前神官長の護衛を務めていた者です。……よろしいんですか」

「ああ、ご苦労だった」

 執務机に着いたまま口にした短い労いだけを受け取って、副神官長――当然私より年上だ――は連れてきた男を置いて神官長室から出て行った。

 急な交代になってしまったため、前神官長が残した資料はほとんど手つかずだった。それらの何がどこにあるのかを把握しつつ要らないものを整理する作業が、ここに着いて最初の仕事だった。現状神殿の取り仕切りは先程の副神官長を含めた他の者たちに任せきりになっているし、来月には街を挙げての祝祭も控えている。そんなわけで手を止める時間も惜しいわけだが、

「貴様、突っ立っていないで挨拶ぐらい出来んのか」

 部屋の入り口で直立不動を貫いていた男は、言われて初めてこちらを向いた。凍ったように動きのない顔の中で口だけを動かし、部屋が静かだからこそ聞き取れた音量の低い声を発する。

「…………ガンマ、と。申します」

 ほんのそれだけ。再び黙り込んだ男が、まだ何か言葉を探しているのは察せられた。それを促すのも面倒で、ひたすら机に積んだ本を仕分けていると。

「……自分を、呼んだと。何か、ご用が」

「ああ、無ければ呼ぶわけがない」

 再び小さく聞こえた、それを遮って返す。

「お前に、私の護衛を任せたい」

 顔を上げたが、驚く様子も薄かった。しかし内容は意表を突いたはずだ。

「今の自分の立場は分かっているな?」

「…………はい」

 頷くのを見て、視線を手元に戻す。読み込まれた形跡のある六柱教の聖書はグラン殿のものだろう、後で届ける荷物に入れることにしよう。

「これはお前に与えられた挽回のチャンスということだ。グラン殿からの頼みでな」

 その名前を聞いた途端、私でも分かるほど男の気配が揺れた。もう一度相手を見れば、温度の無い視線が私に突き刺さっている。

「何だ」

「…………いえ。承知、致しました」

 訊かないというなら、こちらから答える必要もない。地誌を机のブックスタンドに立て、そのまま棚の上を指す。

「では早速だが、そこの箱を下ろしてもらえるか」

 言えば素直に棚に向かった。ひと抱えほどの木箱は、私や通りすがりの神官では歯が立たなかったのが嘘のように軽々と床に下ろされる。その中身は土地柄か、輸入品の記録らしい図録が詰まっていた。どうやらこの男の体格は見かけ倒しというわけではないようだ。

 すぐ確認しなくてはならないものではないが、興味は惹かれる。邪魔にならないよう部屋の隅へ動かすよう言えば、やはり易々とこなしていた。



 聞けば、やはりグラン前神官長もあの男に仕事を手伝わせていたらしい。半日の苦労はと思わないでもないが、任せられるところは任せてしまえるならば良いと思った方がいいだろう。濃紺の輝石のイヤリングも身につけていたし、重用されていたのは間違いないようだ。

 なんとか片付けの目処が立ち、他のことにも意識を割く余裕が出来たのがその次の日のこと。中庭で昼前の鍛錬に勤しむ護衛官を横目に見つつ、私はひとりで廊下を進んでいた。昼食には早いかと思ったが、幸いなことに食堂にはそれなりの人数が見える。

「おはようございます、イオタ様」

「ああ、……何にするかな」

 近寄って来たのにすぐ気がついて、ひとの良さそうな女性がカウンター越しに話しかけてくる。

 港町だけあって、食堂のメニューにも海産物が多い。街中の神殿だからか料理はそれを生業とする者が担当していると聞いていた。以前居たところが完全な自給自足だっただけに、環境の落差が激しく感じる。

 この神殿でも薬草などあまり流通しないものは栽培しているようだが、それよりは祈祷料で商人から仕入れているものの方が多いようだ。海の男は信心深いと聞いてはいたがその通りで、出港前には旅路の無事を祈ってもらいたがるし無事に港に着けば揃って神と聖霊に感謝を捧げにくる。この街の発展の歴史と共に培われてきた信頼関係は、他の神殿に比べて水聖霊ウォーティスを祀る像が多くあることからも察せられた。次点で風聖霊ウィンディアル、地聖霊グランディスというところか。グランディスは豊穣の象徴でもあるので、貿易だけでなく漁業も行うこの街では篤く信仰されているのだろう。

