第12話 ギルドマスターという役職は自称

「わかりました」

 各々の情報を聞いた所で、当座の方向性が決まった。


 私の叔母だか何だかが、息子の王子の邪魔になるので私を消そうとした。

 金に困った二人を暗殺者として抱き込んだが、必要な情報を与えずに任務が失敗したと、そういう事らしい。

 モーウェル騎士はヒメヒメと五月蝿いのでもういいや。

 ロイは……今、何かを言うつもりはないようだ。


「とりあえず、この仕事に関係のある事では無いですね」

 私の中では今回の仕事以外のことは雑音にしか聞こえない。

「姫!」

「騎士様、やめてください。次、姫って呼んだら怒りますよ」

「ですがっ!」

「私の今回の仕事は、荷物を届ける事です。

 その宛先は私ではありません。

 どんな意図で私に割り振られた仕事だったとしても、荷物は私とは全然関係ありませんから」

 モーウェル騎士はそれでも食い下がる。

「これは、貴方が受け取るべきものだ」

 しつこい。

「べきとかそういう事ではなく、私の仕事は無事荷物を受け渡すだけなんです。

 これは、ギルドの判断です」


 騎士は放っておいて、串の刺さった暗殺者に向き直り、決定事項を告げる。

 ロイについてきてもらっていて良かった。

 これを報告書に纏めるのは骨が折れそうだ。

「私への襲撃はギルド預かりに致します。

 暗殺者二人はギルドに拘束、本部に移送、ギルド上層部の指示を仰ぎます。

 どなたであろうと雇い主にはギルドから警告致します。

 面倒なので理由は不問で結構です」

 やる事は決まったので、さっさと済ませてしまおう。

「ロイ・アデルア、この街のギルドはここから遠いですか?」

 職員は集落毎におかれたギルドの支部の位置を把握させられている。

「いや、ここから見える教会の鐘の近くだ」

「じゃぁ、そこに連行します。

 昨日の人にも追っ手をかけてもらいましょう。

 失血死してないといいですね。

 剣は清潔にしてるんで破傷風とかはないと思うんですけど。

 ばっちい手で触っちゃったりすると保証は出来ません」

 串の人が項垂れる。

「人の命をとる仕事はリスクばっかりで旨味が薄いですよ。

 あなた自身の命も軽くなりますし、そもそも、なんかもう、弱いし。

 仕事にするにはちょっと……趣味なら止めませんけど。

 死んじゃいますよ」

 ちらりとギルドの本職の暗殺者の顔が浮かんだ。

「ほら、たまにいますよね? 

 趣味でそういうの好きな人。

 ああいう人は、まともな死に方しないですよね」

 こうやって、つまらないお喋りを続けるのは、串の人に意識を失わせない為だ。

 ギルドの支店までは自力で歩いて欲しい。

 走れはしないが、足を引き摺って歩けるくらいの余力は残したはずだ。

 担いで行くの重いし。

「こんなこと言えた立場じゃねぇが、相方の命乞いは出来るか?」

「事情があるならギルドで陳情してください」

「すまねぇ」

 二人はギルドから軽くないペナルティを受けるだろうが、野放しにしておけば弱っている所を依頼主に襲われ口封じをされるかもしれない。

 命は狙われたが、そうなっては少し寝覚めが悪い。

「必要な情報を得ずに襲撃したとはいえ、ギルド関係者を狙ったのが運の尽きです」

「ああ……」

 だいぶ朦朧としてきた口調だが、ギルドまでもつだろうか。

「めちゃくちゃな依頼だったのはわかりましたけどね。

 どうせあなたも弱みを握られているんでしょう?

 でも別の手を考えるべきだったですね。

 成功しても毒殺か、身内を脅して自死を迫られるとか、ろくな事にならないんですから。

 あ……趣味でやってたならごめんなさい」

 趣味でやっている人が、ロイがいないところで私を同業に引きずり込もうと勧誘してくるのだ。

 冗談じゃない。

 面倒な人間関係はお断りだ。

「そんな趣味はねえ。お、俺の妹が……」

 でたー!

