十五、、、


 そうやって仕上げた写真と動画を二枚のSDカードに収めたのは八月の十四日で、一葉と千歌は、何度も見直してチェックを繰り返して、それを完成させた。



 上賀茂神社は千歌が中等部受験の合格祈願をしてもらった神社で、義兄正道もしたように新しい制服を着てお守りの返納に訪れることになっていた。だから彼女は、制服姿にこだわったのだった。


 社糺の森は、家族で鴨川の川端をそぞろ歩きに来ればよく寄ったところで、小学校を卒業する年の冬休みに、正道と初めてデートみたいなことをしたところだそうだ。

 ──それは、正道にしてみればただ義兄として妹と歩いただけのことだったろうけど、千歌にとっては、最初で最後の、そういうコトを意識した時間だったのだ。


 落ち着いたお洒落な雰囲気の北山は家族でよくコンサートを聴きに来て親しんだ場所で、大人になったらオシャレをして正道の隣を歩こうと、ずっと決めてたそうだ。



 そういうふうに、千歌にとっての思い出の場所と思い出になるはずだった場所で、彼女のきっと姿を写真と動画に収めて、写真にはメッセージを添えた。


 たいていは〝お兄ちゃん…──〟で始まるメッセージは、カメラで録画した動画の中の千歌の肉声から起こした。


〝お兄ちゃん、覚えてるかな?〟


〝……だったね? お兄ちゃん〟


〝──…お兄ちゃん?〟〝……お兄ちゃん!〟


 画像編集スーパーインポーズで重ねた手書きのメッセージは、一葉の文字だった。

 決して上手な字ではなかったけれど一生懸命に心を込めて書いた字に千歌は感謝してくれた。

 一葉は、自分の字が誰かにこんなに感謝されようとは思わなかったので、千歌の感謝の目の表情に気恥しくなることしきりだった。

 それでわりと本気で〝ペン字講座〟を受けてみようかと思ったほどだ。



 そんなふうなメッセージを添えたフォトアルバム風のファイルの最後の一コマは動画にした。

 シンプルなメッセージを、シンプルに千歌が伝える、そういう動画だ。


 部活名目で夏休みの学校に出向いて撮影した動画は、高等部と共用のあの中庭がロケーションで、そこで千歌が中等部の制服姿でカメラに向かって語りかける。


 私、千歌です…──、

 本人、です。


 お兄ちゃんに伝えたいことがあって、いままでました……。


 会って、話したいです。

 送り火の日、家から駅の途中の、あの公園で待ってます。

 ──まだ日が残ってるうちに来てください……。

                                     』


 それが最後の一コマだった──。




 完成したメッセージファイルは銀色のデジカメの筐体に収めたまま、元々の持ち主である紀平正道に手渡すことになる。

 夏休みの間に撮った写真を見てもらう、というもっともらしい名目を用意して。

 ──もともと一葉は正道によく撮った写真を見てもらっていたので、そんなに唐突な感じはないはずだ。


 一番の問題は、必ずカメラ本体の液晶モニターで見てもらわなくてはならないことだ。

 だからカメラごと手渡す際には、おかしなことを言っていると承知で、絶対にカメラのモニターで見て欲しいと念を押すことになる。

 それでも不安なので、ファイルの1コマ目には〝絶対にカメラの液晶で見て!〟と書いたフリップボードを持つ一葉の一枚を入れた。念には念を、だ。



 本命の動画を収めた方のカードSDカードは、そのまま一葉が持つ。

 最後の日…──〝だいもんじの日〟…──に、千歌が想いを残したあの場所児童公園で手渡して、そこで見てもらう。

 そして最後に、ふたりの最後の姿を一葉が写真に収めて終える……。

 そういう筋書きだ。



  ◆ ◆ ◇



 この数週間で、千歌が千歌と〝お兄ちゃん紀平せんぱい〟のためにやってきて、あたしが千歌と自分あたしのためにしてきたことは、ようやく形になった。


 最後の確認を二人で終えたとき、千歌はちょっと涙目になったかも知れない。

 それをレンズを向けてカメラの液晶で見たわけではなかったけれど、あたしはそんな気がした。


 あたしも、そういう表情かおになりそうで、でも、それはがんばってこらえた。


 初めて話しした日の、〝私、湿っぽいのはきらいなんです!〟と言うようにした千歌の振舞いと表情を憶えている。

 あたしがそんな表情かおをしたら、千歌は涙を浮かべることをしないだろう……。


 泣いちゃって、いいよ。千歌…──。

 千歌の想いは、せんぱいに必ず届くよ。

 ……届けるよ。

 これまで千歌ががんばってきたことは、無駄じゃなかったんだよ。


 あたしは、千歌の身体に触れることのできないことをもどかしく思う──。

 〝だいもんじの日〟が終われば、千歌は、〝あちらの側〟の世界へと旅立っていく。

 千歌は自分千歌が居た場所に居場所がなくなって、自分千歌でなくなる場所どこかへいってしまう……。

 怖い、と思う……。心細いと思う。


 もう会っておしゃべりすることもできなくなる。

 友だちで居られる時間が、終わってしまう……。


 あたしはこの数週間で、そんな千歌に寄り添ってあげることができただろうか?

 触れることができれば、涙を押し隠す千歌を抱きしめてあげることだってできるのに。

 それができないのなら、せめて…──、

 あたしがカメラを向けていないときには、千歌は自分のために泣いていいと思う。



 だから、千歌が泣いてもいいように、あたしは泣いちゃダメだ。

 そう思って、涙はこらえた。



 録画に残されたこの日の最後の千歌の目許は真っ赤になっていて、最後に納得して頷いたときの微笑みは、泣き笑いの表情かおだった…──。



  ◆ ◆ ◇



 そうやって完成させたメッセージを正道に届けたのは、〝最後の日八月十六日〟の前日のことで、結果があのようなことになってしまうなんて、このときはまだ千歌も一葉も思いがけもしていない……。

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