「さて」

 二枚貝のパスタが乗ったトレーを受け取って、席を見渡す。それなりにひとの集まっている辺りを選んで近寄り、

「少しいいか」

 もうすぐ食べ終わりそうな若い神官に話しかけた。浅い緑色の髪をした女性は、私を見ると明るく笑って席を勧めてくれる。おそらくそう年も変わらないだろう。

「神官長もお昼ですか」

「まあな、やっと落ち着いて食事が取れる」

 これは半分本音だった。なんにしろ先が見えないというのは堪えるものだ。だが、食事のためだけにここに来たわけではない。

「少し訊きたいことがあるのだが、時間はあるか」

「はい、私でよければ」

 資料を見るより聞いた方が早いことも、それでなければ分からないこともある。例えば、

「ガンマさんについて、ですか?」

 その人物が周囲からどう見えているか、といったようなことは。

 神官だけでなく、手が空いていそうな護衛官にも声をかけていた。奴が無愛想なのは共通認識なのだろう、特に不審がられることもなく話してくれるものがほとんどであった。

 大抵は訊かれたことへの苦笑を伴いつつ、同じような言葉が返ってくる。曰く、真面目、几帳面、寡黙でストイック、しかし情に厚く優しい。日々の鍛錬も怠ることなく、前神官長の補佐としても有能であったと。

そんな絵に描いたような善人といった評判は、下手に扱えばこちらの立場が危うくなりかねないほどのものだった。例の件について、疑う素振りもない。

「ああでも、もし神官長が希望されるのなら、誰か別の護衛官に任せても」

「……いや、構わん。優秀なようだしな」

 私よりいくつか年上だろう、好青年然とした護衛官の提案には首を横に振った。グラン殿の頼みもあるし、私としても務めは果たさなくてはならない。

「ふむ」

 空になった皿を前に、思案を巡らせる。あまりスマートな策とは言えないが、試す価値はありそうだ。



 少々用意もあって、実行には更に五日を要した。

「ここが中央通りか」

 手にした地図から顔を上げて、白い石壁の連なる街を見渡す。ひとの行き交う幅の広い道に面した建物の壁面に、等間隔に羽根持つ乙女の石像が飾られていた。

 何しろ貿易の拠点として名の知れたオプセリオンである、見て回るとなればそれなりの時間が必要だった。馬車が通ることも考慮してだろう、平たく整備された石畳の道を歩きながら、手元の地図に目を落とす。

 神官長室に残されていた地図には、たくさんのメモが書き込まれていた。前神官長はかなり高齢であるにも関わらず街の視察、というより散歩が日課だったらしく、気がついたことをこうして書き残していたらしい。地図が新しく作られる度に比較もするほどこまめだったというから、何か参考になるかと持ち出したものだった。……通りの角のカフェのウェイトレスが美人、だなどという役に立たないものがほとんどだったが。

 ふう、と一息吐き、後ろを振り返る。気配を欠片も感じさせない男は、しかし確かに私の後ろをついてきていた。真っ直ぐ見下ろしてくる視線を受け止めて、口を開く。

「案内してもらいたいところがある」

「自分に、ですか」

 頷いて、続ける。


「グラン殿が襲われた現場へ連れて行け」


 半ば予想していたのだろう。驚く様子は無かったが、黙り込んだまま返事も寄越さなかった。

「聞こえなかったのか」

「……いえ、ですが……」

 確かに、無策であれば無謀な行いだろう。しかし勝算はあると踏んでいる。私が引かないと理解したのだろう、ようやく護衛官は頷いた。

 背を見せてゆっくり歩き出した男を追いながら、地図の一点に目を落とす。現在地からそこまでを繋いだ経路を辿りながら、前方に向かい声を投げた。

「自分の立場は、分かっているな?」

 数日前にも同じ問いを口にした。歩みを止めないままに頷いた、その耳元でイヤリングが揺れる。

「大神殿のじい様方は、お前を疑っている。グラン殿が襲われた際に唯一傍にいたのがお前だったからな」

 話しながら、およそひと月前に起きたという事件について思い返した。

 日課の散歩の途中、グラン殿は賊に襲われて負傷した。街中ということもあって当時付いていた護衛官は、このガンマという男ひとりだけだったという。賊は若い男の集団であり、傷を負ったグラン殿を連れて帰るのが精一杯だった、というのが報告された内容だった。

 そこで、グラン殿を連れて帰った護衛官が疑われた理由が。

「あの日、わざわざ人気の無いところに行ったのは何故だ?」

 連れられる道は狭い路地に変わり、子どもの声や建物同士を繋ぐロープに干された洗濯物、誰かの日常が垣間見える風景を通り過ぎた。この辺りは地図だと倉庫街になっていて、荷運びの時以外ひとが通ることは無いのだそうだ。