 全然聞きたくない情報!

 慌てて、串男の懺悔を遮った。

「あ、そういうのいいんで。

 ギルドに行ってからやってください。

 そしてはやく串抜いてもらってください」

 自分でやっておいてなんだけど、ビョンビョン揺れて気が散る。


 つまらないことを訊いてしまった……妹、妹かぁ。


「まずは妹さんの保護を先に申し出てください。

 昨日の人の捕縛には同行させてもらう事を提案しておきます。

 相方なんだから、いろいろ説得してください。

 自棄になって暴れられても困るし」

「あいつは暴れられるほどの元気はねぇ。

 帰ってきて倒れたきり、何があったのかもわからねぇ有様だ」

「……謝りませんよ」

「斬ったのは姫さんか」

「姫じゃないですよ」

 苛ついたのでワザと傷口に剣の鞘を当ててやった。



 ギルドでの引渡しは円滑に済んだ。

 もう、あの騒ぎの後じゃ騎士達の所に戻りたくない。

 ロイはだんまりだ。

 私としては、このまま何も知らなくてもいいのだけれど、何年も私に張り付いていたのかもしれないロイには、何か言い分があるかもしれない。


「ロイ・アデルアは……えーと、ロイは誰なんですか?」

 私が生まれた時に一緒にいたって事は、王国の関係者なんだろうとは思う。

「ギルドの職員だ。それ以外の肩書きは無ぇ。

 俺もお前もギルドの物だ。

 それはお前の義父が保証してるだろ」

 確かにそれは絶対で、覆すのは難しい事実だ。

「何かの義務で私と一緒に居なきゃならないとかですか?」

 義父の家族とは別に、拾われた私に不自然に関わり合いを続けてきたロイ。

 ロイにも家族はいないようなのに、ロイにはきちんとした名がある。

 私の存在の為に、何を犠牲にしてずっと側に居たんだろう。

「俺がそうじゃ無いって言えば信じるのか?」

「うーん、どうでしょう。

 わたしにはわたしの感じる現実があります」

「じゃあ、尋ねるだけ無駄だ」

 本当にそうだ。

 これは無駄な質問だ。

 それよりも大切な事はすっかり分かっている。

「まぁ、私も結局はどっちでもいいんです。

 ロイはそれでも変わりなくそこにいるつもりなんでしょう?」

「……そうだ」

「わたしが死ぬ時は、看取ってくれる気でいますよね」

「ああ」


 それなら何も知らなくてもいい。


「それに、はじめは義務だったとしても、今はそれなりに身内として愛してもらっているのはわかってますから」

「……それは、なにか違うんだが」

「あと、そろそろ嘘でもいいから負けてくれません?

 わたし、一人暮らしをして、猫を飼いたいんです。

 宿舎は動物飼えないんで」

 



 

 なんやかんやあったが、通常通りの運搬の仕事に戻る。

 モーウェル騎士は何か一生懸命話していたが、聞き流して街道を急ぐ。

 一刻も早く荷物を手放したい。


 この先には私の育った集落がある。

 小さな集落だが、貴族の別荘地に隣接しているので流通がスムーズで生活品が手に入りやすい。

 懐かしい屋台の掛け声を聞いて空腹を覚えるが、仕事を先に済ませてしまいたい。

 街の集落から続く細道をかなり進むと、人家は少なくなる。

 さらに進むと鬱蒼とした茂みに獣道があらわれる。

 そこを抜けると拓けた平地に出る。

 生活用水らしき小川を挟んで家が二軒立っていて、手前が配達先、川の向こう側は私の義父の家だ。


 住所は古い診療所だった所だが、先生が亡くなってからは、空き家になっていたはずだ。

 誰か受取人が来ているのだろうか。


 扉を叩いて来訪を告げると、中から足音が聞こえて扉が開いた。

「タリィー!!」

 手を広げて待ち構えていたのは義父だった。

「わぁっ!!」

 思わず身を引くと、ロイはいつの間にか抜刀して私の前に飛び出して義父を蹴り飛ばした。

「出たな、ド下手剣士!」

 短剣にしてもやけに短い剣を抜いて応戦する義父を忌々しげに睨むロイは、非常に機嫌が悪い。

「変態が感染る。近づくんじゃねぇ」

「変態はどっちだ、拗らせて未だに花街通いか?

 素人童貞は恥ずかしいよなぁー。

 そのうち羽根が生えて妖精になっちまうぞ」

「それは仕事だっ!」

「どうだかなぁー」

 騎士達はあっけにとられてポカンと口を開けた。

「あ、騎士様につまらないものを、お見せしまして。

 一段落するまで、その辺に座っててください」

 埃だらけの椅子をすすめるが騎士達は青い顔をして二人の様子を伺っている。

 まぁ、この狭い空間で二人とも抜刀していて、すごい速さで攻撃しているのに何も壊れないのとか、どちらも急所を狙って動いているのに全部ギリギリで受け流しているのとか、少し剣技を齧っただけでも、どれほどの神業かわかるだろう。


「ロイ・アデルア、そんな馬鹿なことやってる暇無いんですから。やめてください」

 それを聞いて義父が嘲笑う。

「相変わらずの他人様だな、ロイ・アデルア君!

 馬鹿って言われたぞ、馬鹿」

「うるさいっ! いい加減くたばれ」

 人前で大人気ない口喧嘩をしてしまうほどに堕とされたロイに、いつもの余裕は無い。

 仕方なく埃を被った花瓶を二人に投げつける。

 ガシャンと派手な音を立てて粉々になった所でやっと二人は動きを止めた。

「お義父さん、どういうことですか?」

 知らんぷりを決め込むのは、お義父さんと呼んだのが気に入らなかったんだろう。

 気持ち悪いから義母に言いつけよう。

 義理の兄にも苦情をいれとこう。


「ソアラ・シアン! どういうことなのか説明を要求します!」

「ソアラって呼んでおくれよ、タリィちゃん」

 巨体を擦り寄せてくるのはやめて欲しい。

 ヒゲがジョリっとした。

「あ、わりと気持ち悪いです。

 蕁麻疹でるんで触らないでもらえます?」

 気持ち悪さが限度を超えると蕁麻疹が出る。

 私の体質が悪いのか、義父がそれほど気持ち悪い人なのか、私には判断がつかない。

「ソアラ・シアン?」

 騎士達は目を白黒させている。

 そうだろう、こんな気持ち悪いおじさん、なかなか見ないだろう。

「はあ。一応、私の義父です。すみません」

 騎士たちが騒めく。

「ギルドマスターのソアラ・シアンか?」

「そんな役職ないよ。

 ギルドマスターは自称だから。

 あと男は俺の名前呼ばないでくれる?

 キモいから」

 騎士達に名が知れていた事が自尊心を刺激したらしく、体裁を取り繕って立ち直した。

 微妙にかっこよく見える位置を気にして身をよじっているのに腹が立つ。


「ギルマスって、ゲームみたいでカッコイイけどね」


 義父は昔から何を言っているのか分からないようなことばかり言うので、早い段階で聞き流す術を習得した。

 兄のユウキは分からないなりに会話を成立させられる特技があるが、私は習得したくない。


「久しぶりに会ったんだ、パパって呼んでみてよ、タリィちゃん!

 ああ、でも今のタリィにパパって呼ばれたらエンコーより夜のお店っぽい。

 ぐふふ……」

 相変わらずおかしい。

 嫌いでは無いんだ、でも暑苦しいからあんまり近くに来なくてもいいと思う。

「で、受取人はどこですか? 住所は間違いなくココなんですけど」

 巨体がキョトンとした表情はやめてほしい。


「それは間違いなく君だろ?」

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