「……それは……」

 男は口籠もる。進む速度が緩くなり、やがて止まった。

「…………」

 話す様子のない男に、ひとつため息。立ち止まった場所で周囲を見回し、再び男へ振り返った。

「ここか」

 道に面した空き地には、長い間放置された証のように雑草が蔓延っていた。三方を白い石壁に囲まれたその場所で、二十年以上前にグラン殿はひとりの少年に会ったのだという。古株の神官は、懐かしそうに語っていた。

「グラン殿が、散歩の途中で子どもを拾ってきたのだとな」

「……はい」

 小さく応えた男も、当時を思い出しているのだろうか。空き地の真ん中で座り込んでいた五、六歳ほどの少年は、年相応の表情をひとつも持たない、凍り付いた無表情のままでただ一言だけ呟いたという。

「おいていかれた」と。



「……自分の、両親は。何か、後ろ暗いことを生業としていた、そうです」

 ぼそぼそと、低く紡がれる声は辛うじて聞き取れるような有様だった。親がどうあろうとも子どもに罪は無いと言えど、わざわざ教えることでもないと考えられたのだろう。この男がそれでも知りたがるようには思えないというのもあった。

「もう、覚えていることも、ありませんが」

 仕事をするには、自分は邪魔だったのでしょう。

 だからその言葉も、淡々としたものだった。海から吹く緩やかな風が、地面に咲く小さな白い花を揺らす。

「グラン殿を、慕っていたそうだな」

 前神官長も血縁を持たない方だった。親子より年の離れたふたりは、けれど本当の親子のように互いを大切に想っていたと、語ったのは護衛官の長だったか。

「……あの方は、恩人ですから」

 隣からの呟きに、抑揚が無くとも何かを込めることが出来るのだと知った。思い出の場所、などと呼ぶのはあまりに月並みか。

 俯いていた男が、はっと顔を上げる。巨体にそぐわぬ速さで近寄られた、そこに至って私も気がつく。

「おう、そこのねーちゃんよぉ」

 軽薄な声は、先頭にいた下卑た笑みのごろつき男からだった。先程まで見当たらなかった怪しい風体の連中は、どれも十代半ばほどだ。関係ないひとびとを巻き込まずに済ませられそうなことは幸いと言えるだろうか。

「アンタもオレらから金巻き上げる気なんだろ?」

「神官サマがどれだけ偉いか知らねえけどよ、アンタらのインチキなんざにこれ以上つき合ってられっかよ」

 どうやら信仰心を持たない輩の集まりのようだ。判を押したように品の無い顔が並び、行く手を塞いでいる。何人かはこれ見よがしにナイフをちらつかせていた。生憎とそれで怯むほど可愛らしい性格ではない、どころか。

「味を占めた、というやつか。まんまと釣られてくれるとはな」

「あ?」

 耳障りな凄みを無視して、隣を振り仰ぐ。

「ガンマ」

「……はい」

 賊を見据える瞳は揺るがず、イヤリングを右手で外す。私はジャケットの下にしまっていた杖を取り出して、飾り布の結び目を確かめた。

「これはお前に与えられた挽回のチャンスだ」

 杖を構え、詠唱を始める前に一言。

「凌ぎ切れ」

「やっちまえッ!」

 賊が叫び、石畳を蹴った。



 先頭切って突っ込んできた痩せぎすの男がナイフを突き出す、その腕を片腕で絡め取ってガンマは軽々と相手を放り投げた。投げられた男を防壁代わりに稼いだ時間で、ガンマが右拳を左手のひらに叩きつける。途端に吹き抜けた冷風が両手を覆って手甲と化した。

「――眠りを」

 呟き杖で指した一点で二、三人を巻き込む暗雲が広がり、相手を眠らせる。そのまま空中に線を描くように杖を動かせば、右に集まっていた連中は揃って二の足を踏んでいた。

「ひ、がっ!」

 金属質な音が悲鳴と重なり、殴られ吹っ飛んだごろつきを追うように回し蹴りで薙ぎ払われた連中が重なり倒れた。そのまま大きな背中を屈め、地面を手甲が殴りつける。そこを起点に駆け抜けた氷の塊に足を捕らわれ、もがく男たちも同じように眠らせていく。

 拍子抜けするほどに呆気なく、気が緩んだその一瞬。

「……は、まぬけ、が……」

 睡魔に負ける直前に男が呟き、ガンマが焦った顔で振り向いた。同時に頭上から差す影。

「アンタもツキがねえなぁ!」

 屋根の上から飛び降りてきた男が叫ぶ。とっさに躱そうとした足が縺れ、私は。

「――ありえないな」

 笑って、杖を投げつけた。

「はァ!?」

 神官が杖を手放すとは思っていなかったのだろう。狼狽した男の顔面に固い木材が激突した、それを私の目が捉えたのと同時に背中に手が触れた。

「……イオタ様」

 私を片腕で抱え、鼻を強打し悶えていた男を殴り飛ばしたガンマの声が揺れていた。この男にも動揺が存在するらしい。

「ふざけんじゃねえぞ!」

 どいつも同じに見えるごろつきのひとりが、足下に転がってきた私の杖を拾い、腹いせのように地面へ叩きつけた。そう丈夫でもない木製の杖は、あっさりと真っ二つに折れる。

 修業時代から使ってきたものだというのに、酷いことをしてくれるものだ。そんな思いを込めて、そいつを指さす。

「自然に抗う術は無し。相応しき畏怖を」

「は、……な、んだこりゃ、あああああっ?」

 杖を手放した神官は聖霊術を使えない、そう思い込んでいたらしいごろつきが崩れ落ちた。見ている幻覚は、聖霊の加護なく出航した船が嵐に見舞われる光景のはずだ。

 歴戦の船乗りは自然の恐ろしさをよく知っている。それに比べてこの周囲の連中は、加護の有り難みもほとんど体感が無いのだろう。

 交戦の前に飾り布から取り出しておいた輝石を手元で弄んでいると、気がついたらしいガンマが藍色の目を丸くした。なんだ、案外分かりやすい。

「真似事だがな」

 安定させるにはコツがいるが、実は聖霊術は輝石さえあれば発動させられる。従姉妹がやっていたことをそのままやっただけだった。

 ひとり悲鳴を上げてのたうち回る若い船乗りを、仲間が遠巻きに見ている。そのさらに向こうから届いた声。

「……イオタ神官長、遅くなりました!」

「全くだ」

 とはいえ、打ち合わせ通りと言える範疇だろう。

 神官と護衛官による包囲網は、程なく無知の輩を捕縛することに成功した。



「……イオタ様」

「何だ」

 慣れないことはくたびれる。届いた知らせを確認し、つつがなく事が済んだのを確認してようやく気が抜けた。大神殿からの返事が届いたのは、あの騒ぎから数えてひと月も経った後だった。

執務机の仕事にも今は手を着ける気になれず、椅子の背もたれに寄りかかって宙を眺めていた。そんなところにやって来た護衛官は、私の名を呼んで視線を向けてくる。

 あの連中は、港を仕切っている者に引き渡した。いかにも海の男らしい陽気で豪快な男も、今回ばかりは申し訳なさそうな顔をしていた。きっちり絞っておく、と言っていたので任せることにする。

「……最初から、そういうつもりだったのですか」

「無論だ」

 ああいう荒事は私の担当ではない。ならば使えるものを使うのは当然だろう。発案から五日かけて神殿の者に話して回り、満を持して迎えたのがあの日だった。つまり、目の前の男以外全員知っていたということだ。何故か話した覚えのない食堂の調理番にまで伝わっていた。

「何しろ、グラン殿の頼みだからな。知っているか、療養から復帰したら大神殿の相談役になるそうだぞ」

 随分元気なご老人だと感心したものだが、ここで恩が売れると思えば悪い話ではない。

「そう、ですか」

 安堵したような、戻らないことを寂しがるような。などということが読み取れる表情など当然なく、私は肩を竦めた。

「まあ、お前に対する嫌疑も晴れた。これからも勤めるように」

「……、はい」

 頷いたガンマが棚の資料を確認して目録に纏めるのを見つつ、机の書類に手を伸ばす。はじめにグラン殿から話を持ちかけられたときは何を面倒なと思ったものだが、事が済んでしまえばこの上ないほど円滑に私が長として認められていた。到着してみればガンマを疑っていたのは大神殿のじい様だけであったし、何なら全部グラン殿の思惑通りである気すらする。

 思わずため息が漏れる。越えるべき壁が高すぎて目眩がしそうだ。

「……イオタ様?」

 首を傾げたガンマの藍色の瞳には、心配そうな色が見える。それが分かることに気がついて、少し笑った。


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